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第11話 記憶に浮かぶ人物

 識別装置にも様々なものがあるが、中でも解除に困難を極めるのが生体認証。これは、本人と異なる人間の生体情報だと弾かれる可能性がある。ゆえに、りんは脱出ポッドに手を置きながら、最善の策を思案する。しかし、顰めた表情から窺えたのは、それだけではないような面持ち。


 そんな時、まるでタイミングを見計らっていたかの如く、球体の隙間から流れてきた微かな匂い。それはどこか懐かしくもありながら、なんとも異様な感覚だった……。


「たしかに、掌紋も解除するには難しい。でも最先端技術のペンタスがだよ、こんな認証を使うかなぁ……?」


 認証装置の形状は、タッチパネルではなく掌を密着させるような固定式のタイプ。これに疑いを持つりんは、思い悩みながら一人静かに呟いた。


「おそらく機械の構造からして、これは掌紋ではなくDNA認証。本人と完全に一致しなければ、解除することは難しいかな。だったら残念だけど、諦めるしかないかも……」


 システムには種類があり、別の認証が使用されている可能性もある。もしそうであるならば、さすがのりんでも無理かもしれないだろう。


「まあ、ここで考えても仕方ないし。駄目元でポッドを開けてみるしかないよね」


 りんは廃材と思わしき残骸を退かして、ポッドの開放作業に取り掛かる。そのため、小さな瓦礫を山積みにして足元を固めると、識別装置らしき箇所に掌を当てた……。


 ――ところが、暫く状況を見守るも、球体は微動だにせず何の反応も示さない。


「やっぱ無理だよねー、そうだよねー。もしかしたらと思ったけど、僕って何やってるんだろう……」


 またしても、紅蓮ぐれんに対して何もしてやれない自分を責めるりん。僅かな希望は一瞬にして崩れ去り、全ての物事に対して虚しさを感じてしまう。そんな悲観した顔つきで、仕方なく脱出ポッドを離れようとした。


 すると――、扉が開錠されたような音が周囲に響き渡る。


「えっ、もしかして開いたの? 本人じゃないと駄目なはずなのに、どうして……」


 まさかの出来事に、りんは驚きを隠せずにいた。つまり、扉が開かれたということは、偶然ではなく必然。幾つものパターンを思い巡らせてみるも、何度考えても正しい答えは見つからない。


 とはいえ、せっかく開いた脱出ポッド。ここで諦めるのは惜しく、とりあえず中の状況を確認することにした。こうして次第に露になる過去の遺物。開口部からは霧のようなものが溢れだし、機械全体が白っぽい蒸気に覆われた。


「うわっ、霧で中が何も見えないじゃん」


 視界を遮るほどの蒸気が充満しているせいか、りんは目を細めながら不満を口にする。といっても、時間にして数分。荒野を通り抜ける風によって、周囲の状態が鮮明に映し出されていく。


 そして次の瞬間――、りんは思わず息を呑んだ。


「あれは…………なに?」


 脱出ポッド内に見えた人影を目の当たりにした凛。そこには、座席に倒れ込む女性らしき人物。風貌は凛と似たベージュ色の艶やかな長い髪に、透き通るような白い肌。男性であれば、心奪われ魅了してしまいそうな美貌。


 この姿を捉えた途端――、りんの脳裏に微かな情景が浮かび上がる。


「いまの記憶は…………」


 それは一瞬の出来事。あたかも走馬灯のごとく、女性らしき人物に既視感を覚える。けれども、その出来事を思い出そうとするも、記憶が再び蘇ることはなかった。自身にも分からないことではあるも、脳裏に浮かぶ人物と目の前の女性は同じ容姿。


 脱出ポッドにいる者が誰なのか、りんは困惑した面持ちで球体の前に立ち尽くす…………。


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