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6「屁理屈大作戦」

「というわけで、やって参りました『魔の森』!」


「あ~っはっはっはっ!!」ヴァルキリエさんが馬上で爆笑している。「食糧不足問題の解消のために、狩りに出る。なるほど。それで向かった先が手ごろな森や山ではなく、わざわざ領の東端の魔の森? エクセルシア嬢、キミは屁理屈の天才だね」


 私とクゥン君とヴァルキリエさんは、魔の森の中を進んでいく。

 私は旅装で鉄神に乗っている。ハッチを開いているので、声を張り上げれば会話が可能だ。

 ヴァルキリエさんは甲冑姿ではなく、革鎧で急所だけを覆ったラフな旅装だ。昨日と同じ馬に乗っている。

 この場には、私とクゥン君、ヴァルキリエさん、そして馬と鉄神しかいない。


 今日のヴァルキリエさんは軍人ではなく私人。

 ヴァルキリエさんがついてきたのは、『鉄神の能力を見たいから』とのこと。

 ヴァルキリエさんは領軍のトップ――つまり将軍職だから、鉄神を戦力として使えるかどうかが気になるんだろう。


 ちなみに、クローネさんは付いてこなかった。

『狩りにまで付いていくのは荷が重いです』とのこと。そりゃそうか。


「何もおかしなことはないでしょう。食せる魔物は多い。この子の力を借りれば、美味しいぼたん鍋にありつけそうです」


「ボタン? ボタンとは何かな? キミはときどき、よく分からないことを言うね」


 ヴァルキリエさんが楽しそうに微笑む。

 ……トゥンク。


 私は改めて、兜を被っていないヴァルキリエさんを観察してみる。

 超絶美形。づか顔。宝塚の男役の顔である。

 燃えるような赤いショートヘア、海のような優しさと激しさを感じさせる碧い瞳、長いまつ毛、適度に焼けた肌。

 背は高い。175センチはあるだろう。

 体格も良く、がっしりしているが、それでいて出るところは出ている女性的なプロポーション。

 しかも性格はイケメンときている。

 完璧だ。完璧超人がいる。


「おーい、エクセルシア嬢?」


「あっ」いかんいかん、見とれてた。「あー、いえ、こちらの話です。イノシシ系の魔物はいないんですか?」


「いるよ。Cランクモンスターのジャイアントボアが。ほら、ウワサをすれば――」


「ブモォォオオオオオオオッ!!」


 森の奥から、体高2メートルはありそうな巨大なイノシシが突進してきた!


「見せてもらおうか、鉄神の性能とやらを」


「ぶっふぉ」


 偶然だろうけど、ヴァルキリエさんの口からサブカル好きなら誰もが履修しているであろうセリフが出てきた。

 いかんいかん、集中。


 >autobattle


 鉄神が自動戦闘モードに入る。

 鉄神が大きく腕を振り上げて、


 ――ぐしゃ


 振り下ろした。

 頭部を粉砕されたジャイアントボアは、それっきり動かなくなる。


「あ~っはっはっはっ! めちゃくちゃ強いな、その自動人形!?」ヴァルキリエさん、目の色を変えて大興奮。「ジャイアントボアと言ったら、ベテランのCランク冒険者パーティーや正規軍が損害を覚悟して挑むような相手だよ!? それを一撃とは」


「あははは……」


 何より恐ろしいのは、この子――鉄神の名前が、





『労働一一型』





 であることだ。

『一一型』というのはバージョンのことだろう。

 前の『一』と後ろの『一』、どちらかがメジャーバージョンでどちらかがマイナーバージョンだと思う。

 わざわざ『一』と銘打っているのだから、二型、三型もいるのだろう。

 つまりこの子は最も古い機種である、ということだ。


 さらには、『労働』。

 そう、この子はあくまで労働用ロボットなのである。

 わざわざ『労働』と銘打っているのだから、いるのだろう……『戦闘』型が!

