美澪は自分の隣で、猫のように丸まって眠るヴァルの横顔を静かに見つめた。そうして、ふさふさのまつ毛に涙の粒がついているのを見つけると、美澪はヴァルを起こさないように慎重に身体を起こす。それからそっと右手の人差し指を伸ばし、繊細な手つきで、涙の雫をすいっとすくい取った。
「ん……」
まつ毛に触れられてくすぐったかったのだろう。もぞもぞと動いたヴァルの姿を、固唾をのんで見守る。……どうやら目覚めるには至らなかったようで、再びかすかな寝息を立て始めた様子に、美澪は無意識に詰めていた息を吐き出した。そうして美澪は、ヴァルから指先の雫に視線を移す。傾きだした陽の光が、薄いカーテンの隙間から差し込み、涙の雫を宝石のように煌めかせた。
「……キレイ」
ポツリと呟いた美澪は、だんだんと指のしわに沿って形を崩していく雫を、親指の腹で拭い去った。美澪は何も無くなった指先をぼうっと見ながら、泣いて、怒って、哀願していたヴァルのことを考える。
(いつも笑って掴みどころのないヴァルに、あんな悲しい過去があったなんて、あたし知らなかった。……ううん。知ろうともしなかった)
美澪に執着する理由があるのだろうと思ってはいたが、始めから最後まで話を聞いてしまい、罪悪感に
(ヴァルは最初から愛情に飢えていた。あたしのことを『守る』って言ってたけど、本当は自分を……自分の心を守ってほしかったんだよね?)
「そうでしょ? ヴァル」
囁くように言って、頬にかかる髪を指先でさらう。あらわになった白く滑らかな肌に、涙の跡が残っているのを見て、美澪の胸が苦しくなった。
「……あなたは愛したいんじゃなくて、愛されたいんだよ……きっと」
そう言って涙の跡をなぞると、美澪の瞳から涙が一筋流れた。それに驚いた美澪は右目の目尻に手を当てた。
(泣いているのはあたし? それともトゥルーナさん……?)
美澪は混乱しそうになる頭をふるふると振り、こぼれ続ける涙を手の腹で拭い取った。
(あたしはあたし。トゥルーナさんじゃない。……そうよね? ヴァル)
心の声は届かないと分かっていながら、美澪はヴァルを見つめる。
――ヴァルは言った。使命なんて辞めよう、と。
(あたしだってやめたい。でも……)
自分ひとりの欲望の為に、使命を放り出すことはできない。
「一緒に逃げてあげられなくてごめんね……」
そう言って美澪は、暫くの間、ヴァルの寝顔を見つめたのだった。