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第二十二話 迫る魔の手

 昼下がり。

 城郭都市じょうかくとしオレオール、城壁のすぐ内側に広がる商店街マーケット


 イリアはシャノン、シェリル、リシアと街を散策していた。


 閉鎖的な中心部の城・行政区と違い開放的で、露店が所狭しと立ち並ぶ商店街マーケットの一角は、行き交う人々でにぎわっていた。


 客を呼び込む店員、行商人、旅人——それから、近所の子だろうか?

 無邪気に遊ぶ子供の姿もある。



「凄くにぎやかですね」


「ええ。ここは各国から訪れた人や、輸入された品物が行き交う流通の場ですからね。

 王都の中で最も活気に溢れていると言っても過言ではありません。

 夜空の星のまたたきのように賑わう様子から、星光の街路ステラストリートと呼ばれているんですよ」


「それに聖地巡礼ペレグリヌスも近いですからね!

 祝賀行進パレードを見ようと近隣の町や各国から観光客が訪れているので、いつもの二倍はにぎわっていると思います」



 シェリルとリシアの解説にイリアは「なるほど」と相槌あいづちを打った。


 聖地巡礼ペレグリヌスについては、いくつか知識として覚えておいた方がいいと言われ渡された本の中に書いてあった。



聖地巡礼ペレグリヌスは、アルカディア教団が五年に一度り行う一大イベント。

 教皇聖下が世界各国の女神をまつった祭壇をめぐり、祈りを捧げる旅の事らしい。

 そして、アルカディア教団は〝創造の女神〟を主神に、世界樹の守護と世界の秩序を守る事を教義・使命としている宗教。

 世界樹の守り人が興したと言われる国、アルカディア神聖国——世界の中心に存在する世界樹のふもとに築かれた都を総本山とし、世界中に教会があって、多数の信徒がいる。

 ……だったよね)



 イリアは本で見た知識を思い返して、人があふれる商店街マーケットに目を向けた。


 あちこちに教団の象徴シンボル——祈る女神の翼が世界樹を包み込む様子——のえがかれた垂れ幕がかかげられている。


 また神聖国で国花となっている〝紫君子蘭ムラサキクンシラン〟をした飾りが至る所に添え付けられていた。


 確かに街は祝賀行進パレードの準備で沸き立っている様である。

 熱気に当てられたのか、少し頭痛がした。



「あ! 見て見て、メルクーア原産の鉱石の装飾品だって!」



 街路を歩いていると、シャノンがとある露店の前で嬉々として声を発し、イリア達は足を止めた。

 その露店には装飾品が並べられている。


 首飾りネックレス腕輪ブレスレット耳飾りイヤリングなど、多様な形状、色とりどりの鉱石があしらわれた装飾品アクセサリーが取りそろえられていた。



「すごく綺麗ですね。いいなぁ……」


「これピンクダイアモンドじゃない。こんな希少な物まで?」


「本物みたいですね。宝飾店でも滅多にお目に掛かれないのに……」


「ほっほ。お嬢さんお一つどうかね? 聖地巡礼ペレグリヌスのお祝いさ。特別価格だよ?」



 装飾品へ釘付けになっているリシア、シャノン、シェリルへ店主の老婆ろうばが商品をすすめ、各々手に取り確かめている。


 色鮮やかな光輝くアクセサリーにときめいてしまうのは、女の子なら一度は経験する事だ。

 抗えない魅力がそこにある。


 イリアも釣られて、アクセサリーに視線を奪われそうになるが——。



「おや、南から来たのかい?」


「そうなんですよ。探し物が中々見つからなくって」



 不意に聞こえた会話、鈴の様な少女の高い声が耳についた。

 声は背後から。


 振り返って見れば、果実店の前に黒いフードとローブに身を包んだ小柄な少女と、店主だろう年配の女性の姿が見える。



「南というとアディシェス帝国ではないだろうし……ああ、ホド連邦共和国のほうかい? そんな遠くから大変だねぇ」


「ふふふ。ご心配ありがとうございます。

 でも、大丈夫です♪」



 少女が笑って、くるり、と振り向くと、目が合った。

 零れそうなほど大きな瞳、その虹彩はシャノンとシェリルの髪色の様に鮮やかな桃色の色彩ロードクロサイト


 視線は真っ直ぐイリアをとらえている。



(何……?

 どうして……こっちを見ているの?)



 胸の鼓動が大きく脈打ち、嫌な汗が頬を伝った。

 少女がこちらを視界に入れたまま、一歩、また一歩、と歩みを進める。


 自分の中の何かが、警鐘けいしょうを鳴らしている。


 逃げろ、と。


 すぐにあの瞳から、少女からのがれなければ——と、焦燥感を覚え、イリアは後退あとずさった。


 少女が近付いて来る。

 周囲はと騒がしく、雑多と雑音が占めている言うのに「コツコツ」と言う足音がやけに鮮明に響く。



「イリアさん? どうしたんですか?」


「なに? どうしたの?」


「あの方は……」



 隣にいるリシアと双子の姉妹の声が、遠くに聞こえる。


 少女はこちらまであと数歩……と言うところで足を止めた。

 フードの下から覗く鮮やかな桃色ロードクロサイトの大きな瞳が細くなり、つやのある唇の口角が上がる。



「ふふ、みぃーつけた」



 にやりと妖艶ようえんな笑みを見せる少女に、一気に悪寒がい上がり、背を駆け抜けた。


 嫌な予兆にイリアは叫ぶ。



「逃げて!!」



 ——と。


 しかし、突然の事に三人はわけがわからないと言った様子で、立ち尽くしている。

 そんな彼女達をあざけって、少女がわらう。



「ざーんねん。もう手遅れよ」



 少女が胸の位置で、左手の親指と中指を擦り合わせると「パチン」と弾ける音が鳴った。


 瞬間。

 視界が歪み、頭の中が搔き回されるような不快感に襲われ、イリアは眉根を寄せる。



(……う、……立って、いられない……。

 体から、力が……)



 イリアが崩れ落ちて膝を付くと、どさりと何かが落ちるようなにぶい音の演奏が、周りから幾重にも聞こえた。


 視界に見える世界がぐらぐらと揺れている。

 ふらつく頭を押さえて、音の正体を確かめようと周囲を見渡せば、周りでたくさんの人が倒れていた。



(シャノ……ちゃん、シェリちゃん……、リシア、ちゃんは……)



 双子の姉妹は意識を保っているものの、苦悶くもんの表情を浮かべて頭を押さえ膝を折っている。

 リシアは意識がないようで、倒れていた。



「お迎えに来ましたよ。さ、帰りましょう?」



 いつの間にか眼前まで歩み寄った少女が、ローブの下から白い手を差し出す。

 つややかに笑う少女は周囲の人には目もくれず、依然としてこちらを見つめている。


 頭の中で、


 逃げろ!

 逃げろ!!

 逃げろ!!!


 と、叫ぶ声が木霊した。


 本能が告げているのだ。

 あの手を取ってはいけない、と。



(……っ、逃げ、なきゃ……)



 しかし、思いとは裏腹に、体が動かない。

 頭も、体も、瞼も——全部が重い。

 気を抜けば意識が持って行かれそうだった。


 そうしている間にも少女の白い手が近付いて来る。



「あの方が首を長くしてお待ちですよ。ご無事な姿を見せて差し上げましょう?」



 少女の指が頬に触れて。

 抗えない状況に、イリアはきつくまぶたつむった。



(誰か……ルーカスさん……!)



 紅い瞳に黒髪を束ねた彼の姿が、脳裏に浮かんだ。

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