私の目の前で私を食べようとしていた巨大狼の首が跳んだ……事実としてはそれは理解できる……理解できるけど……なんで???
「え?私、助かった……??」
正直現実味がない……なんで巨大狼が死んだの?目の前では血しぶきを噴き出しながら巨体が倒れていくのを見ているしかなかった……大量の血で私の身体が赤く染まる……でも私は動けない……
「グルルルルッ」
「あっ……」
巨大狼が死んだからってほかの狼たちはまだ健在なのを思い出した……あの群れに襲われても私はひとたまりもない……でも、私の目に飛び込んできた光景に私は見惚れてしまった。
そこには黒い……全身黒い服を纏った人が立っている…その様相にどこか厨二心をくすぐられるのもあるけど、私を守るように狼たちと対峙する、その人から私は視線を動かせないでいた。
「えっ……あっ……」
「……生きてるようだな…すぐ終わらせるから大人しくしてろ」
「あっ、は、はいっ…」
そこからの光景を私は一生忘れられないと思う……月明りの中、黒い服を纏った男性は迫りくる狼の群れを手に持つ剣ひとつで切り裂いていく……一切の迷いもなく、その剣は月明りに反射して、輝いて見える…
「キレイ……」
ついつぶやいた言葉……あくまで彼の立ち振る舞い、戦い方を綺麗に思っただけだ…決して飛び交う血しぶきが月明りに反射するのをきれいに思ったわけじゃない……
「すごい……」
剣を一振りするだけで、狼の首や胴を容易く切り裂き、群れなす狼の攻撃なんて掠りもしない…どれぐらいの時間だったのだろう?わずか数分の出来事だったのかもしれないけど……私のその目にはこの光景がしっかりと焼き付けられていた。
「大丈夫か?」
「あっ……////」
「どうかしたか?やっぱりどこか怪我してるのか?」
「えっ…あっ、だ、大丈夫でしゅ////」
「そうか?とりあえずその檻を開けるからちょっと待ってろ」
「はい////」
それからすぐ、彼は兵士の死体から鍵をとってくると、私の檻を開けてくれた。私は恐る恐るといった様子で檻からでる……ただ、動いたことで私が今空腹で力が一切でないことを思い出してしまった……
「きゃっ」
「おっと……大丈夫か?」
檻から出ようとして倒れそうになった私を彼は優しく抱きとめてくれる……触れたその体は見た目には細く見えたけどがっちりとしていて、その感触に心臓がドクドクと早鐘を打っている。
「はぁ……抱えるぞ」
「え?キャッ////」
彼は私を抱きかかえると、檻から出してくれて……お姫様抱っこをしたまま私を死体から離れた場所まで連れて行ってくれる……私の心臓の音、聞こえてないよね?それと同時に私の今の恰好を思い出して一瞬で私の顔は青ざめた…夜じゃなかったら気づかれたかもしれない……
私の今の恰好はもともと薄汚れてるだけじゃなく、巨大狼の血しぶきをかぶってところどころ赤く染まっている……こんなの女の子としては最悪だ……急激に別の意味で恥ずかしくなってくる。
「さて、この辺でいいだろ」
「あっ////」
「さて……怪我はないみたいだな?なにか気になることはあるか?」
「あっ、えっと……」
グゥ~ 空腹でお腹の音が鳴る……私は青ざめていたのから一瞬で顔が真っ赤になったとおもう…恥ずかしすぎる…
「なんだ?腹減ってるのか…?ちょっと待ってろ」
恥ずかしくて仕方ない私に気づいてないのかな?彼は気にした様子もなく彼が持っていた革袋から何か取り出すのが見える。
「ほら、食えるか?」
「えっ、あっ……あ、ありがとう、ございます////」
彼が渡してくれたのは干し肉みたい……ただ、これまで空腹だった私にとってはこの干し肉は今まで食べたどんな物よりおいしく感じる……
「モグモグ…グスッ…うっ、ひっくっ……うぅ…」
食べていると自然と涙が出てしまう……これまで我慢していた涙が溢れ出し止まらなくなる…でもそんな私を彼はなにも言わずに、ただ側に居てくれた……
「はぁ……あ、あの////ありがとう、ございました////」
あれから泣いた私は、ようやく落ち着いて…恥ずかしくなってしまった。
(うぅ…やばい、恥ずかしい////ご飯食べながら泣いちゃうなんて…変な子だって思われたかな////)
「ほら、これでとりあえず拭け」
「え?あっ…」
私の目の前には水が入った容器と布を渡してくれる。
「俺はあっちに行ってるから、終わったらよんでくれ」
「えっ、あ、わ、わかりましたっ」
彼は私の返事を聞くとさっさとこの場から離れて行ってしまった……私は彼が用意してくれた水と布をありがたく使わせてもらい、血がついた髪や肌を拭く。鏡があるわけでもないし、しっかり拭けてるかわからないけど、身体を拭くことが出来て少しサッパリすることができた。
「うぅ…この服はもう、ダメ…よね……」
月明りでもわかるほどに着ている服は汚れてしまっている……でも、当然だけど私には変えの服なんてものはないし……それに、お金もない……
「……どうしよう」
命の危機が去って、ようやく落ち着いた私は自然と今後について考えるだけの余裕が生まれてしまった……その結果、このままだとどちらにしろ生きていけないという結論に達してしまう。
当然だけど、私はここがどこなのかわからない…一応来た方向から王都の方向はわかるけど、王都に戻ったところで、次はその場で殺されるかもしれない……戻るなんて論外だし、これから先、どこに人里があるかもわからない……私みたいな虚弱娘がまともに生きていけるほどこの世界は優しくない……大体呪いの影響で魔物が私を狙ってくるだろう…
