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11「クゥンの焦り」

 数日、穏やかな日々が続いた。

 朝、バルルワ村の女神邸で目を覚まし、メイドさんたちが作ってくださる魔物肉尽くしに舌つづみを打ち、鉄神に乗って温泉郷をぐるっと一回り(守護してますよアピール)してからひとっ風呂浴び、サクッとデスクワーク(ほぼ自動化済)を片付けて、早めの昼食を取ってから魔の森に出撃する。

 まぁ、『穏やか』というにはやや野性味が強いが、クーソクソクソ愛沢部長もクーソクソクソ辺境伯もいない、貞操の危機に脅かされない平和な日々。


「では皆さん、準備は良いですか? ――突撃!」


「「「「「おう!」」」」」


 今日の狩りメンバーも、いつもどおり。


 斥候のクゥン君、

 メイン盾にして主力の私(in 鉄神)&カナリア君(in 鉄神2号)、

 指揮担当にして実はメイン剣のヴァルキリエさん、

 ヒーラー・クローネさん。


 そう。実はヴァルキリエさんこそがメイン剣なのだ。

 めちゃくちゃ強い鉄神だけど、ヴァルキリエさんはそんな鉄神よりもさらに強い。

 もうね、ヴァルキリエさんマジ強すぎ。どのくらい強いのかと言うと、


『女神様』


 木に登っていたクゥン君が、私(鉄神)の肩に音もなく降りてくる。

 おサルさんか、もしくはニンジャか。可愛い。


『2時方向10メートル先にブラックベア1です』


「今夜はクマ鍋かな」


『ここは私にやらせてもらえないかな?』鉄神のマイクがイケメン声を拾う。『最近、体がなまってしまっていてね』


「キタ! メイン剣キタ! これで勝つる!」


『メイン剣? 相変わらずエクセルシア嬢は面白い言葉を使うね』


 森の中、少し開けた場所で、ヴァルキリエさんが仁王立ちして待つ。

 私たちは、その数メートル後方で待機。

 1分ほどすると、


『ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 3メートルの巨体、黒光りする分厚い毛皮。

 Aランクモンスター・ブラックベア登場。

 四つ足で、ヴァルキリエさんに飛びかかる!


 ――シュッ


 風を切る音とともに、ヴァルキリエさんの姿が一瞬ブレた。

 次の瞬間、ヴァルキリエさんが腰に帯びた鞘から、『チン』という音。

 ヴァルキリエさんが目にもとまらぬ速度で抜刀し、元の鞘に納めたのだ。


 ブラックベアが動きを止めた。

 1秒、2秒、3秒してから、ブラックベアの首がずるりとズレて、こぼれ落ちた。

 続いて、ズゥウウン……という音とともに、ブラックベアの体が倒れる。


「TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」

「さすがは奥様!」


 私とクゥン君による賞賛。


『抜刀』と言ったが、ヴァルキリエさんが帯びている剣は曲刀。

 刀をほうふつとさせるサーベルなのだ。


「まるで目で追えません」クローネさんも感心しきり。「さすがは元Sランク冒険者!」


『女神様、周囲にモンスターはいません』


「お疲れ様でした~」


 私は鉄神のハッチを開け、飛び降りようとして、


「ぷぎゃっ!?」


 地面の石に足を取られ、盛大にすっ転んだ。


「まったくこの子は。【小麦色の風・清き水をたたえし水筒・その名はラファエル――ヒール】」


 クローネさんが、擦りむいた私の鼻先を癒してくれる。


「どうしてこう、足元がおぼつかないのですか。困った子ですね」


 クローネさんがよしよししてくれるのだが、この子、肉体年齢でも私より年下ですよね?


