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淡路島、最後の夜 ①

 ――ホテルに帰ってきたのは夕方五時少し前。まだ夕食まで時間もあるし、二人とも小腹も空いていたので、昨夜は行けなかったティーラウンジを利用することにした。


「あ~~、生き返る~~♡ やっぱり甘いものっていいよね~♪」


 美味しいケーキを味わい、温かいミルクティーを飲んでいると(実はわたし、コーヒーほどではないけど紅茶も好きなのだ)、一日の疲れが取れた。


「ええ、ホントに。特に僕は今日、ほぼ一日運転してましたから。沼島での山登りも正直キツかったです」


「そうだよね。貢、今日一日お疲れさまでした」


 微糖好きなのに珍しく甘めのカフェオレを飲んでいた彼を、わたしは頭を下げてねぎらった。


「いえいえ。さすがにこれだけの長時間ドライブは疲れましたけど、楽しかったですよ。やっぱり僕は運転が好きなんだなぁって思いました」


「そっか。それならいいんだけど……」


 でもやっぱり、彼一人に運転させるのは酷だ。特に、今日みたいな長時間・長距離の運転となると、交代要員がいた方が絶対いいと思う。


「貢、わたしやっぱり免許取るよ。貴方一人に運転を任せるのはよくないから。あと、わたし用にクルマも一台買う」


「……絢乃さん、それは昨日」


「貢が反対っていうのは聞いた。けど、結局うやむやになってるよね。だったら、わたしもここは折れたくないな。何より、貴方のためだから」


「…………分かりました。そういうことなら、あなたの思うようにして下さい」


「えっ、いいの!?」


 意外にもOKが出たようで、わたしは聞き間違いかと思った。


「いいも何も、あなたは譲らないでしょう? だったらこれ以上反対しても仕方ないじゃないですか。……でも、なんか絢乃さんらしいなって思って」


「……ん?」


「免許を取りたい理由、僕のためなんですよね。あなたはこれまでもずっとそうでしたから。ご自身のことは二の次で、いつも僕やお義母さま、グループや社員のために考えて行動してこられた。あなたのそういうところに僕は惚れたんですよ」


「貢……」


 彼はわたしのことをそんなふうに見てくれているんだ……。そう思うと何だか感動した。


「うん! じゃあ、頑張って勉強して、なる早で運転免許取るから」


 こうして、わたしの中にまた新たな決意が生まれた。


「……そういえば、〝天使の梯子〟の写真、撮りましたっけ?」


「あぁっ! 忘れてた……」


 あんなにレアな光景、東京ではめったに見られないのに、わたしとしたことが。自分のうっかり加減に落ち込む。


「あれ、里歩たちに送ってあげたら喜んでくれたよね。もったいないことしたなぁ……」


「まあまあ、そんなに落ち込むことないじゃないですか。写真はともかく、こんな光景が見られたんだってお話しするだけでも、里歩さんたちなら喜んで下さいますよ」


「そっか、そうだよね」


 大好きな彼に優しく慰められ、わたしは元気を取り戻した。


「でも、いいなあ。高校を卒業してからも続いていく友情って。絢乃さんはいいお友だちに恵まれましたよね」


「えっ、そうかな? 貢にはいないの? 高校を出てからも連絡を取り合ってるようなお友だちって」


 わたしの知る限りでは、彼のもっとも古い交友関係は大学時代の二年先輩だったという小川さんだけだ。でも、それ以前の彼の交友関係をわたしはまだ知らない。


「そういえば……、いないな。大学時代からの友人は何人かいるんですけど、高校時代の友達とは疎遠になってますね。卒業後の進路もバラバラですし、社会に出たらみんな何かと大変で」


 少し考えながら、彼は答えてくれた。

 中には高校を出てからすぐ働き始めた人もいるだろうし、社会に出れば仕事上の付き合いも増えるだろう。大学で新しく交友関係を広げた人もいるだろうし、大人には大人の、わたしがまだ知らない事情が色々あるのかもしれない。


