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うず潮とパンケーキと。 ②

 でも、貢が食べているチョコソースとバナナのパンケーキも美味しそうだな……。


「……ね、そっちのもちょっとだけもらっていい? ひと口だけ」


「そう言うと思ってました。だから別のにしたんですよ」


 わたしがもの欲し気な目でお願いすると、貢は「参りました」というようにお皿を差し出してきた。


「わぁい、ありがとー☆」


 わたしは本当にひと口だけ、フォークで切り分けて口に入れた。


「……うん、こっちも美味しい! ビターなチョコソースがいいアクセントになってるね」


「絢乃さん、口。チョコついてますよ」 


「ん?」


 キョトンとしたわたしの口元を、貢が自分の指先……はちょっと衛生上よろしくないので紙ナプキンで拭ってくれた。


「ハイ、取れました」 


「ありがと。フフッ、貴方ってパパかお兄ちゃんみたい」


 わたしが吹き出すと、彼はバツが悪そうに「そんなことないですよ」と言う。


「絢乃さんが手がかかるってだけでしょ。……まあ、そこがまた可愛いんですけど」


 わざとらしく、憎まれ口をたたく貢。でも、わたしはそれが照れの裏返しだとちゃんと知っている。

 こうして大好きな人と一緒に、のんびりと美味しいものを食べている時間ほど、最高のごちそうはないなとわたしは思った。


「はー、幸せだねぇ……。まさに『幸せのパンケーキ』って感じ」


「ええ。――あ、そういえばこのお店の周辺って、〝えスポット〟がたくさんあるんでしたよね?」


「うん、そうらしいけど……。貴方も〝映え〟って気にするんだ? なんか意外」


 わたしはここへきて、また一つ今まで知らなかった〝桐島貢像〟(……あ、もう姓が変わってるから〝篠沢貢像〟か)を発見した。

 スイーツ男子だということは知っていたけれど、まさか彼って……!?


「貴方ってもしかして、〝オトメ系男子〟!?」


「そんなんじゃないですよ。ただのスイーツ好きなだけです。フォトジェニックを気にするのは、何も女子だけじゃないでしょう? それ、偏見ですよ」


「う~……、ゴメン」


 確かにそうだ。写真映えを気にするのは女子だけだと、わたしは勝手に思い込んでいたのかもしれない。ちょっと反省……。


「だいいち、僕料理はそんなに得意じゃないですし、家事やらせたらめちゃくちゃ段取り悪いですし。女子的な要素、他にどこかあります?」


「…………そういえば、ないような」


 わたしも眉をひそめて必死に思い出そうとしたけど、もはやフォローのしようがなかった。

 ……っていうか貢、そこまで自分を卑下しなくてもよくない?


「実は僕、〝趣味〟の域までは行ってないですけど、写真撮るのも好きなんです。……いけませんか?」


「……いや、いけなくはない……かな」


 今日のわたしは、なぜか貢に対してタジタジだ。っていうか、最後に付け足された「いけませんか?」が「何か文句ありますか?」に聞こえてちょっとコワい……。


「――で、どこで写真撮りたいの? お天気も怪しくなってきたし、撮るなら早くしないと」


 それに、洲本温泉のホテルのチェックイン時間も迫ってきているので、そうのんびりもしていられない。


「一応、候補は二つに絞ってあるんですけど……。『幸せのリング』っていうところと、『幸せのかね』っていうところ。どちらもカップルに人気みたいなんで」


 彼がガイドブックを開き、二ヶ所のスポットの写真を指差しながらわたしに説明した。

 そこに載っている写真はどちらも映えていて、ロマンチック。今日は曇っているから、ここまでキレイに撮れないだろうけど。本当なら晴れている日に、夕日をバックにして撮るのがオススメなのだそう。


「んー……、結婚前のカップルなら『幸せのリング』を選ぶだろうけど、鐘の方が新婚旅行らしくていいかな」


「そうですね。じゃあ、鐘の方で撮りますか」


 わたしと貢の意見が一致し、お会計を済ませたわたしたちは『幸せの鐘』へ向かう。

 ちなみに、ここでの飲食代はわたし持ちだった。サービスエリアで自分が「観覧車に乗りたい」とワガママを言ったせいで予定が狂いかけてしまったので、その罪滅ぼしというか、お詫びにご馳走するつもりだったから。