「あのぅ、私の方がお姉さんなのですが」


「わたくしはエクセルシアさんの指導係ですから」


「よし、ではいったん戻ろうか」


 ヴァルキリエさんが指揮を執る。

 ヴァルキリエさんは最年長だし領軍のトップを務めているだけあって、仕切り慣れている。

 いや、『指揮』り慣れているというべきか。


「先頭はクゥン、右翼に殿下、左翼にエクセルシア嬢、殿(しんがり)は私。クローネ嬢を中央に。肉はエクセルシア嬢が担いでくれ」


「はーい」





   ◇   ◆   ◇   ◆





「「「「「お帰りなさいませ、女神様!」」」」」


 バルルワ村の南、魔物肉の集積地に入ると、村人たちだけでなく、領都から来た行商人さんたちまでもが私を女神呼びして出迎える。


「今日の第一弾はクマです!」


 作業用のスペースに、3メートルのクマがどーんと仰向けになる。


「こっ、これはAランクモンスターのブラックベア!?」

「超高級食材じゃないですか!」

「さすがは女神様!」


 引退猟師の村人さんたちがさっそく解体しようと試みるが、


「この毛皮、硬っ!?」

「刃が入らない」

「こんなに硬い相手の首を刎ねたって? さすがは女神様」


「あ、いえ。今回仕留めたのは私じゃなくて――」


 言いかけた私の唇を塞いで、ヴァルキリエさんがウインク。

 ……トゥンク。

 づか顔たまらん。


「キミたち、離れてくれたまえ」


 ヴァルキリエさんが曲刀の柄に手を伸ばし、


 ――シュッ、チン


 とたん、クマの片腕から毛皮がずるりと剥ける。

 さらに、


 ――シュッ、チン

   ――シュッ、チン

     ――シュッ、チン


 あっという間に、クマの全身から毛皮が剥がされ、お腹が割り裂かれ、内臓が露出した。


「おおおお!?」

「何と見事な切り口! アンタがこのクマを仕留めただか!?」


 村人さんたち、大興奮。

『フォートロン辺境伯領軍のヴァルキリエ』と言えば、バルルワ村を見殺しにし続けてきた諸悪の根源みたいに言われていたというのに。


 生来の優しい気質や、イケメンムーブや、何よりこの圧倒的な武力のお陰で、ヴァルキリエさん、順調に村に馴染みつつある。

 良かった良かった。


「聞いたことがあるべ! 辺境伯領を渡り歩いた伝説のSランク冒険者! その名も『曲刀使い(ソードダンサー)』!」


 ををを!?

 ヴァルキリエさん、中二な二つ名をお持ちだった。


「やめてくれ。昔の話さ」


 とかなんとか話しつつも、ベテラン村人さんたちの手は止まらない。

 硬い毛皮さえなければ、3メートルのクマだって解体はお手のもの。

 あっという間に内蔵が引きずり出され、肉が切り分けられ、爪や牙などの素材が切り取られていく。


 内蔵――モツ肉は村の子供たちが冷やした水につけて、村へと運んでいく。足の速いモツは、村でその日のうちに消費するのが通例だ。

 じゃあ、モツ以外の部位はというと――


「クマの手! 1000ゴールドから!」

「1050!」

「1100!」

「1200!」


 さっそく競りが始まった。

 村人さんたちも行商人たちも生き生きしている。

 というか、レアモンスターの素材が手に入れられるとあって、行商人たちは目をギラギラさせている。

 いやぁ、楽しそうでいいですね!


 村をますます開拓していき、川を増設し、畑を広げ、住宅を増やし、住民を誘致する。

 実効支配領域をどんどんと広げていく。

 フォートロン辺境伯領を飲み込んでしまえるくらいに。

 やりたいことは山積みだ。

 けれど、どれをやるにも先立つものがいる。


「と言うわけで、もう1回魔の森に突撃です!」


「「「「「おう!」」」」」


 こんな穏やかな日々が、これからもずっと続いていくものだと、私は思っていた。

 このときは、まだ。





   ◇   ◆   ◇   ◆





【Side守護騎士クゥン】



 オレは、焦っていた。ひどく、ひどく焦っていた。

 理由は簡単。恋のライバルが現れたからだ。


 ここは、魔の森。

 視線の先では、2柱の鉄神様――女神様が乗る『1号』と、カナリア殿下が乗る『2号』が歩いている。


『お姉ちゃん、3歩下がって』


 カナリア殿下の声が2号から発せられると、


『了解』


 女神様が即答し、即座に1号を3歩下がらせた。

 それとほぼ同時に、草むらの陰からBランクの魔物・ジャイアントウルフが飛び出してきた!

 1号(女神様)を襲うはずだった魔物の突進は空振りし、戸惑った様子のジャイアントウルフは、待ち構えていた2号(カナリア殿下)の棍棒の振り下ろしによって後頭部を強打され、絶命した。

 それは、ほんの数秒の出来事。

 見事と言うほかない攻防だ。


 オレは、悔しい。

 オレが血の滲む鍛錬の果てに手に入れた武力を、カナリア殿下があっという間に追い抜いてしまったことが悔しい。

 本来はオレが立つはずの、『女神様の守護騎士』という立ち位置をカナリア殿下に奪われてしまったことが悔しい。

 そして何より、女神様がカナリア殿下のお言葉にまったく疑うことなく従ったのが――お二人の信頼関係が、悔しくて妬ましくてたまらない。


 ……と同時に、こんなにも浅ましい思いを抱いてしまっている自分のことが、恥ずかしくてたまらない。

 相手はまだ五、六歳の幼子なんだぞ?


