でも、貢が食べているチョコソースとバナナのパンケーキも美味しそうだな……。
「……ね、そっちのもちょっとだけもらっていい? ひと口だけ」
「そう言うと思ってました。だから別のにしたんですよ」
わたしがもの欲し気な目でお願いすると、貢は「参りました」というようにお皿を差し出してきた。
「わぁい、ありがとー☆」
わたしは本当にひと口だけ、フォークで切り分けて口に入れた。
「……うん、こっちも美味しい! ビターなチョコソースがいいアクセントになってるね」
「絢乃さん、口。チョコついてますよ」
「ん?」
キョトンとしたわたしの口元を、貢が自分の指先……はちょっと衛生上よろしくないので紙ナプキンで拭ってくれた。
「ハイ、取れました」
「ありがと。フフッ、貴方ってパパかお兄ちゃんみたい」
わたしが吹き出すと、彼はバツが悪そうに「そんなことないですよ」と言う。
「絢乃さんが手がかかるってだけでしょ。……まあ、そこがまた可愛いんですけど」
わざとらしく、憎まれ口をたたく貢。でも、わたしはそれが照れの裏返しだとちゃんと知っている。
こうして大好きな人と一緒に、のんびりと美味しいものを食べている時間ほど、最高のごちそうはないなとわたしは思った。
「はー、幸せだねぇ……。まさに『幸せのパンケーキ』って感じ」
「ええ。――あ、そういえばこのお店の周辺って、〝
「うん、そうらしいけど……。貴方も〝映え〟って気にするんだ? なんか意外」
わたしはここへきて、また一つ今まで知らなかった〝桐島貢像〟(……あ、もう姓が変わってるから〝篠沢貢像〟か)を発見した。
スイーツ男子だということは知っていたけれど、まさか彼って……!?
「貴方ってもしかして、〝オトメ系男子〟!?」
「そんなんじゃないですよ。ただのスイーツ好きなだけです。フォトジェニックを気にするのは、何も女子だけじゃないでしょう? それ、偏見ですよ」
「う~……、ゴメン」
確かにそうだ。写真映えを気にするのは女子だけだと、わたしは勝手に思い込んでいたのかもしれない。ちょっと反省……。
「だいいち、僕料理はそんなに得意じゃないですし、家事やらせたらめちゃくちゃ段取り悪いですし。女子的な要素、他にどこかあります?」
「…………そういえば、ないような」
わたしも眉をひそめて必死に思い出そうとしたけど、もはやフォローのしようがなかった。
……っていうか貢、そこまで自分を卑下しなくてもよくない?
「実は僕、〝趣味〟の域までは行ってないですけど、写真撮るのも好きなんです。……いけませんか?」
「……いや、いけなくはない……かな」
今日のわたしは、なぜか貢に対してタジタジだ。っていうか、最後に付け足された「いけませんか?」が「何か文句ありますか?」に聞こえてちょっとコワい……。
「――で、どこで写真撮りたいの? お天気も怪しくなってきたし、撮るなら早くしないと」
それに、洲本温泉のホテルのチェックイン時間も迫ってきているので、そうのんびりもしていられない。
「一応、候補は二つに絞ってあるんですけど……。『幸せのリング』っていうところと、『幸せの
彼がガイドブックを開き、二ヶ所のスポットの写真を指差しながらわたしに説明した。
そこに載っている写真はどちらも映えていて、ロマンチック。今日は曇っているから、ここまでキレイに撮れないだろうけど。本当なら晴れている日に、夕日をバックにして撮るのがオススメなのだそう。
「んー……、結婚前のカップルなら『幸せのリング』を選ぶだろうけど、鐘の方が新婚旅行らしくていいかな」
「そうですね。じゃあ、鐘の方で撮りますか」
わたしと貢の意見が一致し、お会計を済ませたわたしたちは『幸せの鐘』へ向かう。
ちなみに、ここでの飲食代はわたし持ちだった。サービスエリアで自分が「観覧車に乗りたい」とワガママを言ったせいで予定が狂いかけてしまったので、その罪滅ぼしというか、お詫びにご馳走するつもりだったから。
――『幸せの鐘』には、ほんの数分足らずで着いた。
海をすぐ側に臨むその場所に、チャペルの鐘を思わせる小さな鐘がひっそりと佇んでいる。それだけでもちょっと
そんな曇天で、しかも今日は平日だというのに、鐘の周りには何組ものカップルや女子ばかりのグループなどがワチャワチャと集まっていて、撮影の順番待ちをしていた。
「――わぁ、やっぱりスゴい人気だね。みんな考えることは同じっていうか」
「〝幸せ〟って名前が付いてるからでしょうね。皆さん、その言葉にあやかりたいんでしょう」
確かに、ガイドブックの記事や観光パンフレットにも書かれていた。「この鐘の前で写真を撮ると恋が成就する」とか、「ステキな出会いがある」とか。「携帯の待ち受け画面にすると恋愛運がアップする」とか。
人は(みんながみんなではないけど)恋をする生き物だから、そういうジンクスに
ようやくわたしたちにも順番が回ってきて、さてどうやって撮影しようかという問題にぶつかった。
「――よかったら、わたしが撮りましょか?」
すると、先ほど撮影を終えた観光客と思しき女性が一人、わたしたちに声をかけてくれた。
彼女の言葉は関西弁で、年齢的に貢と変わらないくらいのOLさんらしい。彼女は一人で来たわけではなく、お友だちと二人だった。
「えっ、いいんですか? じゃあ、このスマホでお願いできます?」
わたしは彼女の厚意に甘えることにして、カメラモードにしたわたしのスマホを託した。
「いいですよー。じゃあ撮りま~す。ハイ、淡路~!」
彼女がシャッターを切った。どうでもいいけど、「ハイ、淡路!」っていう掛け声は斬新だ。淡路島ならでは、というか。
「キレイに撮れましたよー」
「ありがとうございます! わぁ、二人ともいい表情してるね」
返してもらったスマホで、わたしたちは仲よく撮ってもらったばかりの写真を眺めていた。
そんなわたしたちの様子を見ていたその女性が、こんな質問をした。多分、薬指の指輪に気づいたのだろう。
「お二人って、どちらから来られたんですか? もしかして新婚さん?」
「分かります? 一昨日、式を挙げたばかりなんです。東京から新婚旅行で来ました」
わたしと貢はちょっと年齢が離れているので、カップルに見られることはほとんどない。それだけに、この女性から〝新婚さん〟と言ってもらえたのはものすごく嬉しかった。
「東京か……。ウチらは大阪から来たんですー。おんなじ会社の同僚で、歳も一緒で。ここで写真撮ったら、ええオトコと縁できるかなー
「そうそう。いわゆる〝マンハント〟やな」
「……はあ」
彼女の隣で、お友だちも頷いた。……でも、〝マンハント〟ってちょっと意味が違うような。逆ナンパみたいな感じかな?
わたしは間抜けな返事しかできず、貢に至ってはポカンとアホ面を晒している。
「そしたら、お二人みたいな仲睦まじい新婚さんに
「いえいえ! こちらこそ、ステキな写真を撮って頂いてありがとうございました。いい
「はいっ! おたくのご主人みたいなええ人、絶対にゲットしますー! ほな」
OLさん二人組は、最後までワチャワチャしながら去っていった。
「行っちゃったねぇ……。っていうかご主人って。貢は婿どのなんだけど」
「……はい? 何かおっしゃいました?」
「ううん、別に。――さて、わたしたちもそろそろホテルに向かいましょうか」
――わたしたちは車で再び淡路島を南下し、東側の沿岸部にある洲本温泉のホテルへ向かうのだった。