 ――『幸せの鐘』には、ほんの数分足らずで着いた。


 海をすぐ側に臨むその場所に、チャペルの鐘を思わせる小さな鐘がひっそりと佇んでいる。それだけでもちょっとおごそかな雰囲気があるのに、水平線に沈む夕日がバックに入るとやっぱり写真映えしそうだ。……今日は残念ながら、生憎あいにくの曇り空だけれど。


 そんな曇天で、しかも今日は平日だというのに、鐘の周りには何組ものカップルや女子ばかりのグループなどがワチャワチャと集まっていて、撮影の順番待ちをしていた。


「――わぁ、やっぱりスゴい人気だね。みんな考えることは同じっていうか」


「〝幸せ〟って名前が付いてるからでしょうね。皆さん、その言葉にあやかりたいんでしょう」


 確かに、ガイドブックの記事や観光パンフレットにも書かれていた。「この鐘の前で写真を撮ると恋が成就する」とか、「ステキな出会いがある」とか。「携帯の待ち受け画面にすると恋愛運がアップする」とか。

 人は(みんながみんなではないけど)恋をする生き物だから、そういうジンクスにすがりたい時もあるのかもしれない。


 ようやくわたしたちにも順番が回ってきて、さてどうやって撮影しようかという問題にぶつかった。


「――よかったら、わたしが撮りましょか?」


 すると、先ほど撮影を終えた観光客と思しき女性が一人、わたしたちに声をかけてくれた。

 彼女の言葉は関西弁で、年齢的に貢と変わらないくらいのOLさんらしい。彼女は一人で来たわけではなく、お友だちと二人だった。


「えっ、いいんですか? じゃあ、このスマホでお願いできます?」


 わたしは彼女の厚意に甘えることにして、カメラモードにしたわたしのスマホを託した。


「いいですよー。じゃあ撮りま~す。ハイ、淡路~!」


 彼女がシャッターを切った。どうでもいいけど、「ハイ、淡路!」っていう掛け声は斬新だ。淡路島ならでは、というか。


「キレイに撮れましたよー」


「ありがとうございます! わぁ、二人ともいい表情してるね」


 返してもらったスマホで、わたしたちは仲よく撮ってもらったばかりの写真を眺めていた。

 そんなわたしたちの様子を見ていたその女性が、こんな質問をした。多分、薬指の指輪に気づいたのだろう。


「お二人って、どちらから来られたんですか? もしかして新婚さん?」


「分かります? 一昨日、式を挙げたばかりなんです。東京から新婚旅行で来ました」


 わたしと貢はちょっと年齢が離れているので、カップルに見られることはほとんどない。それだけに、この女性から〝新婚さん〟と言ってもらえたのはものすごく嬉しかった。


「東京か……。ウチらは大阪から来たんですー。おんなじ会社の同僚で、歳も一緒で。ここで写真撮ったら、ええオトコと縁できるかなーおもて」


「そうそう。いわゆる〝マンハント〟やな」


「……はあ」


 彼女の隣で、お友だちも頷いた。……でも、〝マンハント〟ってちょっと意味が違うような。逆ナンパみたいな感じかな?

 わたしは間抜けな返事しかできず、貢に至ってはポカンとアホ面を晒している。


「そしたら、お二人みたいな仲睦まじい新婚さんにうて。ますますご利益ありそうな気ぃしてきたわー。ありがとうございますー」


「いえいえ! こちらこそ、ステキな写真を撮って頂いてありがとうございました。いい男性かたに出会えるといいですね」


「はいっ! おたくのご主人みたいなええ人、絶対にゲットしますー! ほな」 


 OLさん二人組は、最後までワチャワチャしながら去っていった。


「行っちゃったねぇ……。っていうかご主人って。貢は婿どのなんだけど」


「……はい? 何かおっしゃいました?」


「ううん、別に。――さて、わたしたちもそろそろホテルに向かいましょうか」


 ――わたしたちは車で再び淡路島を南下し、東側の沿岸部にある洲本温泉のホテルへ向かうのだった。

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