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1-4 「私の人生……、何の意味もなかっ——」

「『荒野の轍。苦難の道を辿るは、我が使命。されど、我が道、阻む者がいるのなら排除せよ。【無窮の礫リトスペトラ】』」

「ッた!?」


 無音の時間はリースによって破られる。

 土煙を穿った礫はソフィアの四肢を貫き、強制的にその身を這いつくばらせた。


「その声、ビンゴだな。流石オレ様」

「何言ってんですかリース副長オプティオ。そんなことよりも、もう少し加減ってものを覚えてくださいよ。こんな大穴を開けるなんて、領主サマにどう報告するおつもりですか」

「仕方ねぇだろ。こんな穴が空くなんて誰が予想出来るってんだ。グラウンド・ゼロとはいえ大地がスカスカなんて普通思わねぇだろ」


 悠長にも、ケラケラと笑いながらリース達は地中の底へと降り立った。

 土煙は既になく、視界を遮るモノもない。彼らの眼には、四肢から血を垂れ流し、血溜まりの中に沈みながらも二人を睨むソフィアの姿がしかと映っていた。


「まさか、あの衝撃で生き残ってるたぁな。お仲間を犠牲にした甲斐があったな」

「帝国兵……ッ!」

「おーおーそんな怖い顔するなよ。楽しくなっちゃうだろうが」

「リース副長オプティオ。今度はボクにやらせてくださいよ。折角のマンハントだってのに、追い込むだけなんてつまらないじゃないですか」

「分かってるよ。ここまでオレに付き合ってくれた礼だ。ちゃんと美味しい思いはさせてやるよ」

「やたっ」


 これから何をされるのか。

 少なくとも、命を奪われるだけでは止まらないだろう。下卑た視線の中にはソフィアの尊厳を全て消し去ってやろうという意思すら感じる。

 命を取らず、四肢だけを狙って動けなくしたのがその証拠。数刻も経たず、ソフィアは陵辱の限りを尽くされるだろう。


「ひっ……!」


 その可能性に気付いたソフィアが、四肢に走る激痛を無視しながら這いつくばって『ソレ』へと近づいていく。

 覚悟をしていなかったわけではない。しかしそれ以上に、突きつけられてしまった『無力感』が王族ソフィアの芯を手折らせようとしていた。


「おいおい、そんな誘うみたいに尻振るなよ。こちとら、戦いの興奮でもう滾ってんだぞ」

「ぐっ……!」


 礫がまた一つ。ソフィアの右手の甲を穿つ。


「リース副長オプティオ!」

「焦るなよアベル。一応、コイツにはまだ聞きたいことがあるんだ」

「いたっ……!」


 軋む金髪の髪を掴まれ、顔を上げられる。

 泥と血に染まった端正な顔、そしてバーベが一緒にいた時には見えなかった『碧い瞳』を見てリースの口角が凄惨に吊り上がった。


「きひひっ! やっぱりそうだ!」

「どうしたんですかリース副長オプティオ


 満面の笑みを浮かべながら、リースはアベルに顔を向ける。


「なぁ、アベル。よくよく考えりゃおかしいことだらけだとは思わなかったか?」

「おかしいこと?」

「あぁ」


 視線をソフィアに戻すと、彼女はバッと顔を背けた。

 それを見て、リースの心が更に愉悦に染まる。


「領主サマに命じられた時、疑問に思わなかったワケじゃねぇ。関所の検問中に逃げたとはいえ、その時点ではただ怪しいだけだった不審者数人を捕まえるのに領主サマ直々に命が下るのなんて異常だってな」


 ゆっくりと、恐怖を感じさせるようにリースが顔を近づけていく。


「けど、追いかけているうちにそれに合点がいったぜ。オレら屈強な帝国兵を殺し切る護衛らしきオッサン剣士と子供二人。しかも子供の方は魔法まで使えるときた。こんな異常な不審者が他にいるか?」


 ニヤニヤと、まるで探偵にでもなったかの様に自分の推理をひけらかす。その推理を肉づけるように、リースは指先を倒れているクルルたちに向けた。


「加えて、そこでくたばってる奴らの行動。着ている服を見りゃコイツ等の方が立派なのに、何故かオレらの攻撃から見窄らしいお前をやたらと庇う。普通、主人と従者の行動が逆だろう」


 そこまで言うと、アベルの顔にも驚きが浮かび上がった。


「で、だ。それを考えた時、一つの答えが導き出される。領主サマ直々の命、魔法と剣が使える子供に、見窄らしく見せる変装。『帝国領』に入ろうとするのに、コソコソする他国の貴族も商人もいねぇ。逆にそうしないと入れないような人間は手配書が出回っている犯罪者か『元』王国の人間だけだ。例えば——あの日、遺体が見つからず生死不明の第一王女サマとかなぁ」

「——ッ!」


 正体が見抜かれ、抵抗の為にソフィアは暴れるも掴まれた頭が痛むだけで、その手から抜け出すことは出来ない。

 彼女の生死も運命も、文字通りリースの手の中だ。


「この暴れよう……、まさか本当に……!?」

「きひひッ! こいつぁ凄え! まさかこんなところで亡国の王女に会えるなんてなぁ! 領主サマも人が悪りぃなおい! 王女が生きてるって知ってるなら、教えてくれりゃあ良かったのによ!」

