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第21話 同志



 驚いた表情で振り返ったミレイに、


「……それがあなたの素ですか?」


 と尋ねた。するとミレイは、ハッと目を見開いて、焦ったようにカーテシーをした。


「すっ、すみま……! いえ、申し訳ございませんでした、王太子殿下。突然のことに驚いてしまって……!」


 頭を下げたまま顔を青ざめさせている姿を見て、なぜだか不思議と笑みがこぼれた。


「あ、あの~、王太子殿下……?」


 何も言わないイリオスの顔色を伺ってくるミレイに、


「頭を上げてください。エフィーリア殿」


 そう言って右手を差し出すと、ミレイは差し出された手とイリオスの顔を交互に見て、それからおずおずと手を置いた。


 イリオスの手より半分も小さな手を握って立ち上がらせると、おそらく礼を口にしようとした唇に指を当て、無言で首を振った。それに対して、得心がいったらしいミレイは、こくこくとうなずいて姿勢を正した。


(……察しがいい。言葉にしなくても、相手の言わんとすることを理解出来ている。異世界から来たエフィーリアだと聞いて、少なからず不安はあったが、うまく関係を築いていけそうだ)


 ひとり納得したイリオスは、「ねぇ、もう行こうよ~」とミレイの腕を揺するパラディンに、不快感を覚えた。


「……パラディン伯殿は、随分とエフィーリア殿と親しいのだな」


 そう皮肉な笑みを浮かべて言ったイリオスに、ヴァルは別人のように冷ややかな声で、


「あなたと王妃殿下程ではありませんよ、イリオス王太子殿下」


 と言ってきた。その言葉にビクリと瞳を丸くしたイリオスは、すぐに冷静さを取り戻し「なんのことだ」と答えた。


 イリオスとグレイスの関係は、彼女が王妃となった時から箝口令かんこうれいが敷かれた。それ故、大神殿にいたパラディンと、故国から召喚されたばかりのエフィーリアが知るはずのない醜聞だった。


「……パラディン伯殿。そのような馬鹿げた話をどこで耳にしたか知らんが、わが妻となるエフィーリア殿に、根拠のない話を吹き込むのはいかがかと思うがね」


「ふっ、根拠のない、ねぇ……」


 訳知り顔でつぶやいたヴァルに、イリオスは苛立ちを覚えた。


「貴様……」


「はいはいはい! けんかは止めてくださいっ!」


 両の細腕を開いて、イリオスとヴァルの間に割って入ってきたミレイに、毒気が削がれる。


 そして、呆気あっけにとられるイリオスを見上げたミレイは、眉尻を下げて口を開いた。


「すみません。王太子殿下。公の場以外では、素で話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ。その方が楽だろう。私は構わないよ」


「ありがとうございます」


 言って、ぺこりと頭を下げたミレイは、「あの」と続けた。


うそはいけないと思います。王太子殿下」


 きっぱりと言って、厳しい表情を浮かべたミレイに、イリオスは片眉を跳ね上げた。


「……嘘、とは?」


「……それは……」


 何か考えをあぐねている様子のミレイに、「もう言っちゃえば?」とパラディンが背中を押すと、ミレイは申し訳なさそうな表情を浮かべてイリオスを見上げた。


「……王太子殿下。エフィーリアの神力には、さまざまな使い道があります。その中の一つが『写し鏡』と呼ばれる技です」


「うつし、鏡……?」


 復唱したイリオスに、ミレイはこくりとうなずいた。


「聖なる泉の水を黄金製のお盆に入れて、その中にエフィーリアの血液を混ぜると、あたしが念じたものが投影されるんです。……それで、」


「……聞いたのか。俺とグレイスの話を」


 美澪は気まずそうに視線を彷徨さまよわせたのち、ため息をつきながら、「そうです」と答えた。


「でも悪いのは美澪じゃなくてボクだから。間違っても美澪を糾弾するなよ」


「ヴァル……」


「俺はエフィーリア殿を責めるつもりはない。……おおかた、力の制御が利かなかったとか、そんなところだろう?」


 その言葉にパッと顔を上げた美澪は、「どうして……」と目を丸くした。


 イリオスは肩を竦め、


「召喚されたばかりで、こちらの世界にも神力にも慣れていない人間が、力をコントロールできる訳がない。……どうせ、そこのパラディンに唆されて投影したのだろ?」


 そう言うと、ミレイは首をかしげて苦笑した。それにつられて、イリオスも苦笑した。


「……さぁ、エフィーリア殿。あなたはそろそろ居室に戻るがよろしかろう。明日は私たちの結婚式なのだから、寝不足で出席されては困る」


 美澪はイリオスの言葉に、傷ついたような顔をした。


「でもあなたは王妃殿下を……!」


「ミレイ」


 先ほどよりも低い声で、名を呼び捨てにされたミレイは、ビクリと肩を揺らした。


「……その、写し鏡とやらでどこからどこまで視たのかは知らないが。私はエクリオの次期国王として、必ずエフィーリアと結婚しなければならない。それが己の魂を守るため、民を苦しませないため、悪に染まり難い子を産み育て、この王朝を存続させることにつなががるからだ。大事だいじを成すために、私情は必要ない。……それに、王妃殿下は国王陛下の御子を身籠られておられる」


「えっ」


「……全ては過去のこと。まあ、結婚したからと言って、あなたのことを愛せるかはわからないが……。互いに尊重し合える良い同志になれたらと思っている。……どうだろう。これで不安が解消されれば良いのだが」


 言って、初めて素の笑顔を浮かべてみせると、美澪はホッとしたような顔で、


「分かりました。なりましょう。……同志に」


 そう言って笑った。



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