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5-7 「この想いは誰にも譲らないわ——」

 続けてドォォォォン、と破砕音が遅れて轟く。


「あれは……本当にさっきまでのアイリスなのか……?」

「おいおい、あの二十秒で何があったんだよ。身体強化の魔法か? それにしてもあの強化具合は……」


 初めて邂逅した時に無意識に感じ取っていたアイリスの底の深さ。

 それを目の当たりにし、フリューゲル兄妹は畏怖の感情を抱く。

 とはいえ、その感情を飲み下す時間は無く——


「二人とも、こっちに来て!」

「セレネ!?」

「この場はアイリスに任せて私たちは都市の防衛をやるわよ! きっと配置していたクルルとハーベがもう動いているだろうからアカリは二人と一緒に機獣を倒して! 私はアステリアと一緒に帝国兵を倒すから!」


 いきなり自分アステリアの名前を呼び捨てで呼ばれ、思わず反応する。


「あぁ!? ふざけんな! アタシだって帝国兵を倒したいっつーの! そのためにここまで我慢してきたんだぞ!」

「それでも、お願い! 機獣を止められるのは貴女たちしかいないの……!」

「ッ……!」


 バッと頭を下げるソフィアに頭を掻きむしって唸るアカリ。

 彼女にしても帝国に一杯食わされた鬱憤が溜まっているが、聞こえてくる破砕音や悲鳴が彼女の頭を冷静にさせていく。


「ふぅぅぅぅ……そうだよな。それが最善策だ。——兄貴、アタシは先に行くぜ。このムカつきをクソッタレの機獣どもに叩きつけてやる」

「了解だ。後で合流しよう」

「あいよ。死ぬなよ」

「そっちもな」


 そう言ってグータッチした後、無詠唱で水を生み出したアカリがそれに乗り、槍を構えて街の方へと向かっていく。

 それを見送るとユウマがソフィアに向き直った。


「んで、アカリだけの名前を呼んだってことは、あんたはおれにして欲しいことがあるってことで良いか?」

「察しが良くて助かるわ。お願いユウマ、私とアステリアを『上』まで連れて行ってくれる?」

「上に?」

「そう。まず全体の状況を把握しないことには——」

「——あの……さっきも言っていましたが……私も、ですか……?」


 ソフィアたちの会話を遮ったのは、弱々しいアステリアの声。

 サルードとの交渉に、最初から裏切られていた事実と、襲撃を受けているカルメリアの現実。さらに、アルゴスを見た時は憎悪に染まっていた心も、その圧倒的な暴威に砕かれている。

 彼女にはもう立ち上がる力が残っていなかった。

 それでも、ソフィアはアステリアの手を取る。


「当たり前よ。この地の今の領主は貴女なの。貴女が状況を把握しないで誰が把握するの?」

「それは……」

「時間が惜しいわ。——話すのは後。ユウマ、お願い出来るかしら」

「そういうことか、了解した。『我が手繰るは水霊の加護。【水宙フロート】』」


 ユウマが手を翳すとその正面に水で出来た平べったい器が出来る。

 それに乗ると水の器が浮かび上がり、三人をカルメリアの上空へと運んでいった。


「あとは、これが必要だろ。【水映スクリーン】」


 程よい高さまで来ると、ユウマが右手を振って円形の水を五つ、囲う様に展開する。そこには街の細かな光景が映し出されていた。


 そして、絶望の全貌をソフィアとアステリアは目の当たりにすることとなる。


「こんなことって……。帝国が企んでいた事にも気付けず……領民たちのことを考えることもなく、馬鹿みたいに機獣を追っていた結果がこれなんて……」


 定国と機獣によって蹂躙されていくカルメリアを眼下に、愚かな自分とアステリアがうちひしがれる。

 その隣でソフィアも悲痛に顔を歪めているが、頭は冷静なままこの窮地を救うべく思考を巡らせていた。


「……戦っている騎士の数は二十人、叛者レウィナのほとんどはいない。帝国兵は五人一組。機獣は中型以上。機獣は人を襲う習性があるのに、傍にいる帝国兵は狙わずに、狙っているのは領民たちだけ……」

「さっきのサルードを鑑みるに、召喚した者に従うんじゃないか?」

「その可能性が高いわね。一組の中心に戦っていない兵がいることを考えたら、あれが多分召喚者。とすれば、その召喚者を倒せば少なくとも機獣は平等にその暴力を振るうはずね……」

「あんたもしかして、機獣を『使う』つもりか?」

「出来ることなら、ね。貴方たちが帝国兵を表立って討てるのなら、そんな策を取る必要はないのだけれど」


 滔々と紡がれるソフィアのその言葉には何の感情も乗っていない。彼女は事実だけを語っていた。


「ありがとな」

「なにが?」

「アカリに帝国兵を討てって言わなかったことだよ。あいつは感情で動くからな。この状況だと爆発して帝国兵を殺しまくってもおかしくはなかったんだ」

「計略に巻き込まれたとはいえ、トルルの特別大使が帝国の兵を殺しすぎたなんて事実を作ったら下手に帝国へ付け入る隙を与える事になるでしょう。私はそれを許したくなかっただけ。それに——」

「それに?」


 破壊された家屋や人を見て、握った拳に力が入る。

 ずっとこれまで抑えていた憎悪が滲み出ており、表情を失ったソフィアの顔にユウマはゾッとした。


「出来る限り、『帝国は』私の力で倒したいの。この想い復讐は誰にも譲らないわ——」


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