この二人とは、実に八ヶ月ぶりの再会になる。でも、どうしてタイミングよくこの近くにいたんだろう?
「……あの、お二人は今日、どうして
「絢乃さん、よくぞ訊いてくれました♪」
「真弥……、もったいぶってねえでさっさと答えてやれよ」
呆れたような内田さんからのツッコミを受け、真弥さんは肩をすくめた後に答えてくれた。
「ハイハイ、うるさいなー。あたしたちが今日品川に来てたのは、実は仕事でたまたまなんです」
「お仕事で?」
「ああ、この近くに住んでる依頼人に調査報告書を届けに」
「でも、その報告書作ったのあたしなんで。この人に説明任せるの心配だったんで、ついてきたの」
「心配って……、何の心配だよ」
「……はぁ、なるほど」
とりあえず、お二人が本当にたまたまここにいた事情は分かった。でも、どうして狙われていたのがわたしだって分かったんだろう?
「さっき『絢乃さん、危ない!』って叫ばれたの、真弥さんですよね。どうして絢乃さんが狙われてると分かったんですか?」
どうやら貢も同じ疑問を抱いているらしく、わたしに代わって真弥さんに訊ねた。
「それは、あの男がこんな蒸し暑い日にブルゾンを着てて、ポケットに手を突っ込んだまま絢乃さんに向かって行ってたからです。その様子が明らかに挙動不審で、ウッチーも怪しく思ったみたい」
「うん。『あの男ヤバくない?』って真弥に言われて、そういやコイツ、あの小坂リョウジじゃねえかって気がついたんだ」
内田さんはそこまで言ってから、小坂さんを拘束したままだったことに気がついたらしい。
「とりあえず、コイツを何とかしねえとな。真弥、結束バンド持ってるか?」
「ほいきた」
真弥さんはウェストポーチから、なぜか持ち歩いている黒いプラスチック製の結束バンドを一本内田さんに手渡した。
それを受け取った内田さんは、小坂さんの両手首をそれで縛り上げた。どうやら手錠代わりということみたいだ。そして、スマホで誰かに電話をかける。
「――あ、
「……真弥さん、杉原さんって?」
初めて耳にする名前が出てきたので、真弥さんなら知っているかと思って訊ねてみる。内田さんの話し方からして、警察関係者だとは分かったけれど。
「ああ、ウッチーの元同僚で後輩です。警視庁捜査一課の刑事さん」
「やっぱり」
わたしは頷いたけれど、彼女の素っ気ない答え方から、その杉原という刑事さんとは反りが合わないのかなと察した。
「――篠沢さん。もうすぐオレの後輩だった刑事がこの男を引き取りにこっちに来るんだけど、その時にあんたに事情を聞きたいって。すぐ済むらしいから聴取に応じてもらっていいかな?」
「はい、大丈夫です。わたしたちも、あとは家に帰るだけなので」
電話を終えた後、内田さんから元刑事さんの顔になって言われた。もちろんわたしは被害者なので、警察の人に事情を話さないわけにはいかないだろう。小坂さんとの因縁も含めて。
「――ところで、お二人は旅行の帰りか何かですか? スーツケースなんか引っ張って」
「ええ、ハネムーンの帰りなの。四日前に式を挙げて、その足で神戸と淡路島にそれぞれ二泊して、たった今帰ってきたところ」
興味津々で訊ねた真弥さんに、わたしはそう答えてから左手の指輪をかざして見せた。
「そうだったんだ……。ご結婚おめでとうございます!」
「どうも……」
貢が照れながら頭をポリポリ掻く。いやいや、貢。そこは胸を張っていいところだと思うよ。
「でもハネムーン、海外じゃなかったんですね。絢乃さんなら絶対らヨーロッパの方とかに行くと思ってました」
「実はわたしも、最初はスペインとか考えてたんだけど。
「語学はともかく、さっきはご主人、絢乃さんにカッコいいところ見せられたじゃないですか。ローキックが見事にヒットして。キックボクシング習ってたのが役に立ちましたね」
「いえいえ! あれはたまたまですよ! 絢乃さんを守らないとって思ったらもう必死で」
彼は必死に謙遜しているけれど、わたしが助かったのは真弥さんたちのおかげだけじゃない。彼のローキックがなければ、真弥さんが駆けつけるのだって間に合っていたかどうか。
「真弥さん、カッコよかった! 内田さんも、さすがは元刑事さんって感じでした」
「ありがとうございます~♡ でも災難でしたねー、絢乃さん。楽しい新婚旅行から帰ってきた途端にこんな目に遭うなんて」
「うん、ホントに……」
あの件が片付いてから八ヶ月は経っている。裁判も結審してそろそろ一ヶ月。今頃になって、あの人に再会するなんて……。しかも、幸せいっぱいのこのタイミングで。
「あの人にはもう二度と会うこともないと思ってたのにな……」
「まぁでも、こうして警察に引き渡すことになったわけですし。こんなことでもなきゃ、あたしたちも絢乃さんたちに再会できなかったと思うんで。不謹慎かもですけど嬉しかったですよ」
「そうかもね。わたしもお二人にまた会えて嬉しかったです」
「ええ。絢乃さんを助けて頂いて、僕からもお礼を言います。お二人が来て下さらなかったら、僕一人ではどうなっていたかと思うと……」
「ううん、貢も十分頼もしかったしカッコよかったよ。わたし、貴方に惚れ直した♡」
わたしは貢をベタ褒めしたけれど、これって真弥さんたちにはノロケを聞かされているようにしか思えないかも。
――と、そこへパトカーのサイレンの音が近づいてきて、目の前に止まった。刑事さんが三人降りてきて、そのうち二人が小坂さんをパトカーの後部座席に乗せる。
そして、残った一人――内田さんより少し背が低く、年齢は貢と同じくらいの男性がわたしたちの方へ歩いてきて頭を下げた。胸ポケットから出した警察手帳を広げてわたしたちに見せる。……わぁ、本物の警察手帳、初めて見た。
「どうも、警視庁捜査一課の杉原です。襲われたというのはあなたですか?」
「はい。篠沢絢乃と申します。この人は夫の貢です」
「篠沢貢です」
彼は一応有名人であるわたしにも、ごく普通に接して下さった。有名人として特別扱いされるのは今でもあまり好きじゃないので、わたしはむしろその方が助かる。
自己紹介がひととおり終わったところで、杉原さんは今度は内田さんに頭を下げる。
「内田先輩、どうも。通報と
「いや。ご苦労さん。――あの男、元俳優なんだとさ。落ちぶれたもんだよな」
元コンビだというお二人の会話を聞きながら、わたしたちのお腹がグゥ~……と小さく鳴った。
「お腹すいたねー。お昼ゴハン、早かったから」
「はい……。事情聴取、ホントに早く終わるんですかね」
「もし長引きそうだったら、あたしがデリバリー頼みますから。もちろん支払いもあたし持ちで」
空腹で事情聴取を受けることになり、ゾンビ化しそうなわたしたちに、真弥さんが小声でそっとそんなことを言ってくれた。
「真弥さん、いいの? ありがとう! なんか気を遣わせちゃったみたいで悪いね」
「いえいえ。あ、ウッチーたちには内緒で。特にあの杉原にはね。アイツ、口うるさいんだもん」
彼女の最後のセリフに、わたしは思わず吹き出した。やっぱり真弥さん、あの杉原さんっていう刑事さんと仲悪いんだ……。