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5-9 「貴女には私がついているから」

 名乗りを上げた途端、領民たちの歓声が空気に乗って上空まで届く。

 よっぽどアステリアの安否が気になっていたのだろう。避難していた人たちが海辺の方へと滞ることなく流れていった。


「これでひとまず領民たちは大丈夫ね。問題なのは、帝国兵の方……。認識阻害が効いている間に、攻勢を整えないと……」


 ソフィアが思案を巡らせる。その頭には戦う術は既に定まっている。だが、帝国兵と戦うには騎士たちの意志と連携が必要だった。

 そればっかりは、身分を偽っているソフィアでは出来ない。


「アステリア、ここからは貴女の仕事よ。領主として、この地を守ろうとする騎士たちの士気を上げて頂戴」

「わ、私がですか……!? セレネ……とか言いましたね、貴女ではダメなんですか……!?」

「無理よ。私が出来るのは領民たちの心を和らげることだけ。騎士を戦わせるには領主の言葉が一番必要なの。それは貴女だって分かっているはずよ」

「それは……!」

「自信がないのね」


 痛烈な一言に、アステリアは図星を突かれたように固まった。

 そう、今の彼女には自信がない。失敗続きで、この窮地を招いたと思っている彼女は騎士たちにどんな言葉をかけて良いか分からなかった。


「私は……立派な領主じゃありません……。お父様のように騎士たちを奮い立たせることなんて——」

「甘えてはダメよアステリア」

「え……」


 厳しい目を向け、ソフィアは『王女ソフィアとして』アステリアに語りかける。


「形はどうであれ、貴女は領主を背負ったの。なら、自信がないなんて嘆くよりもまず領地を救うことだけ考えなさい。さっき、貴女も聞いたでしょう? 貴女が生きていると分かった領民たちの喜びの声を。貴女にはあの声を守る責務があるの」

「あ——」 


 その言葉で、アステリアは思い出す。

 第一回の襲撃が起きてから、一心不乱に機獣討伐に励んだその理由。父親の仇討ちも当然そこにはあったが、根幹にあったのはそれだけじゃない。

 彼女は怒っていたのだ。大好きな街を荒らされた理不尽を。そしてだからこそ、その根幹にソレを据えたのだ。

 もう二度と、領民に怖い思いをさせたくない——という父と同じ領民を護るその意志を。

 そこに気付いたアステリアを、ソフィアはそっと抱きしめる。


「彼らはリューエルが死んでからずっと頑張ってきた貴女のことを知っているの。じゃなかったら、人前に出てこなかった貴女をあそこまで愛してくれるわけないわ。なのに、貴女はその声に応えるつもりはないの?」

「……あります。だって私は、大好きなこの地と領民を護るために今までを過ごしてきたんですから……。それが帝国に付け入る隙を与えてしまったとしても、それが領民を護らない理由にはなりません……!」

「なら、やるべき事は分かるわね」

「はいっ!」


 抱きしめていたその手を離し、ソフィアが見たアステリアの表情は力強い笑みを浮かべていた。

 それを見たからこそ、彼女もまた大切な妹分に更に勇気を与えるためにその指輪を外した。


「良い返事ね。それに、失敗しても大丈夫よ。——貴女には私がついているから」

「え——」


 ソフィアたち以外誰もいないこの場所で、『仮面』の下が一瞬だけ顕になる。

 ——黒髪は金髪に、赤い瞳は輝く碧眼に。優しく微笑むその口元は『あの頃』と変わっていない。

 親と同じくらい大好きだったその顔を目の当たりにして、アステリアは無意識にロケットを握りしめた。


「ソフィア……お姉様……」

「嘘……だろ……。い、生きておられたのですか……!?」


 瞳に涙が浮かび、震える二人の体。

 万感の想いがその身を駆け巡っていた。


「話したい事は色々あるけれど、ひとまずは全部を終えてから。二人とも、一緒に戦いましょう。私たちが愛する王国を犯す帝国からみんなを護るために」


 二人の肩に手を置き、ソフィアは優しく語りかける。

 その返事はもちろん——


「「はい!!」」



『——騎士の諸君。私はアステリア・フォン・ステラだ。今起こっているこの暴挙は帝国の計略によるモノと其方らは察しているだろう。単刀直入に言う。それは真実だ。全ては私の父を殺し、諸君らの仲間や家族を殺したあの襲撃騒動から始まっていたのだ』


 先ほどまでとは違い、領主としての威厳を示すかのような物言い。

 いつもの丁寧な口調でも良かったが、今は戦時中。それでは士気が昂りがイマイチになることを恐れたソフィアからの指示だった。

 緊張で震える声をアステリアは必死に抑え、地上で訳も分からぬまま戦う騎士たちを見ながら真実を告げる。

 彼らに戦うための理由と強い意志を与えるために。


『理不尽に苛まれた者、自分の無力さを知って自暴自棄になった者は沢山いるだろう。私もそうだ。だが、あそこから生き延びた身としていつまでも蹲っているわけにはいかない。私は今ここに、暴虐の限りを尽さんとする帝国に目に物を見せてやりたいのだ……!』


 領主の娘といえど、まだ未熟。庇護の対象でしかなかった娘から飛び出した、覚悟を感じさせる力強いその言葉。

 意志が燻っていた騎士たちの心に火が灯り始める。


『仇討ちでも、仲間・家族を守るためでも、生きたいという理由でも何でもいい……! 帝国と戦う意志のあるモノは私について来い……!』


 騎士たちの剣を握るその手に力が宿る。震えていたその足が止まり、しかと大地を踏みしめる。

 仕える主君の声はまだ途切れていない。今か今かと、誰もがその言葉を待っていた。


『——そしてどうか、私に……』


 溢れそうになる想いの丈。それを抑えようとするも、ソフィアがそっと背中を押す。


『私に、ステラ領の皆を護らせてください……!』


 最後の最後に崩れたその口調。それが、騎士たちにとっての合図だった。


「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」

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