エクリオの聖なる泉は、どうやら城の周りに広がる広大な森林の中にあったらしい。城に戻るには馬か馬車が必要だと言われ、美澪は馬車を選んだ。そうして今、美澪とヴァルは馬車の中で向かい合って座っている。
本来ならば、専属侍女であるメアリーも同乗するべきなのだが、大事な話があるからと言って別の馬車に乗ってもらった。
ガタゴトと揺れる馬車の中、美澪は腕を組んでヴァルを
先程から何度呼びかけても反応を示さないヴァルに、我慢の限界に達した美澪は、乾いた唇を舐めて口を開いた。
「……これ以上待ってもなんにも話してくれないなら、あたし……ヴァルのこと、嫌いになります」
「それはダメッ!!」
血を吐くように叫んだヴァルに驚いた美澪は、目を丸くして、暫しの間、固まった。
ヴァルは、
そして弱々しい声で「……嫌いになったらイヤだ」と言った。
美澪は何度か口を開閉させたのち、
「……ごめんなさい、ヴァル。あたし、深い意味で言ったわけじゃなくて……。嫌いになるって言ったの……嘘なんです。冗談。だってまさか、ヴァルがそんな反応するなんて思ってなくて……」
そう言い訳する間も、顔を上げようとしないヴァルを見て、美澪はただ「ごめんなさい」と言うことしかできなかった。
永遠にも思える時間を沈黙が支配し、聞こえてくるのは馬車の車輪が
……これからどうしよう、と美澪が車窓の外に視線を向けた時、ヴァルが独り言のように「謝るから嫌いにならないで……」と言った。
(嫌いにならないで、って……)
美澪は困惑した。
どうしてそこまで美澪に嫌われることを恐れるのか、理由がわからなかったから。
美澪は瞳を閉じて深呼吸すると、膝の上で強く握りしめられているヴァルの手を、そっと優しく包み込んだ。
「……ヴァル。あたしは別に、あなたに謝ってほしいわけじゃないんです。ただ、なんであんな……
できるだけ落ち着いた声で、
美澪はホッとして「やっとこっちを見てくれましたね」と苦笑した。
ヴァルは美澪を上目使いに見て「正直に話したら、ボクのこと、嫌いにならない……?」と言った。
美澪は
「ならない。嫌いになりません」
そうハッキリと言って笑った。それにぎこちなくほほ笑んだヴァルは、
「……あいつ、他に女がいる……」
眉根を寄せて、歯をギリリと咬み締めたヴァルに、美澪は目を丸くした。
「おんな……。だ、誰でしょう?」
「それは、わからない……」
言って、力なく頭を振ったヴァルの言葉に
「……まぁ、仕方がないですよ。王太子殿下にも好きな人くらいいるでしょう。ってことは、あたしと王太子殿下。どっちも強要されて結婚するんですね」
(結婚する前から愛人がいるってわかっちゃった。この場合、どうすればいいんだろう。それにあたしは、王指太子殿下のこと、好きじゃないし。……まぁ、複雑な心境ではあるけど)
指をもじもじ動かして、もんもんと考え込む。
「それにね、美澪。あいつ、魂が……そっくりだった」
「魂が……?」
うん、とうなずいたヴァルは、
「あいつの魂、ゼスフォティーウにそっくりだった」
「――え?」
ドクンッ、と美澪の心臓が大きくはねた。それは一瞬のことで、思い違いだったのかと首を
「……美澪、あいつに
美澪はビクッとして、
「え!? と、突然なにを言い出すんですか!」
「あいつと初めて会った時、何か感じなかった?」
「な、何かって?」
「懐かしい感じがしたとか、胸が高鳴ったりとか」
「あっ……あった、かも」
「ほーら、やっぱりね!」
それ見たことかと
「言っておくけど、ひと目惚れとかじゃないから」
そう、ため息混じりに言われた美澪は、
「分かってますよそれくらい! どうせアレでしょ。あたしの魂がヴァートゥルナと同じだから、ゼスフォティーウの魂を持った王太子殿下に、無意識下で惹かれてるとか言いたいんでしょう?」
早口でまくし立てるように言った美澪の顔を、ヴァルはまじまじと見つめて、感心したようにうなずいた。
「正解だよ、美澪。ボクが心配しなくても、ちゃんと分かってたんだね」
「こう見えて察しがいいんです。あたし」
美澪の言葉に、ヴァルはハハッと笑顔をみせた。
(それにしても、『愛人』がいるのか……)
その単語が喉にひっかかった魚の小骨のように、不快で不快で仕方がなかった。