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9「真打ち登場★王子カナリア」

「通してくれ! 早く!」


 順番抜かしをしようとしている壮年の男性。

 だが、単なる悪質な客とも言い難い。

 何とも『妙』なのだ。


 まず、やけに身なりが良い。どこぞのお貴族様のお忍びだろうか?

 そして、周囲に2人の護衛がいる。しかも帯剣している。

 極めつけに、男性がその腕に抱いているのは――


「甘ショタ!」


 フワフワな金髪碧眼の美少年――5、6歳くらいの小さな少年を抱っこしている。

 少年の顔色は、ひどく悪い。


「そなたがここの主か!?」


 私が鉄神から飛び降りると、少年を抱える男性が、飛びかかるような勢いで駆け寄ってきた。

 護衛のクゥン君が無言で私の前に立つが、私はクゥン君を下がらせる。


「ここの湯は体に良いと聞いたから、はるばる来たのだ。頼む、早くこの子を湯に浸からせてやってくれ。このとおり、昨晩から発作が止まらないのだ!」


「【小麦色の風・清き水をたたえし水筒・その名はラファエル――ヒール】」


 一緒に来たクローネさんが、魔法を使う。

 が、少年の顔色は変わらない。


「……ダメですね。怪我でもご病気でもないようです」


「この方々を案内して差し上げてください」


 私の指示に、村長さんがうなずく。


 長蛇の列を成している順番待ちの客たちから、ブーイング。

『昨日から子供の発作が~』の下りを間近で聞いていたお客さん数名は心配そうな顔をしていたが、事情を知らないお客さんからすれば、私が大した理由もなく順番抜かしを許可したみたいに見えるのだろう。


「ご協力、ありがとうございます!」鉄神の拡声器でアナウンス。「皆様のおかげで、急病人の救護を迅速に行うことができました! ご協力くださった皆様には、ジャイアントボアの串焼きをプレゼントいたしますので、中でお受け取りください!」


「ジャイアントボアってCランクモンスターの!?」

「高級肉じゃないか!」

「おおおおお!」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 >rosai


 私は、私のできることをする。つまりは、鉄神関連。

 甘ショタ君とそのお父さん(お忍び貴族?)が温泉から上がってくるのを、温泉宿の中庭で待つ。『労災モード』の鉄神に搭乗して。


 いや、『労災モード』て。

 コマンドがまんま『rosai』って!

 始皇帝ことソラ = ト = ブ = モンティ・パイソン、日本人の転生者で確定だわ。

 まぁ、労働環境では労災は重大問題。某工業社で社内SEとして働いていたころ、挨拶は『おはようございます』でも『お疲れ様です』でもなく『ご安全に』だったし。

 労災モードの鉄神は、簡単な治癒魔法と、かなり詳細な診断魔法が使える。

 索敵レーダーも山脈探しも非破壊検査も診断も、全て【鑑定】魔法の応用であるらしい。


 それにしても、甘ショタボーイ、大丈夫だろうか。

 私はショタっ子のツラそうな顔が大嫌いなのだ。

 世界中のショタは全員、笑顔であるべきなのだ。

 そこがたとえ、異世界であっても。


 やがて、護衛らしき人たちが脱衣所から出てきた。

 続いて、ショタボーイの手を引いた例の男性が。

 って、ショタボーイ歩いて大丈夫なの!?


「あのっ、もし良ければこの子で診断を――」


 鉄神から飛び降りた私に、


「ありがとうううううううううううう!!」


 男性が飛びかかってきた!


「ヒエッ」


 男性は泣いている。泣きながら私の手を取って、


「そなたは息子の恩人だ! 何か欲しいものはあるか!? 何でも言え! 何なりと褒美を用意しよう!」


「え、あ、その」


 クゥン君と護衛の人たちが、私と男性を引き剥がすべきか悩んでいる。


「失礼ですが、どちら様で?」


「あっ」男性が手を離した。ショタボーイの頭を撫でながら、「失礼したな。余は――」


 護衛の人たちが、『えっ、言っていいの!?』って顔してる。

 男性が護衛たちに小さくうなずいてから、


「余はゲルマニウム王国国王・ゲルマニウム16世である」


「「「えぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」


 私・クゥン君・クローネさんがおったまげた。


「それから」男性――国王陛下がショタボーイの頭をぽんっと撫でて、「この子は、我が末子にして第一王子・カナリアだ」


 金 髪 碧 眼 !!

