驚いた表情で振り返ったミレイに、
「……それがあなたの素ですか?」
と尋ねた。するとミレイは、ハッと目を見開いて、焦ったようにカーテシーをした。
「すっ、すみま……! いえ、申し訳ございませんでした、王太子殿下。突然のことに驚いてしまって……!」
頭を下げたまま顔を青ざめさせている姿を見て、なぜだか不思議と笑みがこぼれた。
「あ、あの~、王太子殿下……?」
何も言わないイリオスの顔色を伺ってくるミレイに、
「頭を上げてください。エフィーリア殿」
そう言って右手を差し出すと、ミレイは差し出された手とイリオスの顔を交互に見て、それからおずおずと手を置いた。
イリオスの手より半分も小さな手を握って立ち上がらせると、おそらく礼を口にしようとした唇に指を当て、無言で首を振った。それに対して、得心がいったらしいミレイは、こくこくとうなずいて姿勢を正した。
(……察しがいい。言葉にしなくても、相手の言わんとすることを理解出来ている。異世界から来たエフィーリアだと聞いて、少なからず不安はあったが、うまく関係を築いていけそうだ)
ひとり納得したイリオスは、「ねぇ、もう行こうよ~」とミレイの腕を揺するパラディンに、不快感を覚えた。
「……パラディン伯殿は、随分とエフィーリア殿と親しいのだな」
そう皮肉な笑みを浮かべて言ったイリオスに、ヴァルは別人のように冷ややかな声で、
「あなたと王妃殿下程ではありませんよ、イリオス王太子殿下」
と言ってきた。その言葉にビクリと瞳を丸くしたイリオスは、すぐに冷静さを取り戻し「なんのことだ」と答えた。
イリオスとグレイスの関係は、彼女が王妃となった時から
「……パラディン伯殿。そのような馬鹿げた話をどこで耳にしたか知らんが、わが妻となるエフィーリア殿に、根拠のない話を吹き込むのはいかがかと思うがね」
「ふっ、根拠のない、ねぇ……」
訳知り顔でつぶやいたヴァルに、イリオスは苛立ちを覚えた。
「貴様……」
「はいはいはい! けんかは止めてくださいっ!」
両の細腕を開いて、イリオスとヴァルの間に割って入ってきたミレイに、毒気が削がれる。
そして、
「すみません。王太子殿下。公の場以外では、素で話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。その方が楽だろう。私は構わないよ」
「ありがとうございます」
言って、ぺこりと頭を下げたミレイは、「あの」と続けた。
「
きっぱりと言って、厳しい表情を浮かべたミレイに、イリオスは片眉を跳ね上げた。
「……嘘、とは?」
「……それは……」
何か考えをあぐねている様子のミレイに、「もう言っちゃえば?」とパラディンが背中を押すと、ミレイは申し訳なさそうな表情を浮かべてイリオスを見上げた。
「……王太子殿下。エフィーリアの神力には、さまざまな使い道があります。その中の一つが『写し鏡』と呼ばれる技です」
「うつし、鏡……?」
復唱したイリオスに、ミレイはこくりとうなずいた。
「聖なる泉の水を黄金製のお盆に入れて、その中にエフィーリアの血液を混ぜると、あたしが念じたものが投影されるんです。……それで、」
「……聞いたのか。俺とグレイスの話を」
美澪は気まずそうに視線を
「でも悪いのは美澪じゃなくてボクだから。間違っても美澪を糾弾するなよ」
「ヴァル……」
「俺はエフィーリア殿を責めるつもりはない。……おおかた、力の制御が利かなかったとか、そんなところだろう?」
その言葉にパッと顔を上げた美澪は、「どうして……」と目を丸くした。
イリオスは肩を竦め、
「召喚されたばかりで、こちらの世界にも神力にも慣れていない人間が、力をコントロールできる訳がない。……どうせ、そこのパラディンに唆されて投影したのだろ?」
そう言うと、ミレイは首をかしげて苦笑した。それにつられて、イリオスも苦笑した。
「……さぁ、エフィーリア殿。あなたはそろそろ居室に戻るがよろしかろう。明日は私たちの結婚式なのだから、寝不足で出席されては困る」
美澪はイリオスの言葉に、傷ついたような顔をした。
「でもあなたは王妃殿下を……!」
「ミレイ」
先ほどよりも低い声で、名を呼び捨てにされたミレイは、ビクリと肩を揺らした。
「……その、写し鏡とやらでどこからどこまで視たのかは知らないが。私はエクリオの次期国王として、必ずエフィーリアと結婚しなければならない。それが己の魂を守るため、民を苦しませないため、悪に染まり難い子を産み育て、この王朝を存続させることに
「えっ」
「……全ては過去のこと。まあ、結婚したからと言って、あなたのことを愛せるかはわからないが……。互いに尊重し合える良い同志になれたらと思っている。……どうだろう。これで不安が解消されれば良いのだが」
言って、初めて素の笑顔を浮かべてみせると、美澪はホッとしたような顔で、
「分かりました。なりましょう。……同志に」
そう言って笑った。