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国生み伝説と夫婦の絆 ②

 二人は社務所で絵馬をもらい、願いごとを書くことにした。この神社の絵馬はよくある五角形だけでなく、可愛いハート形もある。さすがは縁結びのご利益を授かれる神社だ。


『わたしたち夫婦の絆が、永遠に続きますように。 絢乃』


『永遠のおしどり夫婦でいられますように。 貢』


 婚姻届を記入した時に初めて気づいたのだけれど、貢はなかなかの達筆なのだ。奉納した絵馬にも、読みやすく丁寧な文字で願いごとがしたためられていた。


「――ねえねえ貢、〝夫婦守り〟っていうのがあるよ! 買っていこ♪」


 授与所でお守りを眺めていたわたしは珍しいものを見つけ、貢のパーカーの袖を引っぱった。

 そのお守りは「夫」と刺繍されている青いお守りと「婦」と刺繍されている赤いお守りが二つセットで真っ白な箱に収められた状態で売られている。一つずつお揃いで持っているというのが正しい持ち方なのだろうか。 


「いいですねぇ、買いましょう。あと、子宝祈願のお守りも頂いておきます?」


「あー…………、うん。そうしようかな」


 わたしは「子宝」という単語に思わず赤面してしまった。こういうところ、わたしはまだまだ子供だなぁと思う。

 そりゃまあ、わたし自身も子供はほしいけど。貢が望むなら、一人といわず二人でも三人でも産みましょうっていう気持ちではいるけど。


 ……というわけで、夫婦守りと子宝祈願のお守りも授与してもらい、わたしたちは順路をさらに進んでいった。


 周囲にあるパワースポットも制覇し、船で南あわじ市の東の沖に浮かぶ沼島ぬましまに渡ると、ここにも「自凝おのごろ神社」があった。


「――ねえ貢。古い文献によると、国生み伝説の舞台になった〝おのころ島〟っていうのはこの沼島のことみたいだよ」


 わたしは神社へ向かう道すがら、スマホの画面を見ながら貢に説明した。ここからは山道が続く。わたしよりは体力のある貢はともかく、運動オンチなわたしには、この山道はかなりこたえる。

 それにしても、ネットの情報って侮れない。自分が今まで知らなかったことも簡単に拾えてしまうんだもの。


「へえ、そうなんですか。淡路島のことじゃなかったんですね」


「うん。まぁ、諸説あるみたいだけどね」


 〝おのころ島〟に関する伝承は、淡路島沖に浮かぶ別の島や、山陰地方にもあるらしい。さすがはこの「日本」という国を作った神様たち、そんなあちこちに伝説が残されているなんて。


 わたしたちはこの神社にも参拝していくことにした。ご利益はやっぱり「縁結び、恋愛成就」らしい。もしかしたら「夫婦円満」のご利益もあるかもしれない。

 境内にはイザナギ・イザナミの二神をかたどった石像も建てられている。この二神像にも手を合わせてから、わたしたちはさらに山道を進み、上立神岩かみたてがみいわを目指した。


 目的地へ着いた頃にはもう、お昼近くになっていた。貢は去年の夏ごろから鍛えているらしいからまだ体力は残っているみたいだけれど、元々運動オンチだったわたしはもうクタクタだ。空腹も相まって、疲れがピークに達する手前である。

 でも、その時不思議な光景が目の前に広がった。


「――わぁー……、天使の梯子はしごだ! 見て見て、貢!」


 雨はもうすでに止んでいて、雲の隙間から日の光が差し込んでいる。その神秘的な光景は吉兆の表れだという説があるのだ。


「ええ、すごくキレイですね。雨も止みましたし、こんなに神秘的な光景が見られるなんて……」


「いい旅行になったね、貢」


 淡路島に来て二日目で、お天気にはあまり恵まれなかったけれど(まぁ、梅雨時だから仕方ないかもしれないけど)。東京にいたらめったに見られないこんな神秘的な光景が見られるなんて、国生みの神さまたちが歓迎してくれているということだ。そして、わたしたちの結婚を祝福してくれているのだと思う。


「こうやって神さまたちが祝福してくれてるんだもん。わたしたち、絶対幸せになれるよ」


「そうですよね。絶対、幸せになりましょう」


 改めて夫婦の絆を確かめ合ったところで、わたしたちは山を下りることにした。



   * * * *



 ――昼食はわたしと貢の食べたいものの希望が一致して、淡路島バーガーに決まった。

 沼島から淡路島本土に戻り、いちばん近いところで、福良港の近くに位置する〈道の駅うずしお〉のテラスにあるお店で頂くことにした。雨上がりのテラスで頂くのはちょっと難しそうなので、店内で食べようと思う。


 淡路島バーガーというのは、淡路島の名産である玉ねぎと淡路牛を使用したボリューム満点のハンバーガーのこと。某有名バーガーチェーンのものよりもかなり大きいので、食べ応えはかなりありそうだ。その分、お値段も二倍くらいするけれど。


 二人仲良く「あわじ島オニオンビーフバーガー」とポテト、飲み物に貢はアイスコーヒー、わたしはアイスカフェラテをオーダー。ソフトクリームも何種類かあったけれど、多分バーガーとポテトだけでお腹いっぱいになるので今回は諦めた。


「……ん~、美味しい♡ お肉がジューシーだね♪」


「うん、美味い! 玉ねぎが甘いんですね。それにしてもスゴいボリュームだ」


 テーブルに向かい合って座り、大きな口を開けてバーガーにかぶりつく。あまり上品ではないけれど、こうして二人でハンバーガーを食べるというシチュエーション自体は付き合っていた頃から何度かあったのでもう慣れっこだ。そもそも、お腹ペコペコの時にムードもヘッタクレもあったもんじゃない。


「――あの、絢乃さん」


「……ん?」


 ポテトをつまんでいたわたしに、アイスコーヒーで喉を湿らせた貢が真剣な顔でこんなことを訊いてきた。


「専務就任の件なんですけど……、ホントに断ってもいいんですね?」


「うん。貴方がどうしても荷が重いって思うなら、全然断ってくれてもいい。わたしもママも無理強いする気はないし、大事なのは貴方がどうしたいか、だから。貴方を困らせるようなことはしたくないの」


「そう……ですか」


 わたしはカフェラテをストローですすってから、「でもね」と続ける。


「貴方は迷ってるようにわたしには見える。本当にやる気がないなら、貴方の性格上迷わずに断ってるでしょ? だったら、貴方にはやりたいって気持ちがあるんだと思うな」


「あ……、それもそうですね。あの、返事ってこの休暇が終わるまでで間に合うんですよね?」 


「そうだよ。休暇が終わってしばらくしたら、今月の末に株主総会があるから。その時に発表するつもり」


「じゃあ、もう少し考えてみます。いいですよね」


「分かった。よーーく考えて、貴方が後悔しない選択をしてほしい。それでも断られたら、その時はこっちで考えるから」


「はい。――で、この後はどこに行きます?」


 彼が納得して、次の目的地について訊ねた後、またバーガーにかぶりついた。


「んーとね、ここからまた北上して岩戸神社に行って、最後は伊弉諾いざなぎ神宮で終わろうか」


 わたしはスマホの地図アプリを開き、残った時間で回れそうなパワースポットを挙げていった。


「また長距離の運転になるけどゴメンね? 大丈夫?」


「大丈夫ですよ。任せて下さい♪」


 彼はそう言ってくれたけれど、やっぱり彼ひとりに運転を任せるのは心苦しい。わたしも絶対に免許を取って、運転を交代してあげられるようになろう。

 今すぐにはムリだと思うけど、いつかは……。

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