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5-8 「ヘルメスロード」

 背筋に氷を突っ込まれたように、ソフィアの怨讐を感じたユウマとアステリアの心が総毛立つ。


「……まぁ深い事情は突っ込まないでおくよ。それで、こんなところでお前さんはどうすつもりだ?」

「全体を指揮するのよ。そのためにも、全体に声を届けられる人がここに居て欲しいんだけど……。アステリア、そういう魔法を使う騎士はいるかしら?」

「えっ……!?」


 先ほどの重たい雰囲気とは打って変わり、どこか親しみを感じさせる声色で問われたアステリアが狼狽えながら答える。


「そ、そうですね……声を届ける……。それなら一人だけ、いたはずです……。そう、あの日も戦えない人たちの避難誘導を行なっていた——」


 途端に、ソフィアたちの下にもその『大声』が届いてきた。


『——逃げ道が分からない奴は一旦【今昔亭】まで来い! 繰り返す! 【今昔亭】に来い! クソッ……この声、本当に届いてるんだろうな……! 状況がさっぱり分からねぇぞ……!』

「この声って確か、あの時の……」


 荒ぶっているその声は、カルメリアに来た時に絡んできた騎士——アルムの者だ。

 まさかの縁だったが、この状況下ではまったく知らない人よりは話を通しやすいだろう。


「ユウマ、あの声の持ち主をここまで連れて来られる?」

「あぁ問題ない。それでおれの役割が終わりかな?」

「えぇ。彼を運んできたら好きに動いていいわ。アカリのフォローをしてあげて」

「あいよ」


 そう返事すると、ユウマは飛び降りてアルムの元へと向かっていく。

 それから時間も置かず、水の器に乗せられたアルムが一人で上空へと喚きながらやってきた。


「おい! 俺を降ろしやがれ! 俺なんかを連れてきてどうするつもりだ! おい、聞いてんのか!? 【今昔亭】に避難させているとはいえ、まだ安全じゃないんだぞ!?」


 地上にいるユウマに向かって暴れるアルムが怒号を飛ばす。

 やがて地上のユウマが見えなくなっても怒るアルムに、ソフィアが話しかけた」


「騎士・アルム、貴方をここに呼んだのは私よ。文句があるなら私にしてちょうだい」

「お前は、クリュータリアの……。それにアステリア様!? どうしてこんなところに……!? お前、アステリア様をどうするつもりだ!!?」


 相変わらずの血気盛ん具合。

 これまで怒涛の展開で力が抜けて座り込むアステリアを心配したアルムが、すぐさま飛び移って彼女の横へと赴く。


「彼女をどうこうするつもりもないわ。私はただ、貴方の力が借りたいだけ。お願い、領民を救うために貴方の魔法を使わせて欲しいの。貴方だけが頼りなの」

「俺の魔法を……? ハッ、冗談言うなよ。たかが声を届けるだけの魔法がなんの役に立つってんだ……! 避難誘導にしたって、声を垂れ流してるだけでどうなってるかも分かりゃしねぇ……! 守らなきゃいけない領主を守れず、一緒に戦うことすら出来なかった役立たずの魔法だ……!」


 卑屈に、自分の力を唾棄するアルム。そこで、ソフィアは彼がずっと抱いていた彼の悔しさを感じ取った。

 傍目から見ても忠誠心溢れる彼がどうして無傷でいられたのか。アステリアの言葉を視野に入れるのなら、その魔法の特性ゆえに避難誘導に専念していたからだろう。

 そして領主の死の傍にいることも、戦うことすらも出来なかった。端々から感じられるリューエルへの忠誠心からすればその事実は耐え難い苦痛だったのだろう。

 それでも、今は問答している暇はない。

 力強い声でソフィアはアルムの自重を吹き飛ばし、頭を下げる。


「貴方が役立たずと思っていても、私はそう思っていない! 領民たちを救うために、貴方の力が今一番必要なの! だからお願い……! 貴方がいれば、私はここにいる人たちを救えるわ!!」

「ッ……! 領民を……」


 クリュータリアの人間でありながら、領民を護ろうとするその本気の想い。それを理解し、判断を下したアルムがソフィアに近づきその背中に手を当てる。


「チッ、分かったよ。やりゃあ良いんだろやりゃあ。『届けてくれ、私のこの願い——【想いの通り道ヘルメスロード】』」


 魔法が使われ、ソフィアの喉に『拡声魔法』が付与される。


「……これで、お前は声を届けたいと思った場所に向けて声を届けられるようになった。さぁ希望を叶えてやったぞ」

「ありがとう。それじゃあ、始めるわ——」


 そう言って、ソフィアはすぐさま五つのスクリーンを見て、機獣と帝国兵がいない安全な道を全て確認。

 逃げる人々を安心させるように、ソフィアは心に沁み渡る様な優しい口調で話しかけていく。


『——カルメリアの皆さんこの声が聞こえますか? 私の名前はセレネ・レイトン。クリュータリアの商人です。今、騎士・アルムに代わり皆さんを安全な場所へと移動させるために皆さんだけにこの声を届けています。私には安全な行路が全て見えていますので、それに従ってください。私を信じて移動していただけたら、必ずその命は助けて見せます』

「————」


 人々への心からの心配と希望を感じさせるその声色。それはまるで話に聞く聖母のように自愛の心が籠った純粋さで、間近で見ていたアステリアとアルムは自分の心が落ち着いていくのを感じていた。

 とはいえ、領民にとっては見知らぬ人の声だ。襲撃されているこの状況下では、下手に動くことは出来ない。

 そんな疑念を晴らすべく、ソフィアは『指示』を出す。


『大丈夫ですよ。あなた達の傍には頼れる騎士や私の部下がいますから。——クルル、聞こえていますね? 障壁を【今昔亭】を中心に、その一帯に展開。ハーベは魔法で帝国兵の歩みを遅らせて』


 二人の声は届かないが、信頼している二人なら確実に動いてくれるはず。

 その信頼に応えるように、程なくして【今昔亭】から海辺にかけて障壁が展開され、侵入を防ぐ結界となる。

 続いて眼下を見るとハーベの認識阻害の魔法に引っかかっている帝国兵が道に迷い、人のいない方向へと誘導されて行っていた。


『今動ける騎士たちは全員、【今昔亭】へ集結。戦っている騎士は遅滞戦術で帝国兵を引きつけておいてください。一般人の皆さんは、【今昔亭】を目印に動き、障壁の誘導に沿って機獣のいない海辺へ再避難を。機獣はトルルの特別大使様が対処してくれますから大丈夫です。——それと、一番心配しているであろう現領主様の命ですが」


 矢継ぎ早に指示を出したところで、アステリアに目線を送って続きを促す。 

 察したアルムがアステリアに魔法をかけ、その声を領民たちに届けた。


『——き、聞こえていますか? ステラ領主代行、アステリア・フォン・ステラです。私は、彼女セレネ・レイトン氏のおかげで生きています! 皆さんも諦めずに生き延びてください……!』


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