「な、なんだコイツら……! 急に力が……!?」
「もしかして……身体強化の……!? 馬鹿な、なぜコイツら全員オレたちと同じ魔法を使えるんだ……!」
人の身を外れた力を持てるからこそ優位に立っていた帝国軍。しかし、その天秤は今やソフィアに釣り合わされている。
そして力が五分なら、ずっと技術を磨いていた騎士たちの方が一歩先を行く。
「えぇい! 調子に乗るな! 身体強化が使えたところで、貴様らの魔法が我らに劣っていることには変わりない! 貴様らにこの魔法が使えるか!? 『荒野の轍。苦難の道を辿るは、我が使命。されど、我が道、阻む者がいるのなら排除せよ!』 【無窮の——」
「『迸れ! 【
短文詠唱で魔法が発動できる王国特有の『魔術』。元は補助の役割の為、それ単体では威力は格段に落ちるが、今この瞬間に火力は必要ない。
必要なのは、帝国の長文詠唱が完成するよりも早く、召喚者の手の中にある赤い水晶を撃ち抜ける魔法だった。
「あっ——」
金髪の騎士の杖から発せられた小さな稲光が赤い水晶を居抜き、破壊。それと同時に騎士たちはこの場から離脱する。
それと入れ替わるように、イエティやガルーダといった機獣が獲物を食らうかのごとく空から帝国兵たちに襲い掛かる。
「ぎゃああああ!」
「ど、どうして我らがこのような……! 殺されるべきは奴らで——」
首をかじられ、腕をもがれ、息絶えていく帝国兵たち。
やがて誰もいなくなり、機獣だけになったその通り道に——
『——今』
ソフィアの合図と共に、水で形成された豪槍が道を削りながら一突きで機獣の胴体を穿った。
緑色の血が混じった水の槍を振ってアカリが槍を元に戻すと、呆れた目線を上空に送っていた。
「アタシの近くに帝国兵を誘導したうえで、機獣も誘導させて最後をアタシに討たせる。どこまで盤面が見えてんだよ…。兄貴並みのバケモンか? もしかして——」
⭐︎
「ふぅぅぅぅ……。ひとまずはこれで……」
「ソフィアお姉様! 少しお休みになってください! それでは身体が保ちませんよ!?」
「ありがとうアステリア。でも大丈夫よ。これくらいなら、まだ動けるから……」
蒼白い顔面に浮かぶ滝のような汗。
ここまで複雑な並列思考処理を間違えることなく続け、解釈を無理やり広げた魔法まで行使しているのだ。
気を抜けば今すぐにでも倒れそうなほど、ソフィアの疲労は積み重なっていた。
「それよりもアステリア。領民たちの避難は完了したわ。海辺に障壁を張って貰っているから貴女の魔法で万全の状態にしてあげて」
「ソフィアお姉様……。——分かりました。ここからの領民の命は私が背負います! 『焚べるは護法の種火。揺らぐ炎は千変万化の証明。我、欲する形と成りてその意を示せ! ——【
上空から海辺の方へと向かって手を翳すと、クルルが張った障壁に炎が付与され巨大な炎の壁が出来上がる。
これで侵入者を阻む盾にも、追い払う矛にもなるだろう。
たとえ大型機獣であっても、避難民を襲うことは困難を極める。
「ソフィアお姉様!」
「ありがとう。これでもう、ひとまずは領民の心配はいらないわ。後はこれを騎士たちに伝えて士気を上げて、残った帝国兵を打てば——」
「——そのような楽観的な理想を私が叶えさせると思っているのか?」
突如、『上空』から聞こえてきたその声にソフィアたちの身体が硬直する。
咄嗟に腰から短剣を抜いて切っ先を声の持ち主に向ければ、そこには怒りに震えるベラリオ
「ようやく見つけたぞ、薄汚いネズミどもめ。まさか貴様らのような矮小な存在が、宙にいるとは思っても見なかったぞ。よくも我が大事な兵をコケにしてくれたな」
「どうして貴方がここに……!? アイリスに蹴られて死んだはずじゃ……」
「なんの願望だそれは? あの時は衝撃を逃すために、自分から飛んだだけだ。まぁ予想以上の威力を叩きつけられたせいで、都市の外にまで飛ばされて、軽く意識を失っていたみたいだがな」
こともなげにベラリオが言うが、その発言だけでも恐怖を抱くには充分だ。
普通の人間はあの威力の蹴りを受け流すことなんて出来ないし、都市の外にまで飛ばされたのであれば同じくその時点で絶命。
それを、ほんの少し意識を失っただけ? 化け物にも程がある。
ソフィアにとっては、目の前の大隊長もアイリスと未だに戦い続けているアルゴスとなんら変わりなかった。
「それじゃあ丁寧に説明してやったところで、その質問が遺言で良いな?」
「えっ……」
「貴様らごときには私が全力を出すまでもない。全力を振るう相手はもう、決まっているのでな——」