――控室へ戻ったわたしは、ヘアスタイルやメイク・髪飾りはそのままに、淡いピンク色のオフショルダーのロングドレスに着替えさせてもらい、去年の誕生日に貢からプレゼントされたハートのネックレスを着けて、お色直しが完了した。
隣の控室から出てきた貢は、上下白のタキシードから上下グレーのタキシードに着替え、ループタイは紺色になっている。
黒はイヤなのにグレーはいいのか、とわたしはツッコみたくなったけれど、口に出して言ったら彼がいじけてしまいそうなのでやめておいた。
せっかくのおめでたい席だし、グレーも彼によく似合っていてステキだから……、とか言ったらノロケにしか聞こえないかも。
「――では、会場へ参りましょうね」
介添人の女性に先導され、わたしたち夫婦は結婚披露パーティーの会場である敷地内のガーデンレストランへ向かった。
* * * *
「――皆さま、お待たせ致しました! ただいまより、お色直しを終えた新郎新婦が入場致します! 盛大な拍手でお迎え下さい!」
司会者の紹介アナウンスの後、わたしと貢は温かい拍手に迎えられながら仲よく入場した。幸せいっぱいの笑顔でお辞儀をすると、これまた盛大な拍手が鳴り響く。
着席したわたしたちは、会場内をぐるりと見回した。レストランの真ん中にビュッフェテーブルが設置されていて、たくさんの洋食メニューがズラリと並べられている。デザートのコーナーもあり、これらのお料理はすべてわたしと彼で選んだメニューばかりだった。
まだ昼間ということもあり、このパーティーではアルコール類は出されていない。わたしの友人たちもわたし自身も未成年であり、貢が下戸だからでもあるのだけれど。
招待客の中には、わたしの父方の
わたしがまだ中学生だった頃にアメリカで事業を始めた伯父は、家族も一緒にそのままずっとアメリカで暮らしている。父の葬儀の時には残念ながら帰国できなかったけれど、今回は一家で帰国して出席してくれたのだ。
父の二歳年上で、顔立ちや雰囲気も父によく似ている伯父。わたしは彼がこの場で、姪であるわたしの結婚を祝ってくれていることが、本当に嬉しかった。
貢のご家族も、四人揃って出席して下さっている。お義兄さまの悠さんは、初めて見る少し着崩しているスーツ姿が〝ちょっとヤンチャ〟な雰囲気を醸し出していて魅力的だし、お義父さまのモーニング姿も、お義母さまの着物姿もステキだ。奥さんの
特にお義母さまは、同じ親族席に座っている母と親しげである。両家顔合わせで我が家にいらっしゃってから、母親同士で意気投合しているらしい。
「――篠沢さん。
「いえいえ、こちらこそ! ふつつかな娘ですけど、お宅の息子さんを大事にお預かりしますわ」
という会話が、母親同士で繰り広げられている。……それにしても、わたしが「ふつつかな娘」ってどういうこと? まあ、謙遜で言っているだけだろうから別にいいのだけれど。
「――絢乃ちゃん、結婚おめでとう! いい人に出会えてよかったねぇ」
そう言って新郎新婦の席までやってきたのは、井上の伯父さまだった。ちなみに、下の名前は「
「聡一伯父さま! さっきはありがとね。――伯父さま、この人がわたしのパートナーの貢だよ」
「あ、先ほどはどうも……。やっぱり絢乃さんの伯父さまでしたか。初めまして、絢乃さんの婿の貢です。僕は彼女の秘書をしてまして、こうしてご縁があり、大事な姪御さんと結婚させて頂くことになりました。どうぞよろしくお願いします」
貢が礼儀正しく自己紹介すると、伯父はニコニコ笑いながら「うん、うん」と頷いていた。
「これだけしっかりした青年になら、安心して姪を任せられるな。我が弟の源一もそうだったが、篠沢家に婿入りするということは、この大きな家柄を姪とともに背負っていくということだ。その覚悟もできているんだね?」
「はい、もちろんです!」
「そうか。それなら大丈夫だ。絢乃のことをよろしく頼むよ、貢くん」
貢はもう一度、大きく頷く。
「……絢乃ちゃん、お父さんの葬儀に参列できなくてすまなかったね。伯父さんは伯父さんで、海の向こうでお父さんの冥福を祈っていたんだよ。だから許してくれるかね?」
幸せな日なのに、父のことを思い出すと泣き出しそうだ。でも、それはきっと伯父も同じ。ううん、血のつながった弟を亡くした伯父はもっとつらかったはずだ。
「もちろんだよ、伯父さま。だって、わたしやママより伯父さまの悲しみの方が大きかったはずだもん。だから、今日こうしてご家族
伯父は「ああ、分かった」と言って席に戻っていき、お
「貢……、ゴメンね。こんなにおめでたい席なのに、なんかしんみりした空気になっちゃって」
「いえ、お気になさらず。僕は分かってますから」
この一年半ほどの間、彼はちゃんと見てくれていたのだ。わたしが仕事に打ち込むことで、必死に父を失った悲しみを乗り越えようとしていたことを。
「ありがと。やっぱりわたし、貴方を好きになってよかった」
今日ほど、そう実感した日はなかったと思う。
