二十人の鬨の声がカルメリア中に響き渡る。
戦う意志は充分。上空にいても分かる、誰も臆することのないその気配。
アステリアは見事、領主としての務めを果たしたのだ。
「さて、それじゃあ後は私の役目ね。騎士アルム、もう一度魔法の用意を」
「は、はい! ……ですが」
「どうしたの?」
首を傾げて尋ねるソフィアに、アルムはバッと跪いて深く頭を下げる。
「今までのご無礼をお許しください……! そして重ねて失礼を申し上げますが、どうか私も地上で戦わせてください……! 今度こそ私は領主のために戦いたいのです。またこんな後方で生き延びるなど……!」
避難誘導のために後方に残ったことの後悔。息絶えた領主を、無傷な姿で見た時の悔しさはまさに身を焦がすほどの絶望だった。
彼にとってそんな同じ状況は許せないのだろう。
それでも——
「貴方の力は全体を指揮するために必要なの。悔しい気持ちをはらしたいのは分かるけれど、今はここにいてくれないかしら」
「で、ですが……!」
食い下がるアルムにもソフィアは言葉を紡ぐ。
彼が気付けていない、その真実を。
「確かに貴方は後方にいて、領主様を守れなかったかもしれない。それでも、貴方は一番大切にしなければならない『領民』を救ったんでしょう? なら、騎士としてまずそのことを誇りに思うべきよ」
「え……」
思いがけない言葉にアルムが呆然となる。
「民がいなければ、領地は意味を成さない。リューエルはそのことを良く分かっていたはずよ。だから最期まで民のことを想って戦っていたんじゃないかしら?」
「あ——」
圧倒的な脅威を前にしても、我先にと先陣を切り騎士たちを鼓舞して戦ったリューエル。その理由は彼の背後に護るべき民がいたからに他ならない。
そしてこの街に出て行った者もいるが、彼らがそれを選択できたのも、この地に多くの人が残ったのも、アルムの声が人々を生かしたからだ。
「そういう意味では、リューエルの意志を紡いで領民を守り通す戦いを貴方はしたの。決して貴方がリューエルのために戦っていなかったことにはならないわ」
「ソフィーリア、様……」
「だから今回もそれと同じ。貴方は貴方の戦い方で皆を守ってほしいの」
こちらを見上げるアルムの肩にソフィアは優しく手を置く。
そこから伝わる
「——イエス ユア
☆
『——ロード隊は北の通りを前進! その先にいる一隊を目一杯引きつけて! その三秒後、花屋に隠れたラズリー隊が強襲! ハーベは東南にいる隊に認識阻害を! 一分後にイーロイ隊が到着するわ! 一分三十秒後に認識阻害を解除!』
息つく間も無い指揮をソフィアが取っていく。
騎士たちの名前と魔法の系統を全て聞き、三人一組の隊を六つと、帝国魔法に負けない高火力魔法を持つ騎士を二人用意。そこから各個撃破するのがこの作戦。
アステリアから指揮系統を譲渡され、そのことを了承した騎士たちはソフィアの指示に従っていく。
隊を壊滅出来るならそれで良いが、目標は機獣を操る帝国兵だ。
「敵の目標は領民と騎士の殲滅。けど、こっちの目標は召喚者が優先。狙うものが集中しているなら、付け入る隙はいくらでもある……。認識阻害が解除されて道を正しく認識できるようになった帝国兵が取る一番のルートは——」
目をキョロキョロさせて、五つの【水映】から情報を読み取っていく。
上空から全体の位置が把握できるとはいえ、人間の視界は一つだけだ。一片に集中すればするだけ、視野も思考の幅も狭くなるのが普通だった。
なのに、ソフィアは全体から取得した情報を取捨選択して、即座に最適解を導き出し、適切な配置とタイミングで少しずつ敵兵の小隊を削っていく。
それらが出来るのも、昔からこの街で遊び続け、最近まで見回りをして情報を集めていたからだ。
帝国兵であっても、カルメリアの抜け道までは知らないだろう。
そのうえで——
「……解釈をもっと広げなさい。身体機能を最高の状態に戻すことが出来るなら、解釈次第で強化も出来る可能性はある。帝国の身体強化魔法は何度も見てきたでしょ? それを踏襲すれば——」
ブツブツと思考に没頭するソフィア。その間も指揮は忘れない。
完璧なまでの並列思考。彼女の脳内には今、三つ以上の複雑な思考が同時に行われていた。
「ソフィアお姉様! 時間です!」
「分かったわ。今度こそ、成功させてみせる——『捧げる祈り。奏でられる調べは癒者の手に。施しを君に。注ぐ命の雫』——【
『声』を通して行われる、聞いた者全員への回復魔法。
しかも、広げられた解釈によってその魔法は別の効果をもたらしていた。
「——はっはー! なんだこれは!? 体が軽いぞ!」
「これならば、帝国兵恐るるに足らず!! 貴様らの近くにいれば機獣に襲われないというのも皮肉なものだな!」
鍔が迫り合う間もなく、帝国兵の剣が騎士によって弾かれる。
身体強化の魔法を使っている帝国兵からしてみれば、目がこぼれそうになるほどの異常事態がそこら中で広がっていた。