「でも、連絡先は知ってるんでしょ? だったらさ、いい機会なんだし連絡取ってみたら? 『結婚した』って報告も兼ねて」


 相手だって、貢からの連絡をずっと待っていたかもしれないのだ。結婚の報告は、友人関係を再開するちょうどいいキッカケになると思う。


「そう……ですね。東京に帰ったら、一度連絡してみます。でも、久しぶりの連絡が結婚の報告って、絶対に冷やかされるだろうな」 


 そう言いながらも、彼は嬉しそうだ。わたしと里歩、唯ちゃんとの関係が、彼にいい影響を与えられたのかもしれない。


「――絢乃さん。ケーキ、もう一つ注文しますか?」


 お喋りを楽しみつつ、もうちょっとでケーキを食べ終える頃になって、貢がそう訊ねてきた。


「ううん、これでもうやめとく。これ以上食べたら、夕飯が入らなくなっちゃいそうだから。貢、足りなかったらもう一つ食べなよ」


「いえ、僕もこれでやめときます。その代わり、今日の夕食では久々にビールでも飲もうかな……なんて」


「あ、そういえば貢、ちょっとは飲めるんだっけ」


 初めて出会った日、彼がそんなことをチラッと言っていたなと思い出した。もう一年半以上も前のことなのに、彼の一挙手一投足をわたしはちゃんと憶えている。……中には記憶がごちゃ混ぜになってしまっていて、わたしは憶えていなくても貢の方が憶えていることもあったりするけれど。


「じゃあわたし、お酌してあげるよ」 


「いいんですか? ありがとうございます。絢乃さんのお酌で飲めるなんて恐縮です」


「そういうの、もういいから」


 彼が冗談で言っているのが分かるから、わたしも冗談で返した。


「そろそろお部屋に戻ろっか。夕食前に軽く入浴済ませて荷物もまとめとかないと」


「そうですね」


 というわけで、わたしたちはお会計を済ませ(珍しく割り勘だった)、部屋に戻ることにした。


「…………あ、電話だ。ママから」


 スマホの着信に気づいて途中で立ち止まる。そうか、もう会社は終わってる時間なんだ。


「もしもし、ママ?」


『絢乃、今大丈夫? っていっても大した用件じゃないんだけど。――お土産ありがとね。今日届いてたわ』


「えっ、もう届いてたの? 昨日発送したばっかりなのに」


 まさか配送を頼んだ翌日に届いているなんて、ちょっとビックリだ。


「お酒のアテみたいなのがいいって言ってたらしいから、二人で選んだんだけど。あんなものでよかった?」


『ええ、上出来よ。何より、あなたが貢くんと二人で一生懸命考えて選んでくれたことがママは嬉しいわ』


「そっか、よかった」


 わたしは元々、誰かのために贈り物やお土産を選ぶのが大好きなので、こうして喜んでもらえると「選んでよかったな」と手応えのようなものを感じられてわたしの方も嬉しくなる。


『旅行はどう? 楽しんでる?』


「うん、楽しい。神戸も淡路島もすごくいいところだよ。美味しいものもいっぱい食べたし、ステキな景色もいっぱい見られたし。今日はね、二人で淡路島のパワースポット巡りをしてきたの。なんかそれで、夫婦の絆がより深まった気がする」


『そう、よかったわね。仕事の方は心配しなくて大丈夫よ。今の時期は、どうしてもあなたの決裁が必要なことも特にないし。何の問題も起きてないから』


「そっか。安心した。でも、余計に早く東京そっちに帰りたくなったな」


『えっ、どうして?』


 なぜだか自然とそんな言葉が出てきて、電話の向こうにいる母だけではなく貢までもが「えっ?」と驚きの声を上げている。

 どうしてだろう? わたし自身も首を傾げたけれど、その答えはすぐに出た。

 東京こそが、わたしが見つけたいと思っていた〝ふるさと〟なんだということに気づいたのだ。

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