「いたっ……!!」


 掴んでいた手を離し、リースはソフィアの身体を投げ捨てる。

 そして受け身も取れず地面に叩きつけられたソフィアに覆いかぶさり、舌なめずり。いやらしく、粘っこい視線がソフィアの全身をまさぐっていく。


「けどま、おかげで手柄はオレの独り占め。ありがたいねぇ全く。金と地位と一緒に元王女の初物の味を堪能出来るんだからよぉ」

「うっひょーーー! リース副長オプティオ! ぜ、ぜひ最初はボクに!」

「ダメに決まってんだろ」

「えーー!」

「ぐだぐだ言うな。別にヤラせねぇとは言ってねぇだろ。とりあえず、生きてさえいりゃそれで良いからな。オレが味わった後に好きにしろ。コイツならお前の変態プレイに付き合ってくれるだろうよ」

「ちょっ! なんで知ってるんですかボクの性癖!」

「んなモン、見てたら分かるっての」


 頭上で和気藹々と自分を『オモチャ』にする話を聞かされるこの状況。

 ソフィアの心が段々と堕ちていく。


「あ、そうだ。隣で倒れてる女も連れて行くぞ。幻術系の魔法を使える奴は貴重だからな」

「うすっ!」

「(なんなのよこれ……)」


 こうなってしまえば、抵抗する気すら消えていく。

 国を、家族を滅ぼされ、必死に生き伸びて復讐と国の復興を誓ったのに、道半ばどころかスタートラインにすら立てずに、彼女の人生が終わりへと向かう。


「(私の人生……、何の意味もなかっ——)」


 諦めかけた心のその隙間に、自分を庇ってくれた従者の姿が入ってくる。


「クルル……、ハーベ……」


 王族とはいえ、今はその地位を失ったちっぽけな存在。帝国への復讐を志しても、上手くいく確率なんて0に等しい。

 ソフィアについていくメリットなんてなく、むしろ離れた方が良い暮らしが確実に出来ただろう。それこそ、二人の才覚があれば帝国の要人になれた可能性だって充分ある。

 にもかかわらず、彼らは『レストアーデ』に忠誠を誓い、ソフィア個人にも忠誠を誓ってここまでついてきてくれたのだ。

 なればこそ、その臣下の想いに応えねば王たる資格はない。


「あき……らめない……」

「あん?」


 訝しむリースの目に、ソフィアは強い意志をぶつける。


「諦めてたまるもんですか! 私の名前はソフィーリア・ヴァン・レストアーデ!! 王家の血と名に誓い、身命を賭して我が運命に抗うわ! その邪魔は誰にもさせやしない!!」


 碧い瞳に炎の様な意志が宿り、力が籠る。

 魔法を唱える暇はない。ソフィアは痛みを無視して、左脚の太ももから短剣を抜きリースに斬りかかった。


「ととっ!?」


 咄嗟にソフィアから離れて回避する。

 その僅かな隙を突き、ソフィアは『ソレ』に向かって全力疾走する。


「何を……!?」


 黒い鋼の右腕だけが壁の中に埋まり、左腕と両脚は欠損状態。胴体にも穴が空き、傍目から見れば壊れた人形にしか見えない『ソレ』。

 ソフィアの行動はほとんど無意識だった。

 もしかすると、最期に見せようとする走馬灯がそうさせたのかもしれない。


 ——お姫様のキスで王子様は目覚め英雄となった。


 大好きな母親が読んでくれた物語の一ページ。

 幸せだったあの頃の記憶が、彼女を突き動かしたのだ。


「お願い……! 目醒めて……!」


 血に濡れた両手で『ソレ』の無垢な顔を掴むと、自分の唇を薄い『ソレ』の唇へと落とす。


「気が狂ったのか? この状況で壊れた人形にキスするたぁ王女サマの趣味もイカれてんなぁ」


 後ろから嘲る声と共に近づく足音が聞こえるがそれも無視。

 血で満たされた口の中から血が溢れると、そのまま『ソレ』へと流れていく。


 ——その瞬間、全てが始まった。


「え……?」


 触れていた顔に温もりが生じると『ソレ』の瞼が開き、無機質な蒼い瞳がソフィアを捉えるスキャンする

 それとほぼ同時に、なんの感情も乗っていない『声』がソフィアの耳にだけ届いた。


「——マスター権限を確認。主力供給源欠損。予備供給源確認。地脈によるエネルギー充填をカット。予備供給源に移譲、励起開始。人類支援人型兵器『機人エクステンド』。個体識別名称——」


 Initio初期ロットRevolution革命的Intelligence知性あるSlaghter殺戮者

 蒼い瞳から照射されたその文字が、ソフィアの碧い瞳の網膜に投影される。

 そこでソフィアは唐突に理解し、その『名』を自然に呟いた。


「——I.R.I.S.アイリス


 起動。

 その瞬間、その身を焼き焦がさんとする激しい憎悪と殺意がに襲い掛かった。


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