 ふわっふわなショートヘア。

 二重まぶたの、庇護欲をそそる大きな目。

 まつ毛とか超長い。

 ほっぺは湯上りのためかほんのり桜色に染まっている。

 年の頃は5、6歳。

 身長は100センチそこらだろうか。


 って、カナリア!?

 男の子なのにカナリアって名前!?

 かっ、かわっ、可愛すぎる!!


「ほら、カナリア。そなたの命の恩人――レディ・エクセルシアにご挨拶なさい」


 甘ショタ王子・カナリアキュンがきゅるんとした上目遣いで私を見上げ、


「お姉ちゃん、ありがとう!」


 天使みたいに微笑んだ!

 とてとてと歩いてきて、私の手をぎゅっと握る。


「!? !? !?」


 てぇてぇ値がMAXに達した私は、その場で卒倒した。





   ◇   ◆   ◇   ◆





 11番目にしてついに生まれた念願の男児カナリア。

 だが、その男児は体が弱かった。いや、『体が弱い』という単純な言葉で片づけてよいのかは分からない。

 とにかく、しょっちゅう倒れた。貧血の症状に似ているのだが、血が足りていないわけでもない。

 原因不明の奇病。呪い――。


 待望の男児。

 王妃様はもう40台。

 カナリア君のことはあきらめて、次の子を作る? 40台の奥さんと? 次の男児が生まれるまで? それはさすがに無理がある。

 じゃあ、側室を娶って男児を作る? いやいや、カナリア君はまだ生きているのに?

 それで側室に男児が生まれて、もしもカナリア君が死ぬことなく成人したら、間違いなく跡目争いになる。


 というわけで、王様はカナリア君の体質を治すために全力を尽くす方針にしたのだそうだ。

 魔法という魔法、おまじないというおまじない、温泉という温泉も全て試した。だが、カナリア君はちっとも良くならなかった。

 そんな折、全国にアンテナを張っていた王様の耳に、新たな温泉が掘り当てられたとの情報が飛び込んできた。それも、随分と評判が良いらしい。

 だから――


「こうして、やって来られたというわけですか」


 王様の、何が何でもカナリア君を長じさせよう、王位に就かせようという意気込みは本物であるらしい。

 それこそ、こうして王様自らが温泉郷に突撃してくるほどに。


「うむ!」


 私が魔の森でとっ捕まえたウォーリアチキンの温泉卵をむしゃむしゃとやりながら、王様がうなずく。


 ここはステレジア奥様が【アイテムボックス】から引っ張り出してきた、例の温泉宿の一室。

 部屋は、王様の護衛――男性2名のうち1名が使った【消音】魔法の結界によって守られている。


「本当に、今でも信じられない。カナリアを湯に浸からせたとたん、あれほど苦し気にしていた表情が和らぎ、呼吸も整ったのだ。そうして今や――」


「このタマゴ美味しいね、お姉ちゃん!」


 カナリアキュンが私の膝の上に座って、温泉卵にパクついている。

 かっ、かわっ、可愛い!!

 すんすん……ふわっふわのつむじから、なんかいい匂いがする。あ、温泉の匂いだったわ。


 カナリア君、なぜか私にすっかり懐いた模様。

 いや、『なぜか』でもないか。カナリア君の体が温泉のお陰で本当に治ったのだとすれば、温泉を掘り当てた私は命の恩人ということになるのだから。


「本当に、奇跡だ」王様が、そんなカナリア君を優し気な目で見つめる。「そなたが『女神』というのは、存外本当なのかもしれないな」


「や、やめてください。というか、私のことご存じなんですね」


「それは」王様、壁際に侍る護衛の1人を見て、「なりふり構っていられないとは言え、最低限の調査はするさ」


 ……ん? 言われてみれば、この護衛の人によく似た客が、昨日来ていたような?