「――みなさま、お飲み物はお手元にございますでしょうか? それでは、新郎新婦の
わたしたち夫婦、親族一同、そして招待客がみんな各々好みのドリンクを取りに行ったところで、司会者の男性のアナウンスが聞こえた。
黒のモーニング姿でバッチリきめた村上さんが、ミネラルウォーター入りのグラスを手にスタンドマイクの前に立つ。
「絢乃会長、桐島くん、本日は本当におめでとうございます。どうぞ、末永くお幸せに。――みなさん、ソフトドリンクで申し訳ありませんが、お二人の結婚を祝して、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
村上さんは元々長いスピーチが苦手なので、こういう席で乾杯の音頭を取ってもらうにはもってこいの人だ。あまりにも長々とスピーチをされてしまうと場の空気も白けるし、せっかく選んだ美味しいお料理も冷めて台無しになってしまうから。
わたしと貢は、アップルサイダーを飲んでいた。その時、会場内にキャスター付きの台座に載せられた三段のウェディングケーキが運ばれてくる。
白いホイップクリームとたくさんのイチゴを使ってデコレーションされた華やかなケーキは、一番上と二段目もちゃんと食べられる本物のケーキである。
それを目視したわたしたちはそっと頷き合い、
「――みなさま、お待たせいたしました。これより、新郎新婦によりますケーキ入刀でございます! お写真や動画の撮影をされる方は、前方へどうぞ!」
わたしたちは介添え人の女性から、リボンの飾りがついたケーキ入刀用の長いナイフを手渡された。実際に持ってみるとけっこうな重量があり、二人で持つのが精一杯。
「お……、重い……」
「大丈夫です。僕もしっかり支えてますから」
貢の頼もしい一言に、わたしは「うん」と頷き、二人でケーキにナイフを入れる。
「ケーキ入刀は新郎新婦の初めての共同作業だ」と世間ではよく言われるけれど、わたしたちの場合はこれが初めてじゃないよね、と視線を交わして笑った。
「絢乃ー、こっち向いて! ――ハイ、キレイに撮れた! おめでとー!」
「絢乃ターン、こっちもいい写真撮れたよー! あとで共有するね」
「貢、お前表情
里歩・唯ちゃん・そしてどういうわけかお義兄さんまで一緒になって、自前のスマホを構えてわたしたちのベストショットをカメラにおさめまくっていた。
「また兄貴は……、弟の晴れの場で目立つことしやがって」
苦虫を噛みつぶしたような顔で呟いた貢を、わたしは苦笑いしながら「まあまあ」となだめる。
お義兄さまも嬉しいんだろうな。自分の弟が、こうして(自分で言うのは何だか恥ずかしいのだけれど)可愛い女の子と幸せを掴んだことが。何たって、お義兄さまにとってもわたしは貢の女性不信を克服させた恩人という認識らしいから。
「――では、続きまして、新郎新婦による〝ファーストバイト〟に移らせて頂きます」
司会のセリフの後、切り分けられたウェディングケーキが高砂テーブルまで運ばれてきた。
〝ファーストバイト〟は元々、花婿が花嫁に「これから先、食べることに困らないようにしていく」という誓いを表した風習。だからもちろん、最初は貢からわたしにケーキを食べさせてくれた。
「んー、美味しい! じゃあ、今度はわたしからね」
花嫁から花婿への〝ファーストバイト〟って、あんまりやらないのかな? でも、わたしはぜひともやりたかった。だって、わたしは食べるのに困ることなんてないけれど、彼にはあるかもしれないから。それに、わたしが彼の生活を支えているのは事実なんだし。
「……うん、うまい! あ、クリームついてますよ」
ケーキの甘さに顔を綻ばせ、わたしの口元についたホイップクリームを指先で拭ってくれる彼。今のわたしたちは、傍から見れば完全にバカップルだ。
ケーキの他に、里歩たちオススメのメニューを美味しく頂きながら、わたしはボソッと呟いた。
「どうせなら、ウェディングケーキも自分で作りたかったなぁ」
「……それはいくら何でもムリだったんじゃないですか? 忙しくてそんな時間なかったじゃないですか」
「…………うっ! そうだけど……」
貢のツッコミはごもっとだった。
婚約してからのわたしたちは連日仕事に(わたしはそれに加えて、三月までは学校もだ)、結婚準備に、貢の引越しに両家顔合わせに……と本当に忙しくて、とてもじゃないけどケーキ作りどころではなかった。だから、都内の一流パティスリーにお願いしてケーキを用意してもらうことになったのだけれど。
「そうだ! 絢乃さん、将来パティシエール目指すのはどうですか?」
「え?」
「会長は名誉職ですし、時間も十分にできるでしょうから。僕がバリスタ、絢乃さんがパティシエールになって、将来は一緒に洋菓子の美味しいカフェを開くのってどうでしょうか?」
「……うん、いいかもね。考えてみる」
今まではグループの経営のことで頭がいっぱいだったけれど、ここへきてわたしには一つ、大きな夢ができた。
彼となら、この夢もいつかは叶いそうな気がした。