目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

6-1 「その哀れな命を終わらせてやるよ」

「うおおおおおッ! ラァッ!!」


 重々しい破砕音と共に、アルゴスの牙がまた一つ蹴り砕かれる。

 ソフィアから『力』を補充し、全身にエネルギーが行き渡っている今のアイリスの力は先の帝国兵たちとの戦いと比べても遥かに凌駕している。

 どれだけ硬い鋼の体毛と肉体を持っていても、圧倒的な膂力の前には意味を成さない。アイリスは縦横無尽にアルゴスの周りを飛び跳ねながら、その巨躯に攻撃を通していた。

 体格は遥かにアルゴスの方が上なのに、アイリスによって飛び散らされる緑色の血。

 それを見ながらサルードは——笑っていた。


「チッ…!」

「ほらほら、どうした? お仲間を呼ばなくても良いのかね?」

「うるさい。自分以外の力の意を借りて肥えただけのブタは黙っていろ」


 攻撃を中断し、地に足を踏み締めたアイリスがじっとアルゴスを睨め付ける。

 アイリスの猛攻によってボロボロになっていたアルゴス。しかし、その二秒後。ボコボコと肉が盛り上がるように体が修復されていっていた。

 否、その様子はむしろ『再生』に等しい。


「チッ、またかよ…」


 これと同じ光景が既に五度。

 確かにアイリスの攻撃はアルゴスに通っているが、それは湖の水を殴るようなもの。殴るたびに形を変えるが、凹んだ溜水がすぐに元通りになるようにアルゴスの傷ついた体も直っている。

 アイリスは右手に付いた血を舐めてアルゴスの情報を解析する。


『——解析完了。名称・アルゴス。ベースの機獣はイエティ。その他、類似遺伝子生命体を確認、該当。タイガー・ネズミ・カマキリ・プラナリアを確認』

「……色んな生命体を掛け合わせた。いや、この時代なら機獣を掛け合わせたのか。なんにせよムカつくなぁおい……!」


 ただでさえ存在が歪められている機獣。それがさらに帝国によって歪められているという、理不尽な自己都合。

 方法は不明だが、それを成したことにアイリスの帝国への憎悪が膨れ上がる。

 とはいえ、現状はその再生能力の前に打つ手なし。

 睨みつけることしか出来ていないアイリスを見て、サルードがさらに調子づいた。


「くふふふッ! だが、矮小な身でありながら貴様のその力だけは認めてやる。どうだ? 今すぐ我輩の靴を舐めるのであれば、命だけは助けてやるぞ」

「冗談。自分一人じゃ何も出来ないちっちぇ奴の下につくくらいなら、マスターの『命令』を聞いてた方がまだマシだ」


 お前に興味はない。そう言わんばかりに、アイリスの哀れみが宿った視界を埋めるのはアルゴスだけ。

 その無関心っぷりに侮辱されたと感じたサルード。笑みを消し、赤い水晶を掲げて冷徹な声色で命令を下す。


「そうか、ならば容赦はせん。アルゴスよ、其奴を今すぐ殺すのだ」

「「ガluwwアぁァ!」」

「——ッ!!」


 アイリスが飛び跳ねると、無数の鋼の針が地面を穿つ。先程よりも速い攻撃。軌道予測があってもギリギリな速さで繰り出されるアルゴスの攻撃によってアイリスの行く手が阻まれる。

 空中にその身を晒すと、避けられないアイリスの体を穿たんと槍衾が迫る。それを両腕で弾き、体勢を無理やり捻って後方へ。

 そこを先んじて、アルゴスが伸ばした体毛が着地しようとするアイリスの後方から襲い掛かった。


「このっ……!」


 即座に左脚の形状を変えて、鉄の鉤縄へ。それを地面に向けて放ち、地中を掴んで収縮。アイリスの体が引っ張られ、その攻撃をやり過ごす。

 そのままアイリスは攻撃に転身。アルゴスのお株を奪うように、地中から無数の鉄の矢を生み出して放っていく。

 それを使ってアルゴスの攻撃も防ぎ、アイリスは自分の飛び道具と一緒にアルゴスへと駆けていく。


「とりあえず、お前も地に伏せてろ!」


 間合いに潜り込むと同時に砂鉄の左腕を分厚いチェーンソー状に変えて、横薙ぎに振るう。目標は分厚い左脚。

 高速回転する細かな刃群が表面を削り、アイリスの顔が血化粧されていく。

 ひとしきり削ったところで、アルゴスの硬さにやられた左腕の前腕部が消滅。その代償に肉が見えており、アイリスはそこに右手を突っ込んだ。


「これで……! まずは一本ッ!!」


 何物も貫かんとする槍のような貫手が、衝撃も相まって左脚を吹き飛ばした。


「な、な、な、な……」


 サルードの驚愕に震える声が、頽れたアルゴスの音にかき消される。


「どれだけ再生するっつっても、これだけデカいモンをすぐには再生出来ないだろ。その間に残りを削ってジ・エンドだ。その哀れな命を終わらせてやるよ」

「アルゴスを……終わらせる……? くふっ……!」


 状況は逆転。攻略方法が見つかった今、もうアルゴスはアイリスの敵ではない。それなのに、サルードから溢れたのは笑い声だった。


「くふふふッ! あぁ凄まじい、凄まじいぞ! よもやアルゴスを地に伏せさせるとは! だが、貴様が出来るのはそれまでだ! 時間は十分稼げたぞ!」

「……時間?」

「そうとも! さぁお前たち! 大事な大事な母親が傷つけられたぞ! 子供なら母親を守ってやれぇ!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?