「女神様」


 クゥン君が窓から部屋に入ってきた。

 ここ、2階だっていうのに。身軽な子だなぁ。


 クゥン君が私の膝の上に乗るカナリア君を見て、ほんの一瞬、わずかに眉をひそめた。

 ……おや?

 もしかして、嫉妬かな? お姉さん嬉しくなっちゃう。

 クゥン君はそんな自分自身を恥じたのか、ぱっと頬を染めて首を振る。

 クゥン君だってまだまだ『幼い』といえる年齢なのに、ここまで自分を律するすべを身につけているなんて、本当に立派だ。


「診断結果が出たようです」


「おっけ」


 私はカナリア君を優しく下ろしてから、クゥン君の背中にしがみつく。

 するとクゥン君が、鉄神の背中目がけてひょいっと飛び降りる。

 出会った当初こそ、クゥン君に抱き上げられるのを恥じていた私だけれど、魔の森での戦闘やら村での開拓やらで鉄神に乗ったり下りたりを繰り返す機会が増えたことで、こんな風にクゥン君に運んでもらうことの便利さに気づいてしまった。

 私自身でも鉄神によじ登ることはできなくはないんだけど、そのためには鉄神をひざまずかせなければならないし、何よりドレスが汚れる。

 狩りのときは旅装(男装)だけど、村や温泉郷にいる間は、一応は『女神様』としてドレス姿でいることが多いからね。


 何はともあれ鉄神に搭乗する。

 モニタには、カナリア君を【診断】した結果が表示されている。


「こ、これは――」


『魔力欠乏症(小康状態)』


「魔力欠乏症?」


 私は『魔力欠乏症』の文字をタップ。

 すると、ブラウザのリンクよろしく別画面に遷移した。


『魔力欠乏症:生まれつき魔力が少ない体質。魔力不足・魔力切れの症状を呈する』


「こ、これ、まさか――」


 クゥン君にお願いして、温泉の湯を酌んできてもらう。


 ――ここのお湯に浸かっていると、なんだか魔力の戻りが早くなるような気がするんです。

 ――魔物が多いから魔力で満ちているのか、魔力が多いから魔物で満ちているのか。詳細は不明なままなんだけど、とにかくこの地は空気中の魔力濃度が高い。


 まさか。まさかまさかまさか!

 汲んできてもらったお湯に、鉄神の端子を漬ける。

 果たして、モニタに表示されたのは――


『魔力を含んだ温泉水』


「なんてこったい!!」


 クローネさん、プラシーボ効果でも何でもなかった!

 事実、ここのお湯は魔力を含んでいた!

 つまり、ここの温泉はゲルマニウム王国第一王子・カナリア君にとっては特効薬!


「ふ、ふふふ、ふふふふふふふ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


「め、女神様……?」


 キタ! キタ! 来てんだろ!

 私を領主と認めさせるための神の一手、キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!\\٩( ‘ω’ )و ////





   ◇   ◆   ◇   ◆





「魔力欠乏症!? 魔力を含んだ温泉水!? な、ななな……」


 言葉を失う王様。無理もない。

 王様が私をじっと見つめたあと、


「レディ・エクセルシアよ。本当に感謝する」


 頭を下げた!


「あ、頭をお上げください!」


 心臓に悪いって!


「そなたは我が息子の、いや、我が王国の恩人だ。望むものなら何でもやろう」


 え、マ? 世界の半分くれ、とかいったらくれちゃう?


