「――なるほどね」
美澪は椅子にもたれかかり、困り顔のメアリーから、スッと視線を外した。
――ここは神殿内の蔵書室。
メアリーが口にした、『エクリオへの
美澪は
「あたしが召喚されたのは、ここの
「はい。その通りでございます」
「かなり理不尽過ぎませんか? ここにきてまだ1日も経ってないのに、5日後には別の国……しかも結婚しろだなんて!」
はぁー、とため息を吐いて、視線をメアリーに戻す。机を挟んで向かいに座るメアリーは、困ったように眉尻を下げている。
(……そうよ。これはメアリーのせいじゃないもの)
美澪はんんっと咳払いをすると、気を取り直して地図を折りたたみ、メアリーへ手渡した。
地図を受け取ったメアリーは、席を立って本棚へと向かった。その姿を目で追ったあと、美澪は机に突っ伏した。
(まさかあたしの使命が、結婚して子作りすることだなんて……。顔も知らないエクリオの王太子とセッ……はぁーー……、無理だよ~~!)
ひとりでもだもだしていると、席に戻ってきたメアリーに、「エフィーリア様」と呼ばれた。
「はい……。なんですか……?」
どんよりした気分で顔を上げると、メアリーが
「……やはり、故国にお戻りになりたいですか?」
「もちろんです」
「ですが、歴代のエフィーリア様が故国に戻った記録はございませんでした」
「……」
美澪は再び机に突っ伏した。
――そう。30年前のエフィーリアを最後に、誰ひとりとして元の世界に戻ったものはいなかったのだ。
そして、先代のエフィーリアは1年前に亡くなっている。よって、美澪の頼みの綱は、ヴァルだけになってしまった。
だがもし、再びヴァルと出会えたとして、ヴァルの言うことを信用できるかといえば答えは否だ。
「……ねぇ、メアリー。どうしても結婚しなくちゃいけませんか?」
突っ伏したまま顔を傾けて問いかける。
メアリーは真剣な表情をうかべ、胸の前で祈るように両手を組んだ。
「はい」
「どうしてですか?」
「……わたくしの話を聞いていただけますか?」
「もちろんです」
美澪が頷くと、メアリーは深呼吸をして、口を開いた。
「――
「それが
美澪の言葉に、メアリーはこくりと頷いた。
「ヴァートゥルナ様は、ゼスフォティーウ神とエクリオをお救いになりました。けれど呪いが解けたわけではなく、
「ヴァートゥルナの浄化の力は受け継がれなかったんですか?」
「いいえ、受け継がれました。……わずかに穢れにくくなった魂として」
美澪は「まさか」と上体を起こし、前のめりになる。
「繰り返しているんですか? 結婚して子どもを産んで……魂から穢れが消えるまで?」
「そのとおりです」
「そ、んなバカな話……! 創世神はなにをしてるんですか! 日本と同じですね! 信じていても神様なにもしてくれない!」
「エフィーリア様……! そのようなことを口にしてはなりません……!」
メアリーにたしなめられ、美澪はぐっと言葉を飲み込んだ。
「……ごめんなさい。熱くなっちゃって。ヒュドゥーテルは神様への信仰心が強い国だって教えてもらったばかりなのに」
だから美澪――ヴァートゥルナの
美澪が椅子に座り直すと、
「わたくしこそ、エフィーリア様に声を荒らげるなど……不敬な行いをいたしました。罰はいかようにも……」
「罰したりしませんから! 頭を上げてくださいっ」
「ご恩情に感謝いたします。……エフィーリア様はお優しいお方ですね」
「いえ、普通ですよ」
「そうでしょうか?」
そう言って、ふふっと笑うメアリーを見て、美澪は冷静さを取り戻した。
「じゃあ、ゼスフォティーウの魂は、いまはエクリオ王太子が継いでいるんですね」
「はい、そうです」
「……わかりました。あたし、エクリオに行きます」
とつぜん前向きになった美澪を見て、メアリーは口に手を当て、目を丸くした。その表情を見て、美澪は照れ笑いを浮かべる。
「前向きに考えようって思ったんです。だからあたしは、自分の意思でエクリオに行きます! それから呪いが解けないか調べてみます」
「エフィーリア様……」
「結局なにもわからなくて、あたしも子どもを産んでお役御免になるかもしれないですけど。エフィーリアだからって結婚させられて、子どもを産めなんて、普通なら戸惑うし嫌だと思うんです。実際、あたしも嫌ですし」
そう言って、ペロッと舌を出して笑う。
「エフィーリア様……」
「だから呪いを解く方法と元の世界に帰る方法を探し続けます。……きっと、お父さんとお母さん。心配してると思うから」
へへっと笑った美澪の目尻から涙がポロリとこぼれ落ちた。
「あれ、変だな……あたし、泣くつもりなんて、」
とめどなく溢れる涙を拭っていると、柔らかな胸の中に抱きしめられた。清潔な石けんの香りと、お日様の匂いに包まれて、美澪は泣きながら笑った。
「メアリーって、やっぱり太陽みたいですね」
そう言って抱き締め返す。
するとメアリーは、美澪の頭をなでながら、「お褒めに預かり光栄です」と礼儀正しく言った。
悲しいのに幸せで、あべこべだなぁと思いながら、束の間の安らぎを得たのだった。