 空恐ろしい、とはまさにこのことである。


「さて。ひと狩りしたのでいったん戻りましょうか」


「え? もう戻るのかい? 領都までは馬の足でも小一時間かかるが……」


「いえ。領都までは戻りません。戻る先は、この近所にある『魔物肉の集積所』です」


「集積所……?」





   ◇   ◆   ◇   ◆





「ちは~す、三河屋で~す」


「「「「「女神様~~~~!! エクセル神様~~~~!!」」」」」


 歓声とともに、私は出迎えられた。


「こちら、お土産です」ジャイアントボアを下ろす。「お肉も素材もお好きなように。ただ、今日のお昼にしし鍋が食べたいな~なんて」


「「「「「お任せください、女神様!!」」」」」


 この村は若い男性がほぼ全員、辺境伯によって徴兵されてしまっているため、女子供と老人しかいない。

 とはいえその『老人』たちも昔はみな屈強な戦士だったり猟師だったらしく、10人も集まればジャイアントボアの解体など造作もないらしい。

 本当にたくましい!

 伊達に『最後の村』で生き抜いていないね!


「集積所と言うからどこかと思って来てみれば」ヴァルキリエさん、首をかしげる。「バルルワ村じゃないか」


「集積所ですよ」私はニヤリと微笑んでみせる。


「いや、どう見ても」


「集積所でしょう?」


「あーうん、なるほど。見えてきたぞ?」ニヤリと微笑むヴァルキリエさん。


「あのぅ……女神様」村長さんが恐る恐る聞いてきた。「そちらの方は、まさか」


「私の友人の」私はにっこりと微笑む。「キリエちゃんです。私の、ただの、お友達です」


「そ、そうでしたか。よく似たお方を知っていたような気がしましたが、他人の空似でしたな」


「そうそう。他人の空似です」


「ぶふっ……」ヴァルキリエさん、今にも吹き出しそう。


「じゃ、約束どおりここを頑丈な城壁で囲んでしまいますね」


「い、いいのですか……?」


 恐る恐る、ヴァルキリエさんの顔色をうかがう村長。城壁を造るのは『辺境伯に反意あり』とみなされるからね。

 対するヴァルキリエさんが、芝居がかった様子で肩をすくめて、


「ここはバルルワ村ではなく、魔物肉の集積所だからね。確かに、ちゃんとした壁がないと、魔物肉の血の臭いでオオカミが集まってしまうだろう。でも」


 ヴァルキリエさん、私に向けてウインクひとつ。


「上手いことやっておくれよ? 私だって、友愛ポイントには余裕がないんだから」


 ……トゥンク。

 ヴァルキリエさん超イケメン!





   ◇   ◆   ◇   ◆





「ここを集積地とする!」


「いや、だからここを集積地にするんだろう?」


 ここは、バルルワ村の南隣。

 ゴツゴツとした岩肌が広がる土地だ。

 見上げるような岩山も多く、とても開墾には適さない土地。


 ヴァルキリエさんからのツッコミを受けながら、私はドッカンバッコン整地していく。

 鉄神の馬力を使えば、どんなに硬い岩も豆腐と同じ。

 凸凹だった土地が、あっという間に平らになっていく。

 まるで、マインクラフトで整地作業をしているような手軽さだ。


「な、ななな、何という圧倒的な力!」村長さんが瞠目している。「ここは地面があまりにも硬く、長い間、開墾できずにいた土地なのです。それが、あっという間に!」


 だからこそ、バルルワ村の南端がここなのだ。

 彼らが開墾をあきらめたのである。


「あ、もしかして追加の農耕地が欲しかったりしますか?」


「えっ、下さるんですか!?」


「じゃあ、後で村の北側も開いてしまいましょうか」


 小一時間ほどで、ゴツゴツの岩山はまっ平らな土地に変わった。

 倉庫とか解体場とかはおいおい、村の人たちに協力してもらいながら作っていくとしよう。


「じゃ、北側に行きましょう」


 >move /to


 村長さんは私(鉄神)の手の中に収まる。

 ヴァルキリエさんは馬で移動。

 クゥン君は、なんと自分の足で馬の速度についてくる。

【闘気(ウェアラブル・マナ)】という、魔力を体に纏わせることで身体能力を向上させる便利魔法が使えるとのこと。

 クゥン君は強化系の念能力者だった!

 たった1人でゴブリン軍を相手に戦えるほどの強さも納得だ。


 あっという間に村の北端に着いた。

 私は鉄神のコンソール画面に、農耕モードへ移行させるためのコマンドを入力する。


 > plow


 バトルに整地に農耕に。何でもできるな、鉄神!

