ヴァルとメアリーが、
「パラディン伯様。メアリー様。こちらのお部屋がエフィーリア様の居室兼寝室でございます」
ヴァルが無言でうなずくと、部屋の入口に控えていた二人の
広々とした室内は
「ミレイ様がお喜びになりそうですわ」
メアリーのつぶやきに、
「エフィーリア様はエクリオの王太子妃となられるお方でございますが、デビュタントに参加なさるお年頃の女性と聞いておりましたので、このように
「ミレイ様のお心に適っていると思います。短い期間で良くぞここまで。ミレイ様が目を覚まされたら、さぞお喜びになるでしょう。ミレイ様に代わりお礼申し上げます」
「恐れ多いことでございます」
言って頭を下げたメイドを
着飾ったままだと寝苦しいだろうと思ったヴァルは、美澪の髪を解き装飾品を外すと、ボレロを脱がせるようメアリーに命じた。指示に従ったメアリーは、
「寝間着にお着替えいただきましょうか?」
と伺ってきたので、ヴァルは首を横に振った。
「いや、あとでいい。美澪の眠りを妨げてしまってはならないからね」
メアリーは「かしこまりました」と言った。するとメイドのひとりが、
「わたくしたちは、エフィーリア様の隣室に控えております。御用がおありの際は、サイドテーブル上のベルをご使用くださいませ。――メアリー様。よろしければ城内をご案内いたします」
「まぁ! ありがとうございます。……パラディン伯様、わたくしはミレイ様のお荷物を整理したあと、城内を案内していただきます。ミレイ様をよろしくお願いいたします」
そう言い残して部屋を後にしたメアリーとメイドたちの気配が消えるのを待って、ヴァルは、美澪の眠るベッドの縁に腰を下ろした。
美澪の幼い寝顔を見下ろし、額にかかる髪を避けてやる。
時折、苦しそうに眉根を寄せる美しい
ヴァルはホッとして、手ぬぐいを
ヴァルは美澪の横顔を見つめながら、先程起きた騒動を思い返していた。
『嫌、嫌よ。もっと愛して……。わたくしのことを愛してるって言ってくれたではないの。永遠に愛していると言ったではないの……!』
「……トゥルーナ。姉さん。永遠の愛なんて存在しないんだよ」
『……あなた様はいつもそう。あの女の名ばかり呼んで、わたくしのことは放っておいた……』
「エフィーリアは……。グレイスは、ボクたちの加護を与えた
『わたくしは、わたくしには、あなた様しかいないのに……』
ヴァルは
「そんなことはない! 姉さんは一人なんかじゃなかった。ボクがいた! トゥルーナ、ボクたちは双子神だ。二人で一柱の神だったんだ! なのにどうしてボクを残して消滅しちゃったの? なんで姉さんの瞳にはボクが映らないの?」
気を失う寸前まで、ゼスフォティーウの名を呼んでいた。
裏切られたのに。
ひどい仕打ちも受けた。
最後には
「……あいつを殺せばよかったんだ。神殺しの
だがトゥルーナはその剣で、己の
ヴァルは憎んだ。
ゼスフォティーウを。
グレイスを。
だが、彼らへの神罰は天帝が許さなかった。
天帝の望みは唯一つ。
――ペダグラルファの安寧。
「ハッ! ……クソみたいな話だ」
ヴァルは天井を仰いで、前髪を
流れる涙はそのままに、無表情で眠る美澪を見つめた。
トゥルーナと同じ紺青色の美しい髪をした少女。大人になる前のあどけない顔の中心で、宝石のように輝く瑠璃色の瞳。真白で汚れ一つない魂の持ち主。そしてその魂は、トゥルーナのものと同じ形をしている。
ヴァルは愛おしい気持ちを隠せなかった。
今度こそ守り抜いてみせると自らに誓った。
「……ねぇ、美澪。君は知らないだろうけど、ゼスフォティーウの生まれ変わりは必ず人間の女に恋をするんだ。グレイスが死んだあと、トゥルーナの魂を持ったエフィーリアが生まれた。エフィーリアはゼスフォティーウの魂――エクリオの王族に恋をし、真実の愛とやらに
ヴァルは、まろくひんやりとした美澪の頬をなでる。
「ボクは待った。待ち続けた。何人ものエフィーリアが自害していくのを瞳にしながら、トゥルーナが戻ってくるのを待ち続けた」
そうしてトゥルーナは戻って来た。
泉 美澪という人間の少女の姿で。
「……でも誤算だったのは、ボクが美澪を愛してしまったことだよ。ボクが待っていたのは、愛していたのはトゥルーナだったはずだ。だから、美澪を使ってあいつに
美澪を神域に呼び出した日を覚えている。そして初めて、ヴァルの孤独を気にかけてくれたエフ
「美澪。キミは特別なんだよ? だから、こんなくだらない使命なんてさっさと辞めて、ボクと一緒に神域に帰ろう? そしたらずーっと一緒だよ」
ボクが永遠に愛してあげる。
美澪を見つめる
その時、ヴァルは気づかなかった。美澪の右手の指先が、ピクリと動いたことに……。