「……実はね、初夜からもう避妊ナシを解禁してるの。早ければ八月か九月くらいに妊娠が分かるかも」
「えっ、それマ!? じゃあ、ハネムーンベイビーってこと?」
「ええっ? スゴ~い!」
里歩は目を丸くし、唯ちゃんも横で同じくらいのビックリまなこで驚いている。
「うん。まぁ、会長っていうのは名誉職だし、妊娠しても仕事に差し支えなければいいかな、って。ただね、早く彼と晩酌したいわたしとしてはちょっと複雑なんだなぁ」
六月の時点で子供ができているとして、出産予定日は来年の四月ごろ。そしてそれはわたしの
「まぁ、それはしょうがないんじゃない? 子供が乳離れするまではガマンするしかないよ。だってだ~~い好きな人の子でしょ?」
「そりゃまぁ、恋愛結婚だからね。妊娠が分かったら貢も喜んでくれると思う」
それも、八歳という年齢差や身分の差を超えた大恋愛の末に結ばれたのだ。わたしは貢のことを心から愛しているし、彼にも愛されている。……ただ、ちょっとエッチなところが玉にキズかな。
「昨夜もね、二回エッチしちゃったもんだからもう、今朝は腰が痛くて」
「二回も? だってアンタ、昨日ハネムーンから帰ってきたばっかりでしょ?」
「うん、そうなんだけど。一回目はバスルームで、二回目はベッドで盛り上がっちゃった」
旅先では毎晩一回ずつしかしてなかったけれど。家に帰ってきたリラックスモードから二回もしちゃったのかな。
どうでもいいけど、食事を楽しみながらのガールズトークにしては話題がすごく下世話な気がするのは気のせい?
「……っていうか、わたしのことよりも二人は彼氏さんとどうなのよ?」
わたしは親友たちに反撃のつもりで水を向ける。
里歩には二歳上の彼氏がいるし――専門学校生だったけどもう卒業したのかな?――、唯ちゃんにも一歳上の大学生の彼氏がいる。二人とも、恋愛に何か進展はあったのかな?
「あたしは……うん、まぁボチボチ。彼が学校
「唯はねー、
唯ちゃんがため息をついた。わたしと里歩がどんどん先に進んでいるので、置いてけぼりを食らったような気持ちなんだろう。
「唯ちゃん、まだお付き合い始めて一年とちょっとでしょ? 焦ることないと思うけどな。わたしの場合はほら、相手が八歳も上だったし。結婚前提だったから」
わたしが貢と付き合い始めた時期と、唯ちゃんが浩介さんと知り合ってお付き合いを始めた時期は二ヶ月くらいしか違わない。でも、ここまで差がついてしまったのは彼が知り合った頃すでに大人で、自然と彼を結婚の対象として意識していたからだ。
「そうそう。唯ちゃん、落ち込まないの! 唯ちゃんは唯ちゃんのペースで恋愛を楽しめばいいんだよ。とにかく、今日はせっかくの女子会なんだからう~んと楽しもう! ねっ?」
「そうだよ、唯ちゃん。わたしたちはこれから先もずーーっと親友だから。これからもこうやって、時々は一緒にゴハン食べたり遊んだりしていこうね」
「うんっ! ありがと、絢乃タン、里歩タン!」
唯ちゃんが元気を取り戻したところで、わたしたちはデザートに手をつけた。今日はちょっと暑いので、サッパリしたレモンシャーベットが美味しい。
「――ところで、この後どうする? カラオケでも行っちゃう?」
里歩がランチの後の予定について提案してきた。でも、彼女は肝心なことを忘れているような……。
「里歩……、あんたこの後バイトでしょ? ガラガラ声で接客するつもり?」
「あぁー……、そうだった。じゃあ、他にどこ行く?」
わたしと唯ちゃんは悩む。ボウリングは却下だ。運動神経バツグンの里歩と、推しアニメの聖地巡礼などをしていてフットワークの軽い唯ちゃんはともかく、わたしは運動オンチなのだ。
映画も多分、好みがバラけてしまうからムリだろう。もめている間に里歩がタイムアップになってしまう。
「じゃあ……、無難にショッピングでもする? 夏物のお洋服見たいし、貢にお土産も買って帰ってあげたいし」
「うん、いいね。じゃあショッピングにけって~い!」
「「イェ~~イ!!」」
というわけで、この後の予定はショッピングに決定。女子ってやっぱりお買い物が好きなんだよね……。
* * * *
ランチ代は三人で割り勘にして――一人二千五百円だった――、わたしたち三人は夏物の服を見たり、美味しいスイーツを食べたりしながら楽しい時間を過ごした。もちろん、貢へのお土産にバウムクーヘンも調達した。
そして三時半ごろ、JR山手線の恵比寿駅前で解散となった。
「じゃあ二人とも、あたし、そろそろ行かないと! また連絡してね」
「うん、行ってらっしゃい。今日は楽しかったよ。バイト、頑張って!」
「里歩タン、バイト行ってらっしゃ~い! 頑張ってね~~」
これから電車で五反田へ向かう里歩を見送り、唯ちゃんはお家へ、わたしはとりあえず新宿へ向かう。デパートの世界スイーツフェアに出店している有名パティスリーでマカロンの詰め合わせも購入して、電車とタクシーで自由が丘の家へ帰った。
「――ただいま!」
広い玄関ホールには貢と母の靴の他に、初めて見る男性もののレザースニーカーが一足置かれている。
「おかえりなさい、絢乃。杉本さんっていう貢くんのお友だち、リビングにまだいらっしゃるわよ」
出迎えに来てくれた母が、靴の持ち主についても教えてくれた。貢と同じ二十七歳の男性なら、こういう靴の趣味もまぁ納得できる。
「ありがとう、ママ。引き留めておいてくれたんだね」
「ええ。あなたも会いたがってたでしょう?」
「うん。じゃあ挨拶しなきゃね」
母と一緒にリビングへ入っていくと、スッキリとした黒い短髪の、がっしりとした体格の男性がソファーで貢と楽しそうに話している。座高からして、百七十八センチの貢より身長は低いんじゃないかな。でも、どんなお仕事をされているんだろう?
「――あ、絢乃さん。おかえりなさい」
「うん、ただいま。――杉本さんですよね? 初めまして。わたしが貢の妻で、篠沢グループ会長の篠沢絢乃です。高校時代、彼と親しくして頂いていたそうで」
わたしは貢の妻として、そして大企業のCEOとして彼に折り目正しい挨拶をした。杉本さんは貢から、わたしの職業というか肩書きについても聞いているのかしら?
「ええ、まぁ。初めまして。杉本
「スギ! お前は余計なことを……」
「〝キリ〟?」
彼は杉本さんに抗議しようとしていたけれど、ちらっと貢の昔のニックネームのようなものが聞こえたので、わたしは首を傾げる。そういえば、彼がどんなふうに呼ばれていたのかもわたしは今まで知らなかったかもしれない。
「ええ、高校時代にそう呼ばれてたんです。桐島だから〝キリ〟って。めちゃめちゃ安直でしょ?」
「〝スギ〟も十分安直な気がするなぁ」
わたしはそう返した。どちらも名字の頭二文字なのでいい勝負だと思う。