 岩肌を砕き、土を掘り返し、ほぐしていく。

 午前中いっぱい耕して、数百メートル四方の畑が出来上がった。

 ざっと農家10軒分くらい? 知らんけど。

 何作るかによっても、そしてその家の家族構成によっても維持できる畑の広さは違うだろうからなぁ。


「おぉ……おぉぉ……」

「神様……農耕神様……エクセル神様!」

「これで、村の人口が増やせる!」


 鉄神に腰掛け、汗をぬぐう私の後ろでは、村長さんや村の野次馬さんたちが感激している。

 まぁ、ここに入植して以来ずっと開墾できずにいた土地が、これだけ耕されればね。


「女神様!」振り向けば、クゥンくんが尻尾を振っていた。「オレたちに、こんなにも良くしてくださって、本当にありがとうございます!」


「いやぁ、まあ」


 いくら鉄神がいるとはいっても、これだけの畑を耕すのは一苦労だ。

 鉄神の操縦には気を使うし、鉄神の中ってけっこう揺れるから疲れるんだよね。肩とか腰とかぶつけて地味に痛いし。

 我ながら、しなくてもよい苦労をわざわざ買って出ているという自覚はある。

 それも、バレれば辺境伯に睨まれるリスクまで犯して。


 どうして、こんなことしてるのかって?

 もちろん、理由はある。2つもある。

 1つは、私の今世における『生きる目的』にまつわること。

 そしてもう1つもまた、『生きる目的』に関係すること。


 私の生きる目的の1つ目、それは辺境伯こと愛沢部長への復讐だ。

 村の開拓が復讐に繋がるのかって?

 ふふん、実はちゃんと考えがあるのよ。


 私の生きる目的の2つ目、それはクゥン君への恩返しだ。

 何しろ彼には、命を救われた恩がある。

 ゴブリン軍の撃退によって多少は返せたようにも思うが、まだまだ返すべき恩は残っている。


「クゥン君。いいんだよ、気にしないで」


 そう答えてあげると、感極まったのか、クゥン君が泣き出した。

 こんなに枯れた土地で。きっとクゥン君もその家族も、とても苦労を重ねてきたのだろう。

 私は鉄神から飛び降りて、クゥンの涙を拭う。

 そのまま抱きしめてあげると、彼の尻尾が見えないくらい高速で振られはじめた。

 んふふ、可愛いなぁ。


 あー、ダメだな、私。

『恩返し』なんて綺麗事で言い繕っているけれど、本心はただの下心だ。


 こんな、わけの分からない世界に突然放り出されて。

 いきなり馬車が滑落したかと思えば、ゴブリンに殺されかけて。

『異世界転生やったぜ!』なんておどけてはいたけれど、あのとき私は、本心では心の底から怯えていた。

 それこそ、心が無くなってしまいそうになるほどに、怖くて怖くて仕方がなかった。

 そんな私の前に颯爽と現れ、私を救ってくれたクゥン君の、なんと格好良かったことか!


 エクセルシアの、この体の初恋の相手は、間違いなくクゥン君だ。


 だから私は、彼にいいところを見せたい。彼に喜んでもらいたい。

 その見返りに、彼からもっともっと好意を向けてもらいたい。

 ははは……本当、打算的で嫌な女だな。


「ご、ごめんなさいっ」クゥン君が飛び退く。「オレ、情けないところを見せてしまって。オレは女神様の護衛騎士なのに」


「気にしてないよ」私は努めて優しく、クゥン君に微笑みかける。「いろんなキミを見ることができて、嬉しいな」


「!? !? !?」


 クゥン君、尻尾をぶわわわっと毛立たせながら、私の三歩後ろ――護衛ポジションへ下がってしまった。

 あーあ、逃げられちゃった。


「大したお礼もできませんが」タイミング良く、村長さんが話しかけてきた。「せめてお昼は召し上がっていってください」


 村人たちが、私を村へと招き入れてくれる。


「しし鍋できてますよ、エクセル神様!」

「ささ、こちらへ!」

「ジャイアントボアの肉は絶品ですよ!」





   ◇   ◆   ◇   ◆





「美味し~い!」

「本当に美味いな、コレ!」


 大興奮でしし鍋を食べる私とヴァルキリエさんもとい『キリエちゃん』の隣では、


「美味しい!」

「うま~い!」

「こんなに美味しいお肉、生まれて初めて!」

「キュンキュン、落ち着いて食べなさい」


 子供たちとクゥン君がわちゃわちゃしてる。

 可愛いなぁ。


 ここは教会の中庭。この村で一番広い場所だ。

 老若男女、ほぼ村人全員が集まってる。


「こんなに美味しい物が食べられるのは、すべて女神様のお陰だよ。みんな、女神様に感謝するように」


 私の護衛にして崇拝者、クゥン君が恥ずかしいことを言う。


「「「「「女神様、ありがとー!」」」」」


「そっ、そんな大げさな」


「それが、大げさでもないのです」と村長さん。「ご存じのとおり、この村の若手はほとんど全員が徴兵されてしまっておりまして。狩りに出られるような者は残っておらんのです」


