「さ、召し上がれ♪ シャノンスペシャルよ!」
カバーの下から現れたのは、煮込み料理の定番、シチューだ。
赤ワインとライチェと呼ばれる赤い野菜をベースとした赤茶色の光沢のあるスープに、大きめにカットされた肉や野菜がごろりと入っている。
調理担当はシャノン、仕込みはシェリル、リシア、イリアも手伝ったらしい。
付け合わせに緑色の野菜が中心となったサラダもある。
主食はパンとライス、好きな方を選べた。
「シャノンは相変わらず、こう言った事が得意なんだね」
「ふふん。味も料理長のお
綺麗に盛り付けられた料理にゼノンが
料理はシャノンの趣味である。
以前はゼノンにも
ゼノンがフッと笑みを浮かべる。
「何だか懐かしいね。昔はよくこうして、シャノンとシェリルとあの子と——っと、ごめん。ついあの頃を思い出しちゃってね」
その言葉にルーカスもまた、過去の情景を思い浮かべたが、ゼノンが「つい」と口にしたあの子——カレンを思い出して、胸が痛んだ。
ゼノンはすぐ取り
リシアと父も口を
ほんの少し重苦しい空気が流れ、一人話の見えて来ないイリアが戸惑っている。
(彼女は知らない。
……いや、正確には覚えていないと言った方が正しいな。
王国民なら誰もが知る話であるし、イリアはカレンを
「——ところで、あの独創的な料理は?」
重苦しい空気を破る様に、ゼノンが指差し問いかけた。
「何の事だろう?」と、差し示した先、テーブルの端へ置かれた一皿に
端っこにあったのは黒い物体だ。
白い皿の上に得体の知れぬ真っ黒なそれはあった。
明らかに食べ物とは思えない、
「あああ……!」
注目が一点に集まる中、イリアが震えた声を出した。
「ダメ! 見ないで! なんでこれがここに?!」
激しい金属音を立て、その黒い物体が乗る皿へ銀のフードカバーが掛けられる。
イリアは酷く慌てた様子で、顔面はリンゴのように真っ赤に染まっている。
「ごめん、間違えて持ってきちゃったみたい」
シャノンが握り拳を軽く頭に当てた。
「てへっ」と擬音がつきそうな誤魔化しの仕草だ。
どうやら何か手違いがあったらしい。
「シャノちゃん……!」
顔を赤らめ泣きそうなイリアがシャノンに詰め寄った。
シャノンは「ごめんごめん」と申し訳なさそうに笑っている。
シェリルとリシアが涙するイリアを
喜怒哀楽を共にする彼女達の様子からは、打ち解けた事が
シャノンを愛称で呼ぶあたり、大分親しくなったのだろう。
女性陣の仲が良い様を、父が優しい目つきで
ルーカスも微笑ましく思いながら四人を見守った。
——そんな賑やかな一コマも交え、昼食は進んで行った。
料理長のお
食後にはデザートが二種類用意されていた。
デザート担当はシェリル。
シェリルはシャノンとは対照的にお菓子作りが得意だ。
一品目はローズブランシュ。
食べやすい様に三角形にカットして、色彩豊かなフルーツを飾り添えてある。
二品目はアメールオブディアン。
アマンドというナッツが香る生地にコーヒーシロップを染み込ませ、
こちらも食べやすい大きさの長方形にカットしてあり、仕上げに金箔とベリー類が添えてある。
そして紅茶の給仕はイリアが担当だ。
温めた茶器に手ずから茶葉と湯を入れ、きっちり時間を計って抽出していた。
出来上がった紅茶を丁寧にカップへ注ぎ、レナート、ゼノン、ルーカスの前へ置いていく。
「さあ、お召し上がり下さい」
三人への給仕が終わったところでシェリルが声を掛けた、ゼノンとレナートはまず、イリアが
イリアが
「……ほう、これは……」
父は驚き、言葉を失っていた。
美味しい、不味い。
どちらとも取れる反応に、イリアは息を飲んだ。
そこへ——。
「——素晴らしい。とても美味しいね!
熟練の給仕が淹れたものと比べても
ゼノンから
父も同意するように
イリアが
(記憶がなくとも……染みついた習慣は体が覚えている、か。ならば当然の結果だろう)
何故なら、記憶を無くす前の彼女は紅茶が好きだった。
もちろん紅茶を
(こうして
ルーカスは
こちらの反応が気になるのか、イリアの視線が向けられている。
視線を感じながら、一口、二口、
ルーカスはなるべく音を立てぬよう、カップを静かに受け皿へ戻した。
「どう……ですか?」
給仕のため立ったままの彼女が、
イリアの
非の付け所がない。
「うん、美味しい」
微笑み返せば、彼女は嬉しそうに「良かった」と照れ笑いを浮かべた。
父はデザートを片手に、シャノンとシェリルと
そして給仕を終え、席に着いたイリアは美味しそうにデザートを頬張り、同じくデザートを口に運んで幸せそうな表情のリシアと笑い合っていた。
穏やかな一時だ。
「こんな時がずっと続けばいい」と、ルーカスは思った。
——しかし、楽しい時間は一瞬だ。
昼食を終え軽く雑談を交わした後はお開きとなり、ルーカスは軍議の間へと戻った。
同じく昼食を終えて戻った師団長、そして陛下が入室着席するのを待って午後の会議が始まった。
(午後は
この会議にはゼノンも参加している。
皇太子として
レックス陛下が見守る中、警備の計画は父が中心となって采配を振るい、師団長達が詳細を詰めて行く。
父は家族との時間を過ごし、心なしか顔の色つやが良くなり、キレが増したように見える。
(……イリア達は帰りに
今頃、着いた頃だろうか)
せっかく外に出たのだから、ついでに街の中を見て回ろうと言う妹たちの提案である。
ルーカスは昨日の事もあるので「無理せずそのまま帰って休んだ方がいいんじゃないか?」と伝えたが、頬を
無論、そんな意図はない。
(単純に体調を心配しただけなんだが……ままならないものだな)
結局、「
そこまで言われては折れるしかないだろう。
ルーカスは後ろ髪引かれる思いで、彼女達を送り出した。
「——長、ルーカス団長!」
呼び声に、ハッと現実へ引き戻される。
会議中だと言うのに、関係のない思考に
「申し訳ありません。配置の件ですね。当日のこちらの配置と人員は——」
警備体制に不備があって問題が起きようものなら、国際問題に発展しかねない。
(……集中しないとな)
ルーカスは気合を入れ直し、会議に
——けれど何故だろう。
胸のざわつきは治まらなかった。