「うぅ……そうなると……でも……い、いいのかな…」
私が今生き延びれる可能性はひとつだけ…助けてくれた彼にお願いするしかない……でも、たまたま助けてくれた彼に私を守ってくださいってお願いするの?無理だ……断られる自信しかない……
「自分で考えたって、こんなめんどくさそうな人間の世話なんてしたくないよね……はぁ…どうしよう……」
「何がだ?」
「え?きゃっ、あっ、ご、ごめんなさいっ」
「いや、別に謝られるようなことはしてないと思うが?それよりなかなか呼ばないから見に来たが、まぁ、水だけだと、このぐらいが限界か……朝になったらもう少し綺麗にしておこう」
「え?あっ、えっと…」
「なんだ?」
「い、いえ…あ、ありがとう、ございます////」
「あぁ、気にするな…とりあえず兵士達がもってた荷物を持ってきた。野営の道具もあるし、今日はこのまま休もう」
「え?あっ、はいっ」
彼は手慣れた手つきで野営の準備をすると、すぐに火をつけてくれる……そこで私は彼の顔をはっきりと見ることができた……火の灯りだからはっきりするわけじゃないけど、黒い髪、黒い瞳をした整った顔立ちの男性……大人の男性だってわかる。
(やばい////カッコイイ////)
うん、正直いって一目惚れだった……ま、まぁ、仕方ないよね……命の危機を救ってくれて、これまで誰からも優しくしてもらえなかった私のことを気にかけてくれて……うぅ、無理だ……考えれば考えるほど顔が赤くなる……私は彼が渡してくれた布に包まれて横になる。
(バレてないよね?今の私……見せられないよぉ////)
今の私は火の灯りの元でもわかるほどに顔が真っ赤だと思う……うぅ、どうしよう……正直いって初恋である……前世でもいじめられてた私を好きになる人なんていないし、私も人を好きになるなんてなかった…そんな私がこの世界にきて、助けてくれた男性に一目惚れしてる……ダメだ、冷静になれないっ
「どうした?寝づらいか?」
「あひっ!?な、なななんでもないでしゅっ!」
噛んだ、死にたい……
「そうか?とりあえず、大人しく寝ておけ、明日の朝になったら移動するぞ」
「あっ、はいっ」
彼の言葉に私は大人しく寝ようと頑張る……あれ?今の言葉……少なくとも私を送ってくれる??答えの出ないまま私はもんもんとしながらどうにか眠りについた……
◇
「ん…んぅ…ふぇ?ここ、は……」
寝覚めの中、私の目に飛び込んできたのは部屋ではなく地面……
「あっ!」
ようやく頭が回りだし、飛び起きる…ただ、すぐに力が抜けて座りこんでしまった……うぅ……どうやらいきなり動いたことで立ち眩みを起こしてしまったみたい…どうにか落ち着いてから辺りを見ると、夕べの彼の姿が見当たらない……
「あれ?もしかして、夢?」
「なにかいい夢でも見れたのか?」
「わひゃっ!?」
後ろから声をかけられ私は心臓が飛び出すかと思うほどに驚き、身体が跳ねた……どうにか呼吸を整えてから後ろを見ると、彼が立っていた。
「あっ、お、おはようございますっ」
「あぁ、おはよう。よく眠れたか?」
「あっ、は、はいっ!おかげさまで」
「そうか……食事の準備が出来てる、先に食べるか、それとも身体を先に拭くか?」
「あっ、えっと……その//// ご飯、お願いします……」
「わかった」
さて、彼に連れられていくと、そこには美味しそうな料理が……昨日の干し肉なんかと違ってしっかり調理された料理だ。
(お、美味しそう!うぅ……い、いいんだよね?食べても……)
チラッと視線を向けると彼は私に料理を渡してくれる……私は我慢出来なくて一口食べる。それだけで美味しくて幸せで、涙が出そうになるけど、がんばって我慢する……またご飯を食べながら泣くなんて彼に見せるのが恥ずかしいし……
「うぅ、美味しいよぉ」
がっついて食べたい気分もするけど、そんな姿を彼に見せるのははしたないって思われそうで嫌だし、それになんというか…身体が勝手に上品な食べ方をしてしまう……
「どうだ?」
「あっ、はいっ!とっても美味しいですっ」
「そりゃよかった」
「あ、あの、この料理って……」
そこで私は重大なことに気が付いた……彼の名前をまだ知らないし、私も名乗っていない…
「あっ、ご、ごめんなさいっ!」
「何がだ?」
「あ、その……わ、私はっ!」
自己紹介をしようとして言葉が詰まる…もし、彼が私が呪の姫君だって知ったら……怖い……ここで彼に見捨てられたら私は……
「どうした?」
「あっ、えっと……そのっ……わ、私…私は……」
「アンネレーゼ姫だろ?」
「え?し、知ってたんですか?」
「あぁ、最近まで俺も王都にいたからな、お前のことは知っている」
「そ、それじゃあ私のこと……」
嫌われる……怖い、怖い、怖い……だめっ、我慢、しなきゃ……泣きそうになるのを必死にこらえる。
「別に。お前が呪の姫君だとか呼ばれてようと、魔物を呼び寄せるとしても、俺はお前を否定する気はない」
「え?」
彼の言葉を一瞬理解できなかった……でも、少しずつ、少しずつ私の身体にその言葉がしみこんでくる……
「俺は旅人だ…分け合って名乗れないが、お前が望むなら目的地ぐらいまでは案内してやるよ」
彼のその言葉に、彼のその真剣な瞳に、私は、嬉しくて、泣きたくなって、頭がぐちゃぐちゃになりそうだけど……初めて、私を見てくれる人と出会った……