「――お土産、また増えちゃったね」
クルマに乗り込み、〈淡路ハイウェイオアシス〉を出発したところで、わたしは助手席から後部座席を振り返った。そこには神戸の水族館で購入した分も合わせてお土産の紙袋が四つ。
「調子に乗ってあれもこれもって買い込むからですよ。家に帰ったら仕分けが大変そうだな、こりゃ」
運転席の貢がやれやれと肩をすくめる。もちろんわたしが買った分だけでなく、彼が買った分もあるので、彼も呆れてばかりもいられないということだろう。
「仕分けは二人で協力してやろう。貴方一人にやらせるわけないじゃない。わたし、そんなに鬼嫁じゃないもん」
彼を慰めるようにそう言ったけれど、〝嫁〟っていう言い方はちょっと違うかも。
「でも、今回は時間なくて〈ニジゲンノモリ〉に行けなかったのが残念だなぁ。次、淡路島に来たときは絶対に行こうね」
ここで名前が出てきた〈ニジゲンノモリ〉というのはアニメやTVゲーム、特撮映画などの世界観を三次元で表したテーマパークで、実は〈淡路ハイウェイオアシス〉のすぐ近くにある。でも、今回はもう東京へ帰るところなので泣く泣く諦めたのだ。
「あそこは絢乃さんや僕よりも、唯さんが喜びそうな場所ですよね」
「うん、確かに。唯ちゃんはオタク女子だからね」
彼女はアニメ好きが高じて、高校卒業後の進路までアニメーター育成のための専門学校を選んだくらいだ。あのテーマパークへ行くのは、彼女の将来のためにきっと役立つと思う。
――そうこうしているうちに、クルマは明石海峡大橋に差し掛かろうとしていた。
一昨日初めてこの橋を渡り、明石海峡を越えて淡路島に初上陸したばかりというのに。島で過ごした二日間は短いようで長かったように感じる。
「……もうすぐ神戸か。このクルマともお別れだね」
「そうですね。この三日間の相棒でしたから、ちょっと名残惜しいです」
彼が少し淋しそうに頷く。
クルマ好きの人って、たった三日間借りていただけのレンタカーにも愛着が湧くのだろうか。だとしたら、自分の愛車にはもっと深い愛着があるんだろうな……。たけど、それはわたしも同じ。あのシルバーのセダンには、わたしももう一年半もお世話になっているのだ。
* * * *
「――篠沢様。このたびはご利用ありがとうございました」
JR新神戸駅前でレンタカーのキーを返却する時も、貢は名残惜しそうだった。それでもちゃんと自分で料金を支払って気持ちを切り替えたのか、最後はスッキリした顔をしていた。
「――さあ、東京に帰りましょう」
「うん」
ここから新幹線に乗ったら、本当にこの新婚旅行は終わる。帰りは東京まで〈のぞみ〉一本だ。
予約しておいたチケットで改札を抜け、グリーン車の指定席に座る。幸い、スーツケースも二つまでなら持ち込めた。
「――ふわぁ~~あ……」
座席に落ち着いた途端、向いの席の貢が大きな欠伸をした。運転疲れと、多分二日酔いも引きずっているのかもしれない。わたしが飲ませた頭痛薬には、眠くなる成分は含まれていなかったはずだし。
「貢、眠いなら品川に着くまで寝ててもいいよ。この新幹線、直通だから」
「……そうでふか? じゃあ、お言葉にあまえて……」
欠伸をかみ殺したような声でそう言うと、彼は三秒後には夢の中へいざなわれていった。それにしても、何て幸せそうな寝顔……。一緒に暮らし始めてから、この寝顔を目にするたびにそう思う。
「…………さよなら、神戸。ありがとう、淡路島。この四日間、ホントに楽しかったな」
わたしは駅ナカで買っていたペットボトルのカフェラテを飲みながら、兵庫に来てからのいろいろなことを思い出しつつ、車窓の外を流れる風景にそっと別れを告げた。