「何てこと……うっ」


 子供たちがキラキラした目で私を見てくる。


「う~~~~っ。もういっちょ狩ってきます! 解体の準備は任せましたよ!」


「「「「「うおぉおおお! エクセル神様! 肉神様!」」」」」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 というわけで、再び魔の森に潜る。


「10時方向、30メートル先に近接武器装備のゴブリン3。警戒を厳に」


「はい!」ヴァルキリエさんの鋭い指示に、私は鉄神のハッチを閉める。「って、え!?」


「あぁ」馬から降りたヴァルキリエさんがニヤリと微笑んで、「なぜ、目視していないのに相手の位置が分かるのか、かい?」


「あ、それもそうですけど」私の声は、鉄神のスピーカーを通じて外に聞こえる。「メートル法なんですね!?」


「メートル法? そんな法律があるのかい?」


「あ、いえ。何でもないです」


 まぁ、『アプリケーションズ家』とか『フォートロン家』とか『モンティ・パイソン帝国』なんかが存在する国だ。

 今さら驚くことでもないのかもしれない。

 何にせよ、この国(世界?)がメートル法なのは便利で良い。


「それよりも。そうそう、どうしてこんなにも険しい森の中で、数十メートル先のことが分かるんですか?」


 魔の森は鬱蒼としており、数十メートル先はおろか、数メートル先も満足に見えない。


「【闘気(ウェアラブル・マナ)】さ」


 ほう。ヴァルキリエさんも強化系の能力者であったか。


「【闘気】を極めれば、魔力を薄っすら体外に放つことによって、周囲の状況を探ることができるようになるんだ」


 人間レーダーかよ。便利だな。

 ん、レーダー?


 >radar


 と、私はコマンド入力。

 するとモニタの1つがぱっと点り、鉄神を中心にしたレーダーが表示され始めた。

 鉄神のすぐそばにはヴァルキリエさん、クゥン君、お馬さんを示す黄色い点があり、鉄神の前方十数メートル先に3つの反応がある。

 近づいてきてるな。


「もう少し、鉄神の戦いぶりを見せてもらってもいいかな?」


「了解です」


 >autobattle


 鉄神がゆっくりと歩き出す。

 ゴブリンたちが潜んでいる木の陰に突っ込んで、


 ――ブンッ


 と拳を振るう。


 ――グシャッ


 ――ブンッ

 ――グシャッ


 ――ブンッ

 ――グシャッ


 戦闘終了。

 中央モニタに映るのは、頭部を陥没させた3体のゴブリンの死体。


「あ~っはっはっはっ! 強い! やっぱりめちゃくちゃ強いねその子!?」


「ですが、ゴブリンは食べられません」


「ちょうど良いのが近づいてきているよ」


 レーダーに大きめの反応が2つ。

 森の奥から出てきたのは、全長3メートル、豚の顔をした二足歩行の――


「オーク!?」


「「ブヒィイイイイイイイイイイイイイッ!!」」


 オークのダブルシャウト!

 ビリビリと空気が震え、草木が揺れる。

 鉄神のモニタ越しだというのに、私はすくみ上りそうだ。

 さっきのジャイアントボアのときは平気だったのに、なぜだろう?

 アレか、単なる雄たけびと、魔力を載せたシャウトは別物ってことなのかな。


 クゥン君とヴァルキリエさんは無事か!? と思って見てみれば、2人ともそよ風の中にいるかのような涼やかな表情。

 おおお、これが戦士としての経験の差か。


「ほら、新鮮なお肉だぞ、エクセルシア嬢」


「えっえっえっ!? ウソでしょ、ウソですよね!? 二足歩行の生き物を食べるの!?」


 とかなんとか言っている間に、自動戦闘モードの鉄神がオークたちの頭を握りつぶした。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「「「「「オーク肉だぁ~~~~!!」」」」」


 うわー……めっちゃ喜んじゃってるよ村人さんたち。

 この世界じゃ、二足歩行の魔物も食料なのね。

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