砂埃が消え去るのを待つことなく、急いでバイクから降り状況を見定める凛。目の前に映し出された光景は、みだりに固められた残骸のあと。その様子は少し見上げれば、ちょっとした山のようにも見える。
「えっと、今なら大丈夫だよね」
周囲の状況を念入りに窺う二人。辺りに人影などは見えないが、先ほどから何を気にしているのだろう。凛は細心の注意を払い、慎重に一歩ずつ残骸に向けて進んでいく。
「じゃぁ、紅蓮。少しだけ様子を見てくるから、そこで見張っててね」
「ああ、分かった。だけど早くしろよ。いつなんどき、やつら達が来るとも限らねえからな」
「そうだね。気にしてくれて、ほんとにありがとう」
「なっ、なんだよ急に、気持ち悪い奴だな」
突然にも明るく微笑みかける凛の姿に、紅蓮は照れながら目を逸らす。
「もうー、せっかくありがとうって言ってるのに、気持ち悪いって失礼だよね」
返ってきた言葉の意味に、凛は不満そうな態度で頬を膨らませた。この素振りに、紅蓮はいつになく真剣な表情で答えようとする。
「いや、そういう意味じゃなくてな、弟を気遣うのは兄貴の役目だろ。血は繋がっちゃあいないが、俺と凛は立派な兄弟だ。――だろ」
紅蓮が伝えた意味とは……。
そう、二人は本当の兄弟ではない。理由は、天体衝突の影響や食料難という問題であろう。物心つく頃、凛には温かく包み込んでくれる両親などいなかった。同じく似たような事柄ではあるも、紅蓮の場合は家族をやつら達に殺される。
こうした状況から食料を求めて旅を続け、街を彷徨い物乞いをして生きる。そうでなくても、この世界は過酷な環境。人々の心は澱み、誰ひとりとして手を差し伸べる者などいない。
さらに追い打ちをかけたのが、人々から汚いという理由による一方的な虐待。これにより、希望も未来も無くした凛は、ついには気力を失い力尽きる。
――そんな時だった。
『――おい、大丈夫か? 生きてたら返事しろ!』
突如として声をかけたのが当時の紅蓮。その言葉からは、優しさのこもった感情が溢れ出ていた。それと同時に、温かい掌を差しだし気遣うように握りしめる。そんな初めて触れた心の想い。凛は安堵でもしたのだろう。 眠るように気を失ったという……。
このように行き倒れした人間など、道端に捨てておくのが常識。ところが、紅蓮はそっと抱きかかえ自らの住まいに連れて帰る。といっても、暮らしていた場所は狭い洞窟の中。明るい光もなければ、寒暖を凌ぐ器具もない。
これにより、衰弱して震えていた凛に寄り添う紅蓮。意識が回復するまでの間、ずっと身体を暖めていたという。やがて看病の甲斐もあってか、元気で明るい姿を取り戻す。
そしてこの時、紅蓮は凛に対して提案を持ちかけた。『一人で生きてゆくもよし、自分について来るもよし』ただ後者は、辛く過酷な旅が待っているだろう。こう伝えた意味には理由があった。
紅蓮には心に秘めた想いがあり、同じような境遇の子供達を助けたいと願う。この目的を実現させるために、世界を旅していると話す。これに感銘を受けた凛は、迷うことなく二つ返事で承諾する。
こうして互いの心に触れた二人。いつのときも行動を共に想いを重ね合わせ、兄弟としての絆を深め生きてゆく。本当の家族として…………。
「えっ、兄弟……って、僕のこと?」
「んっ? もしかして、俺の勘違いだったか?」
嬉しさあまっての驚きか、初めて伝えられた言葉に戸惑いを見せる凛の姿。この素振りに気まずさを覚える紅蓮は、恥ずかしそうな面持ちで後ろ髪を撫でる。
「ううん、勘違いじゃないよ。でもね、ふふっ」
「なっ、なに笑ってんだよ」
「だってね、急に真面目な顔になるんだもん」
「――ったく。そんな事はいいから、早く行ってこい」
自分を認めてくれた事がとても嬉しかったのだろう。しかしながら、凛は喜びをどう表現していいか分からず、冗談を言っておどけて見せる。
「はあーい。お・に・い・さ・ま」
「――っち、からかいやがって。まあ、そんなとこが俺は好きなんだがな」
紅蓮は不服そうな面持ちを浮かべるも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。こうして見守られながら、凛は残骸の一部に足をかけ目的のものを探し始める…………。