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1-8 「マスターの『初めて』か」

「っててて……」


 契約を結び、『魔王』という仲間を手に入れたソフィア。それにホッとして緊張が解けたのか、身体に刻まれた頭を思い出す。

 その痛みを堪えながらソフィアはポーチから包帯を取り出して応急処置を開始。

 そのまま、隣にいるアイリスをまじまじと見た。


「それにしても……」

「ん? なんだ?」


 アイリスもソフィアへの敵意が無くなり、その機能が回復。

 リースたちと戦った時と同じように今では鉄の手脚が生えて、ソフィアと同じ目線を交わす事ができている。


「ほとんど勢いで契約を結んじゃったけど、私アナタのことよく知らないのよね……。分かってることは、人に裏切られて戦争を仕掛けて負けたってくらいで……」

「まだ負けてない。あの時はちっとばかししくじっただけだ。次やったらオレが勝つ。文明レベルだって信じられないくらい落ちてるしな」

「文明レベル……ねぇ」


 見せられた記録から、今の時代とアイリスがいた先史時代の文明に大きな差があることは理解している。

 想像することすら不可能な超高層建築群に、いつでも新鮮な食べ物や飲み物が得られる環境。火を起こすだけでも、木を使わなくていいという便利さ。人口も多く、そうなった全ての要因が『機械』による恩恵なのだろう。

 そして、そこの頂点に立っていた存在が目の前のアイリスだった。


「ねぇ、アイリスってあの時代じゃ人と一緒に暮らしてたんでしょ? 幸せそうにしてたのに、なんであんなことになっちゃったの?」

「そりゃあ、人がオレたち『機械』を裏切ったからだよ。アイツらは自分たちが『楽に暮らしたい』って思ってオレたちを作り出したってのに、いざ便利になりすぎると人間の立場が奪われると思ってオレたちの破壊運動を開始したんだ。それはもう、一切の躊躇もなく完膚なきまでに——な。ちょっと前まで人類の為に尽くしてきたってのによ」


 人への諦観や呆れを滲ませながら、アイリスはその黒い肩を竦ませる。


「んで、それに抵抗する為に機人エクステンドたちの旗頭として戦ったのがオレ。まさしく、やられたからやり返す。原始的な殲滅戦——お前らで言うところの【機械仕掛けの恢戦エクスハード】の始まりだ」

「それで……あそこまでの被害を……?」


 数十万人では収まらないほどの死者。破壊し尽くされた街並み。

 その所業は話に聞く『魔王』そのものであり、ソフィアは改めてアレがお伽話ではないことを思い知った。


「そりゃそうだろ。オレたちの能力は基本的に人間を超えている。そうあれかしと作られたんだからな。まぁそのおかげで戦況は一瞬で優位に立つことになったのは、アイツらにとっちゃ皮肉だっただろうよ。まぁ最終的にはアイツらもオレたちへの対抗手段を得たおかげで、最終的にはこのザマだ。元々、絶対数に差があったことだしな」

「対抗手段……。それが魔法……」

「この時代ではそう呼ぶみたいだな。んでもって、ここからはお前たちの時代の始まり」

「【機械仕掛けの恢戦エクスハード】で機械そのものの恐ろしさを思い知った初代レストアーデ王たちは、人類生存のために機械を忌み嫌い、それに頼らない生活を決めた……と」

「まさか五百年であそこまで文明をリセットするなんて思わなかったけどな。一度覚えた『楽』っていう欲に惑わされず、よくもまぁここまで徹底できた事だよ。そこだけは人類を褒めてやる」


 結局、人と争ってることに愚かさを覚えるけど——

 アイリスはそう皮肉で締めくくり、二人の間で時代の擦り合わせが終了する。

 巨大な穴の中で静けさが戻ってくると、アイリスはおもむろに立ち上がり、背筋を伸ばしながら死んだアベルの方へと近づいていく。


「でもま、目覚めた先が五百年後の世界ってのは流石に驚いたな」

「気づかなかったの?」

「完全に破壊できたと油断させるために、機能の九割をシャットダウンしてたからな。レストアーデ共もメインコアが抜かれて、手脚も捥いだ存在がまさか復旧するなんて思ってもみなかっただろうし、そこはオレの賭けが勝ったって感じだな。詰めが甘くて助かったぜ」

「でも、その右腕は……」

「生命の危機を感じて人類が進化したのか、反撃が予想外に強くてね。殲滅手段は整ってても、防御力が低かったら意味がない。だからオレも自分の身体をアップグレードさせようって考えたわけだ。んで、あとはこうして——と」