「いえ、そんな」


 私の欲しいもの、それはもちろん領地と爵位だ。

 伯爵位が欲しい。できれば辺境伯の地位が欲しい。

 そんでクーソクソクソ辺境伯と同等の位になり、爵位と領地を維持するために『やむを得ず』離婚し、さらには『たまたま』フォートロン辺境伯領と係争が発生したために『やむを得ず』宣戦布告し、辺境伯をとっ捕まえる。

 それが私の望みだ。

 だが、男尊女卑を地でいくこの世界では、女性が爵位や領地に対してがっつくのは非常に外聞がよろしくない。


「望むものなんて……王様や王太子様とこうしてお話しする機会を得られただけでも、身に余る栄誉でございます」


 だから私は、猫を被る。

 大丈夫。作戦は考えてある。


「む、そうか。まぁ、急に言われても困るであろう。何か思いついたら、いつでも言うがよい。それで」王様が身を乗り出す。「折り入って頼みがあるのだが」


「な、何でございましょう」


 国王様からの『折り入った頼み』とか、心臓に悪い。


「例の馬無し馬車――自動車とか言ったか? アレで王都とここを結んでほしいのだ」


 ――キタ!


「また、もしも2台目、3台目の自動車がまだあるのなら、毎日往復できるような定期便を作ってほしい」


 カナリア君の健康を維持するためには、ここに通い続ける必要がある。

 王様のお願いはもっともだ。

 そしてこの言葉こそ、私が待ち望んでいた言葉でもある。


「お気持ちは痛いほどよく分かるのですが……わたくしは、もはや5等級落ち目前。5等級になってしまうと、屋敷で下女として働かなくてはなりません。ですので、2台目、3台目の自動車を発掘したり、王都までお伺いして運行経路をプログラミングしたり、といったことはもうできないのです。本当に申し訳ございません」


「5等級落ち? 下女として働く? どういうことだ」


「実は――――……」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 全て話した。

 妻を等級管理し、飲まず食わずで働かせていること。

『一人はみんなのために、みんなは一人のために』などと言いながら、実際には妻たちを消耗品扱いしていること。

 友愛ポイント制度という宗教めいたやり方。

 私がバルルワ村を救ったら、友愛ポイントをがっつり下げられたこと。

 バルルワ村を魔の森及びモンティ・パイソン帝国との緩衝地帯として使っていること。

 バルルワ村の人たちを十数年来見殺しにしてきたこと。

 獣人と人間をわざと不仲にさせたうえでの分断統治。


「うむむ……」王様、渋面一色。「善政とは言い難いな。しかし、罪として問えるほどの悪行でもない」


 そうなんだよね。

 辺境伯はその辺の悪知恵がとことん働いていて、罪にならないギリギリを攻めてきている。

 実に愛沢部長らしい。


「何より、そなたほどの逸材を、愚物の側室として閉じ込めておくのは、あまりにももったいない」


 を、ををを……『愚物』って仰ったぞ、今。

 私の陳情は、好意的に受け取っていただけたらしい。


「んー……」温泉卵や串焼きでお腹いっぱいになったカナリア君が、私の膝の上で眠そうにぐずる。「おはなし、終わった? 一緒にお昼寝しよ、お姉ちゃん」


 ふおおおおっ!?

 甘ショタ王子様と同衾!?

 まずいですよそれは!


「ううう……お姉ちゃんもそうしたいんだけど、自由に動けるうちに、いろいろとやっておかないといけない仕事が山積みで」


「えーっ、やだやだやだ! ボク、お姉ちゃんと一緒にいたい! ――はっ」


 そのときカナリア君に電流走る――!


「ちちうえ! ボク、お姉ちゃんと結婚する!」


「~~~~!!」か、可愛いなぁ!「お姉ちゃんもカナリア君と結婚したいけど……ごめんね、お姉ちゃんは既婚者だから」


「良いぞ、結婚」


「ぶっふぉ」王様、今何と?「いや、離婚はまずいのでは」


「大義名分があればよい。国のためになる、という大義名分が」


 王様がうなずくと、護衛の1人が剣を差し出した。

 王様が抜剣し、剣の腹を私の肩に乗せて、


「エクセルシア = ビジュアルベーシック = フォン = バルルワ。そなたをバルルワ温泉郷伯に封ず」


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!? って、温泉郷伯!?」

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