* * * *
あの後、品川駅に着く少し前まで貢は爆睡していた。わたしも
「貢、次品川だよー。もう降りるから起きてー」
「…………んー? ああ、ハイ。すみません、だいぶ寝てましたね」
目覚めて開口一番、わたしに謝った彼に、わたしは笑いながら答える。
「ううん、別にいいよ。おかげで貴方の幸せそうな寝顔、ずっと眺めていられたしね。実はわたしもあの後寝ちゃってたから」
わたしも今朝早くに目を覚ましていたので、襲ってくる睡魔には勝てなかったのだ。というか、やっぱり旅行というのは終わりの方にどっと疲れがくるものなのかもしれない。
「そうなんですね、よかった。僕一人だけ、絢乃さんを放ったらかして爆睡してたら何だか申し訳なくて。せっかくの新婚旅行だったのに」
「それはいいの。さ、降りる用意しないと!」
わたしたち二人は順番にお手洗いを済ませ、いつ駅に到着しても大丈夫なようにしておく。今日は平日だったせいもあるのか、お手洗いはわりと空いていた。
車両に乗り込んでからは荷物にまったく手をつけていなかったので、すぐにでも降りられる。やることといったら、わたしが飲んでいたカフェラテのボトルを手荷物のバッグへ放り込むくらい。
数分後、わたしたちが乗った〈のぞみ〉は品川駅に到着。荷物を抱えてホームに降り立ったわたしたちは、大きく伸びをした。
「――はぁー……、やぁっと帰ってきたって感じ」
「ホントですねぇ」
東京に帰ってきた。四日ぶりに。たったの四日間離れていただけだったけれど、戻ってくるとやっぱりここが自分のホームグラウンドなんだという何ともいえない安心感がある。
改札を抜けると、時刻は夕方の五時過ぎ。まだ日は落ちていないけれど、少しだけ夕焼けが見え始めている。
「――タクシー乗り場、混んでるね。まだ時間かかりそう」
「ええ、そうですね。お義母さまに連絡しておいた方がいいんじゃないですか?」
「そうだね……」
というわけで、「少し帰りが遅くなる」と母にメッセージを送信することにしたのだけれど。わたしはその場に立ったままスマホを操作し始めたので、迫りくる危険を察知できなかった。
「――絢乃さん、危ないっ!」
女性の声でそう聞こえ、後ろを振り向くと銀色に光る何かが間近に迫っていた。その次の瞬間、貢が振り上げた右足が男の背中にヒットし、つんのめった拍子に彼の構えていたナイフが転げ落ちた。――どうやら、貢のローキックが見事に決まったらしい。
「……っ! チクショー!!」
「貴方は……」
その男にわたしは見覚えがあった、というかありすぎた。去年の秋、貢を誹謗中傷してさんざん傷付けた、元俳優の小坂リョウジさんだ。あの後仕事も財産もすべてを失った彼は、わたしを恨んでいたらしい。
……って、冷静に分析している場合じゃなかった! 彼は落ちたナイフをまた拾い上げ、構え直していたのだ。
――と、わたしと小坂さんとの間に一人の若い女性が立ちはだかる。明るい茶色のポニーテールに、有段者と思しき空手の構え。もしかして彼女は……。
「あたしが相手になってあげる。言っとくけど、この人を傷付けたらあたしが許さないから」
彼女は小坂さんが振り上げたナイフを裏拳で弾き飛ばし、顔面に後ろ回し蹴りをお見舞いした。
「ウッチー、確保!」
彼女に呼ばれた大柄な男性が、小坂さんのお腹を一発殴って沈めた後、彼の両腕を後ろで締め上げた。
「小坂リョウジ、殺人未遂で
貢と二人で見事な連係プレーに拍手を送った後、わたしはこのお二人に頭を下げた。
「
「間に合ってよかった。お久しぶりです、絢乃さん、桐島さん」
そう言って微笑んでくれたのは、小坂さんの件でお世話になった調査事務所〈U&Hリサーチ〉の