 左手で右腕を肩からなぞると、青白い放電と共に黒色の右腕が雪の様に白くコーティングされていく。

 銅を中核に、柔軟性と剛性のある金属を色々と織り交ぜた特殊合金。そこに高い堅牢性と耐摩耗性に優れたロジウムが、発生した生体電気に反応して腕を更に硬化させたのだ。

 錆びず壊れず朽ちない、まさにオーパーツ。

 人よりも優れた存在たる機人エクステンドだからこそ作れた、幻の合金『オリハルコン』製の腕だった。


「わぁ、腕が白くなった……!」 

「マスターと繋がれて少なからず本来の力を発揮出来る様になったからな。おかげでコイツの耐久性を上げれたのさ。カッコいいだろ?」


 白くなった右腕を捻り、動きを確認。指を開閉すると、前腕の一部が変形して盾になる。続けて、指全てが刃になったり、腕そのものが巨大な剣になったりと自由な変化を見せた。

 これが両腕両脚にあったからこそ、アイリスは人類に優位に立てていたのだ。それが今は一つだけ。破壊の力が全て揃ったら、一体どれだけの力を発揮するのかソフィアには見当もつかない。


「こいつは武器としても良い活躍してくれたよ。実際、レストアーデたちも象徴にするくらいの戦果にはなったみたいだし」

「じゃあ、一本残ってたのは?」

「さぁな。レストアーデたちの気まぐれか、機人エクステンド保全派の温情かそういうのだろうよ。特にクリュータリアなんかはレストアーデ以上に最後まで人を模したオレたちのことを人扱いしてたしな」

「クリュータリア?」

「知ってるのか——ってそうか、この大陸の主要国家はアイツら五人の名前から取ってるんだったな」


 記憶から読み取った情報を再確認。

 今は滅んだレストアーデ王国に、オスカリアス帝国、トルル共和国、ダラレイア・アイゼン、そしてクリュータリア連邦からなるそのメルトメトラ五大国。

 魔王アイリスを打ち滅ぼした五人の栄光と共に歴史を歩んでいる中でも、クリュータリア連邦は唯一特別な国だった。


「それもあるけど、クリュータリアって小さな国家が何十個も集まって出来た中立の国でね。私が隠れてお世話になってた国なの。そういえば、象徴レガリアの実物は見たことがなかったなって思って……。そういうことだったのね」

「ほーん、クリュータリアらしい国ってことか。まぁそれはいいや」


 今の人類の歴史や国の在り方には本当に興味がないのだろう。

 アイリスにとって今の最優先事項はどうやって身体を完全復活させて人類殲滅へのルートを辿ること。

 どうでもいいかの様に、生返事しながらアイリスは損壊の激しいリースの死体の横にアベルの死体を置いていた。

 まるでゴミの様に扱うその光景に思わずソフィアは目を逸らし、まだ生きている大切な臣下二人の応急処置に入った。 


「——話を戻すと残りの一割でオレはいつでも目覚められるように地脈のエネルギー、お前らで言うところの栄養を吸収し続けてたから即時起動は出来たわけだが、五百年もかかってたのは想定外だ。むしろ、お前がここに落ちてこなかったらもっと年月はかかってたかもな。てか、そもそもなんで落ちてきたんだ?」

「それは、このグラウンド・ゼロの枯れた地質に高威力の魔法を受けたからで——って……もしかして、ここの地質が枯れてたのって……」


 ——地脈によるエネルギーの充填をカット

 死の直前に立たされた時に聞こえてきたあの無機質な『声』が、ソフィアの頭の中で再生される。


「枯れた地質? あぁ、なるほどそういうことか。それならオレが原因だろうな。ほら、コレ」


 アイリスはソフィアに向き直ると、穴の開いた自分の胸を指す。そこから零れているコードを引っ張り、地面に接続した。


「眠ってる間、オレはコイツをここら一帯の地中に張り巡らせて地中で発生するエネルギーを全て吸収してたんだよ。大地に流れる水の運動や草木が栄養を吸い上げる力、動物の足音とかで揺れる振動。それらで生じたエネルギーを変換してオレが動けるようになったってわけだ。だから地質が枯れたんだろうが、些細な問題だろ」

