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第24話 お茶会



「――さま。ミレイ様」


「ん、んぅ……」


 あちこちが痛み気だるい身体をモゾモゾと動かしながら、なんとか重い目蓋を開けると、眉尻を下げて困った表情を浮かべるメアリーが立っていた。


「……おはよう、メアリー」


 喉風邪でもひいたような聞き苦しい声に、メアリーは苦笑して、果実水を手渡してくれた。


 ギシギシと関節が軋む身体を、メアリーの手を借りてようやっと起こし、上体をヘッドボードに預けて果実水を飲み干した。


「っはーー、生き返った~~」


 心の底から湧き上がった言葉だったが、メアリーには不評だったらしく、「おじさんくさいですよ」と言われてしまった。


 カラカラに乾いていた喉が潤ったところで、ようやくイリオスの姿が見えないことに気がついた。


「ねぇ、イリオス殿下は?」


 メイドたちと忙しそうに動き回るメアリーに尋ねると、「早朝の鍛錬に向かわれました」と簡潔な答えが返ってきた。


「……あたしも起こしてくれればよかったのに」


 初夜を過ごした翌日の朝のベッドが、夫のスペースだけひんやりと冷えているのは、なんとなく寂しく思えてしまう。


(別に好きじゃないひとなのに、なんでこんな気持ちになるんだろう……)


 偽りの夫婦関係だというのに、感傷にひたるなど、ばかみたいだと苦笑する。


 見るからに意気消沈してしまった美澪の姿に、メアリーは苦笑交じりの微笑みを浮かべた。


「ミレイ様が酷くお疲れのご様子でしたので、王太子殿下は、ミレイ様の身をお案じになられたのでしょう」


「……そうなのかな」


「そうでございますとも。それに聞いた話によりますと、早朝の鍛錬は、王太子殿下の日課で有らせられるそうでございますよ。……ですからミレイ様。いらぬ心配をなさらず、まずはお身体を清めに浴室へ参りましょう」


 そう言って、美澪がベッドから降りる介添えをするメアリーに、「ちょっと待って」と声を上げた。


 「どうなさいました?」と首を傾けたメアリーに、羞恥に頬を赤く染めたミレイが、メイドによって回収されようとしているシーツを指さした。


「あ、あの血で汚れたシーツ……なんで大事に折りたたまれてるの……?」


「ああ、それはですね。無事に初夜を迎えて誓約が結ばれたことを、大神官様に確認していただくために、ああして契約の箱に納めているのです」


「確認した後は……?」


「大神殿に保管されます」


 美澪は声にならない悲鳴を上げて、ベッド脇に崩折れた。それに驚いたメアリーやメイドが集まってくる中、美澪はペダグラルファに来て初めて、文化の違いに涙したのだった。





「あっはっはっは」


「……笑い事じゃないですから!」


 美澪が身支度を終えた頃、タイミング良く部屋を訪ねてきたヴァルと朝食を食べた。そしてティールームで食後のお茶を飲んでいる時に、今朝の話を話題に出したところ、大爆笑されてしまった。


 ひーひー、と腹を抱えて笑うヴァルを真正面から睨みつけると、「ごめん、ごめん。そんなに恐い顔しないでよ~」と、両手を合わせて謝られた。


「どうせ、本気で悪いと思ってないくせに」


 そう頬を膨らませて言うと、伸びてきた白く長い指に頬を押され、ぷぅと間が抜けた音が出た。


「バレた? まったく、美澪は勘が鋭いね」


「……そういうのじゃないと思います」


 美澪が結婚しても相変わらずの態度で接してくるヴァルに苦笑すると、手にしていたカップをソーサーに戻して、気になっていることを尋ねた。


「ヴァル。昨夜あたしは、イリオス殿下を浄化したわけですが、それについて何か気になることはありませんか?」


 美澪の“浄化”発言に思うところが合ったらしいヴァルは、


「男女がセックスしたっていうのに、そんな情緒もなにもない言い方をしたら、王太子あいつが泣いちゃうんじゃない?」


 そう諭すように言いながら、まんざらでもない様子のヴァルに、呆れた顔を返した。


「ヴァルだって知ってるじゃないですか。イリオス殿下はまだ王妃殿下のことが好きだって」


「そうは言っても、身体から始まる関係だってあるでしょ」


 空になったティーカップに自ら紅茶を注ぎ、砂糖をしこたま入れてティースプーンで混ぜる姿にドン引きしつつ、美澪はハァとため息をついた。


「あたしって、そんなに単純な女に見えます?」


「おっと。その発言は多数の女性たちを敵に回す恐れがあるよ」


 そう言って、ティースプーンを突き付けてきたヴァルの口にマカロンを突っ込んで、


「SNSに投稿したわけじゃあるまいし。第一ここには、ヴァルとメアリーしかいませんから」


ふぉれにひたってそれにしたってひゅうななひゃいがじゅうななさいがふひぃにふるふぉとふぁじゃくちにすることばじゃ……ないと思うけどね」


 喋りながらマカロンを嚥下したヴァルに、「喉に詰まりますよ」と紅茶を勧めて、頬杖をついた。


「そうですかね?」


「そうだよ。まだまだ若いのに冷め過ぎだよ。ねぇ、メアリーもそう思うでしょ?」


 突然話を振られたメアリーは、「えっ、わたくしでございますか!?」と目を丸くして、


「……伯爵令嬢として言わせていただきますと、契約に基づいた婚姻による性行為は、お互いに割り切ったものになりがちだと思います。……あくまでもこれは、わたくしが育った環境においての見解ですが」


 そう言い切ったメアリーの腕に、美澪は自分の腕を絡ませながら、「ほら~! メアリーもこう言ってるじゃないですか」と得意げに言った。


「……まぁ、心さえ奪われなければ、ボクとしては嬉しい限りだけど」


「え?」


「何でもないよ。こっちの話。……それよりも美澪。キミの旦那サマがお迎えにいらっしゃったようだよ」


 美澪の後ろを一瞥してすぐに、興味を無くしたように紅茶を煽ったヴァルが、優雅に席を立った。


「エクリオの朱鳥、王太子殿下にご挨拶申し上げます」


 言って、胸に手を当て礼をしたヴァルに対して、イリオスは「面を上げろ」と言って美澪の肩に手を置いた。


「護衛任務で大変だろうに、妃の茶の相手まで努めてくれるとは。けいの献身には頭が下がるよ」


「いえ。お褒めに預かることではございません。敬愛するエフィーリア様にお仕えすることが、私にとって至高の喜びでございますゆえ」


「……そうか。それは殊勝な心がけだな」


 心做こころなしか二人の間に暗雲が立ち込めている気がした美澪は、雲を吹き晴らすように「イリオス殿下」と振り返った。


「これから国王陛下と王妃殿下にご挨拶へ?」


 言って首を傾けた美澪の頭をイリオスがなでた。


「ああ。初夜を無事終えたご挨拶に伺わなければ。……という訳だ。我が妃は返してもらうよ」


 そう言って、イリオスは美澪を立たせると、しなやかな細腰をグイッと引き寄せた。


「……左様でございますか。両殿下をお見送りいたします」


 そう言って恭しく頭を下げたヴァルに、「じゃあ、行ってきます」と声をかけて、美澪とイリオスは謁見室に向かったのだった。



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