 とにかく、オレもがんばって活躍しなければならない。

 そうでなければ、女神様から頂いた大恩の数々に報いることができない。


「め、女神様、次はオレにやらせてください」


『ん、クゥン君?』1号から、女神様の戸惑った様子の声。『大丈夫だよ、クゥン君。魔物の相手は私たちがするから』


 気のないお返事。

 きっと女神様はもう、オレに対する興味も期待も、失ってしまったのだろう。


「っ。お願いです!」


『え、あー、うん』


 女神様の曖昧な返事を了承と取って、オレは鉄神様たちの前に出る。

 鬱蒼とした森の中へと飛び込む。

 ほどなくして会敵した。

 相手はゴブリン3体。あらかじめ【闘気(ウェアラブル・マナ)】で把握していたから、驚きはない――


「なっ!?」


 ――はずだったのに。


「ゴブゴブ!」


 敵は魔法使いタイプの『ゴブリン・メイジ』3体だった!

 1体目が放ってきた束縛魔法【バインド】による光の鎖を、オレは避ける。

 が、


「ゴブ!」


 続けざまに、2体目の【バインド】。

 オレは辛うじて避ける。が、体勢が致命的なほどに崩れてしまった。


「ゴブゴブ!」


 そこに、3体目が放った【バインド】。

 光の鎖に手足を封じられて、オレは無様に転ぶ。


 油断した!

 3体ともメイジのパターンには遭遇したことがなかったから、3体でもオレ一人で勝てると高をくくっていたのだ。


 短剣に持ち替えたゴブリン・メイジたちが、オレに剣を振り下ろす!


『やめろぉおおおおおおおおおおおおお!!』


 オレは、死なずに済んだ。

 女神様が、1号の拳でゴブリンたちをいっぺんに殴り飛ばしてくれたからだ。


「大丈夫、クゥン君!?」


 女神様が鉄神から飛び降りてきた。


「お、オレは大丈夫です」


 体の震えを必死に押さえつけながら、オレは起き上がる。


「そんなことより、鉄神様が……」


 オレを助けるために、棍棒を投げ捨てて駆けつけてくれたからだろう。

 無理やりゴブリンを殴りつけた鉄神様の指が、変な方向に曲がってしまっている。


 オレは、顔から血の気が引いていくのを自覚する。

 オレを、オレなんかを助けるために。

 オレの所為で……。





   ◇   ◆   ◇   ◆





 狩りは中止になった。

 当然だ。オレの所為で、大切な鉄神様がお怪我を負ってしまったのだから。


 そうして、今。

 バルルワ村の一室で、女神様は鉄神様の修理をなさっている。


「め、女神様、オレ……」


「あー、ごめん。後で聞くね」


 女神様は鉄神様の手指を覗き込んだまま、答える。振り向いてはくれない。

 きっと、内心では怒っているのだ。

 ……当然だ。オレの所為で、余計な仕事が増えてしまったのだから。


「応急処置として自動人形の土木作業用手首パーツを繋げてみたものの、上手く動かないなぁ。ドライバはちゃんとインストールできているはずなんだけど」


『ノートパソコン』という不思議な板を覗き込みながら、うんうんとうなる女神様。


「お姉ちゃん、見せて見せてー」


 そんな女神様に、カナリア殿下が絡みつく。


「ごめん、カナリア君。あっちで遊んでおいで」


「お姉ちゃん、コレ、ここになんか赤いマークが出てるよ」


「え? あ、ホントだ。エラー吐いてる! カナリア君、ありがとう! デバッグモードを起動してっと。うーん、どこを直せばいいんだ……?」


「お姉ちゃん、ここじゃない?」


「を?」


「こことここを繋げてあげれば――」


 カナリア殿下がノートパソコンに入力すると、鉄神様の手が動きはじめる。


「ををををを!? カナリア君マジ天才!」


 女神様が、心底嬉しそうにカナリア殿下を抱きしめる。


「そうか、L1-1G型のドライバ単体で無理やり動かそうとしたからダメだったのか。鉄神の右腕に自動人形F1-1G型の手首運動ドライバをインストールして、改修を加えたスリーハンドシェイクメソッドによって※※※を※※※して※※※が※※※※※――」


 女神様は古代語や鉄神様関連のことになると、ものすごく早口になることがある。

 そんなとき、オレはもちろん、村の誰も女神様の話に付いていける人がいなくて、最終的に女神様が寂しそうな顔をすることが何度もあったんだ。

 けれど。


「うんうん。こことここが、ちょうどその※※※? なんだよね」


「そうそう、そうなのよカナリア君! さらにここの※※※の※※※が――」


「うんうん」


 カナリア殿下は、そんな女神様の話に平然と付いていっている。

 具体的な単語はおぼつかないご様子だが、話の内容は明らかに理解なさっておいでだ。


「っ……」


 ズキリ、と胸が傷んだ。

 女神様が、子どものように目を輝かせながら、カナリア殿下との会話を楽しんでいるからだ。

 オレはいたたまれなくなって、部屋を出た。

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