「些細な問題って……」


 空が遥か向こうへと遠ざかり、首を思いっきり倒して見上げなければ地上が見えないほどの巨大なこの穴。今まで以上に邪魔でしかなくなっていた。

 ただ、こうなるのも時間の問題だったのだろう。強い衝撃を受けたとはいえ、これほどまでの穴が空くということは、『中身』がスカスカだったからに違いない。

 今思えば、ソフィアが今日目覚めたきっかけのあの地面の揺れは、限界を迎えつつあったグラウンド・ゼロの地滑りだったのかもしれない。

 アイリスが目覚めたということは、ここから大地は回復していくだろうが、それが何十年・何百年かかるかは不明だった。


「あ、でも待って……。大地から『栄養』を得て動いてるってことは……、アイリスはもう」

「大丈夫だよそこは。地道な充電だったとはいえ、五百年の月日の流れは相当だ。サブコアに蓄えたエネルギーだけでも十二分に稼働は可能だ」


 大事な『相棒』が動けなくなる懸念点。それが早々に解消されて、ソフィアは少しだけ胸を撫で下ろす。

 そのソフィアをよそに、帝国兵の遺体に手をつけていたアイリスからグジュグジュと生々しい音が聞こえてきた。


「それに足りなくなったら貰うだけだしな」

「貰う……? どこから?」

「人間からだよ。生きた人間にな生体電気ってのが流れていて、それを供給できたらこっちで増幅出来る。何もしなきゃ二ヶ月に一回。戦闘の規模によるが二週間に一回。メインコアがあればこんなことにならないんだが、まぁ今のところは一々人間を捕まえなくても問題ないよ」

「なんで?」

「お前がいるから」


 用が終わったのか、ソフィアに近づいてきたアイリスが屈んで視線を合わせる。

 そして、お前はオレのモンだと言わんばかりに、薄い唇を優しく指で撫でた。


「〜〜〜〜〜ッ!!」


 それをする意味が分かり、ソフィアの顔が真っ赤に染まる。

 唇を撫でる柔い感触が、あの時の行為キスを思い出させ、咄嗟にアイリスから離れた。


「い、急いでそのメインコアとやらを探すわよ!!」

「ははっ、なんだマスター。お前、オレにあんなことしといて意外と初心なのか?」

「か、揶揄わないで! わ、私だってあんなの初めてだったんだから……!」

「マスターの『初めて』か、ソイツは良いモン貰ったな」

「〜〜〜〜〜ッ! アナタ、そんな性格だったの……!」


 怖気を誘うほどの憎悪と殺気を振り撒いていた姿とは真逆に、親しみさを覚えられる様なアイリスの行動。感情の大きすぎる揺れ幅に困惑してしまう。

 これが人をサポートしてきた機人エクステンドとしての本来の『機能』なのか、穏やかになったアイリスにソフィアの中で余裕がまた生まれる。

 と、そこで気付いた。

 ——唇を撫でる感触。

 ニッと笑いながら指を突き出したその手と脚には人間と同じ『肉』と『肌』があった。


「ア、アイリス……。ソレって……」

「どうだ? これならオレでも『人間』っぽく国の中に入れるだろ?」

「そ、それはそうだろうけど……どうやってその身体を……」

「アイツらのを使のさ」

「アイツら……?」


 アイリスが親指で指した方向には、帝国兵二人の遺体がある。

 その血溜まりの中に浮かんでいるのはだった。


「帝国兵の……肉体を自分のモノにしたの……?」

「そ。ついでに服もな。片方はめちゃくちゃに損壊させちまったから足りなくなると思ったけど、なんとか足りて良かったぜ。これで人への擬態も体の強化も一旦はクリアだ」


 ——そこで、ソフィアの耳にまたあの無機質な声が届いた。


『エクスビボ機構による、人工細胞の即時生成を開始。防腐加工・筋肉と皮膚を加工し変換。人工皮膚と人工筋肉化の生成完了』


 聞き慣れない言葉の羅列に眉を顰めるソフィア。

 アイリスは筋肉と肌の付いた自分の体の調子を確かめていた。


「身体が治った……ってこと?」

「いいや、直ってはない。手脚を取り戻すまでは、こんなのはただの見た目だけだ。まぁ、人の細胞を弄ったから『コイツら』の元の筋肉より強靭ではあるがな。一応、人にも使えるぞ」

「え?」


 ソフィアに近づき、優しく傷ついた彼女の手を取る。

 すると、触れた指先からチクリと肌を刺された様な感触がすると——


「————」


 身体中に走っていた痛みが一瞬で消え、血は止まり穿たれた箇所も完全に埋まっていた。


「ちょっとお前の細胞を弄って自然治癒力を超活性化させたのさ。これでとりあえずは動けるようになるだろ」


 調子を万全に整えるだけの自分の魔法とは違い、触れただけで肉体を回復させるその能力。

 改めてソフィアは自分が契約した相手の規格外さを思い知った。

 そこでソフィアの双眸に、倒れて息の荒い重傷の臣下が映る。

 ある程度仲良くなった今なら——


「ね、ねぇアイリス……。その回復能力、この二人にも使ってくれな——」

「——ハ?」


 途端に憤怒の濁流がソフィアに襲いかかった。

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