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第二十話 父と子

 王城の貴賓室の一室。

 昼食の時間、ルーカスが約束した通り父・レナートを連れてそこへ行くと、双子の姉妹にイリアとリシア、そして——。


 もう一人、余計な人物が待っていた。


 此方こちらへひらひらと手を振るその人物は——さわやかな笑顔を浮かべ、ブロンドヘアを輝かせている。


 ルーカス達の従兄妹いとこ、皇太子ゼノンだ。



(何故、ゼノンがいるんだ?)



 しかもよりにもよって、イリアの隣に並び立っている。

 招待すると聞いた覚えも、呼んだ覚えもない厄介な身内の登場に、ルーカスは困惑した。


 そんなルーカスの胸中をよそに、



「お父様会いたかったわ!」



 と、シャノンが父を目掛けて勢いよく飛び込んだ。

 父は細身に見えるが鍛えられた腕でしっかりとシャノンを受け止めた。



「ああ、シャノン、私も会いたかったよ」


「ちっとも家に帰って来ないんだもの、心配したのよ? ね、シェリル?」


「ええ。お久しぶりですね、お父様。少しおせになりましたか?」


「心配かけてすまないな。二人とも会えて嬉しいよ」



 シェリルはシャノンとは対照的に静かに父へ歩み寄り、父が左手を空けて暗黙と「おいで」と招いたのを見ると、迷いなく抱き着いた。


 父は破顔し、右にシャノン、左にシェリルと両手に花の状態で抱擁を交わした後、話に花を咲かせている。


 ルーカスはその様子に心が温まるのを感じながら、イリアの方へ足を運んだ。


 近付くと目が合って。

 イリアが愛らしい微笑みを浮かべた。



「こんにちは、ルーカスさん」


「こんにちは。妹達に付き合わせて悪いな」


「そんなことないです。準備するの、とても楽しかったですし、お屋敷の外で目にする景色には凄くワクワクしちゃって。楽しい事ばかりです」



 続けて「料理ではあまり役に立てなかったけど……」と苦笑いを浮かべるも、弾んだ高音域ソプラノ声色こわいろで語った様子から、彼女が心から楽しんでいることが伝わった。



(昨日あんな事があったばかりだが、顔色も良いし、体調にも問題はなさそうだな)



 ルーカスはイリアが元気で楽しそうな様子を嬉しく思い、口元をほころばせた。



「うーん。微笑ましい限りだけど、こっちを無視しないで欲しいな。ね、リシアちゃん」


「へ? わ、私のことはお構いなく!」



 イリアの隣を陣取るゼノンのぼやきに、急に話題を振られたリシアがまごついている。


 ゼノンの事はわざと放置していたのだが——しかし、終始そういう訳にもいかない。

 関わると面倒な予感しかないのは、普段のゼノンの行いのせいである。



「……それで? 皇太子殿下は何をしにここへ?」



 ルーカスは冷めた口調、細めた瞳でゼノンを射抜いた。



「そうにらまないでくれ。偶然、彼女たちと廊下で会ってね。君にも会いたかったし、それに——」



 ゼノンがイリアへ視線を送る。

 視線に気付き首をかしげた彼女に、ゼノンがにっこりと笑ってみせた。



(なるほど、魂胆こんたんはわかった)



 くだんの噂、「救国の英雄、魔獣に襲われた謎の美女にご執心!」と貴族の間に広まってしまった噂で、揶揄からかわれた先日の事もある。



(目当てはイリア——彼女の人となりを見定みさだめるついでに、俺を冷やかしに来たってところか。

 ……ゼノンは幼い頃からそうだ。それにディーンも。やり口は違うが事あるごとに人を揶揄からかって。

 そう言う点では同類だな……)



 ルーカスは辟易へきえきして、盛大なため息を吐き出した。

 「帰れ」と追い出したいところだが、そうもいかないだろう。


 そんなルーカスの肩をポンと大きな手が叩く。



「まあいいじゃないか。久々に食事を共にするのも悪くないだろう」



 父である。

 妹達との抱擁ほうようを終えて、いつの間にか後ろへ立っていた。



「私達は家族みたいなものだ。遠慮はいらないさ」


「ほら、叔父上おじうえもこう言ってるだろう?」



 父の擁護ようごに気を良くしたゼノンがにこにこと調子の良い笑顔を浮かべている。


 ルーカスもゼノンが嫌いな訳ではない。

 が、したたかで計算高いところは苦手だった。



(……腹黒王子め)



 ルーカスはわざとらしく笑みを浮かべ、皮肉を込めて言い放つ。



「まったく、皇太子殿下の我儘わがままにも困ったものですね」


「他人行儀だなぁ。今は私的な場で私達は従兄妹いとこ、家族みたいなもの。だろ?」


「ああ、そうだな。



 見えない火花がルーカスとゼノンの間を行き交った。

 あちらも笑っているが、貼り付けた笑顔であるのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


 そんなやりとり微笑みをたたえた父が見守り、内情を知らぬイリアとリシアは疑問符を浮かべ見つめていた。



「ところで、ルーカス。こちらのお嬢さん方の紹介はしてくれないのか?」



 父がイリアとリシアへ視線を送る。

 ゼノンに気を取られすっかり忘れていた。



「ご紹介が遅れてすみません。彼女はイリア、そして彼女は治癒術師ヒーラーのリシアです」



 ルーカスは右手にイリア、そしてリシアが来るよう並び立ち、身振り手振りで紹介した。



「公爵様、初めまして。イリア・ラディウスです。よろしくお願いします」


「は、初めまして! だ、だ第二魔術師団所属、リシア・ヴェセリーと申します!」



 うやうやしくイリアが頭を下げる。

 リシアもそれにならって頭を下げるが、どうにも落ち着かない様子だ。

 きっと、ルーカスの父イコール軍のトップという事実に緊張しているのだろう。



「初めまして、お嬢さん方。ルーカスとシャノンとシェリルの父、レナート・フォン・グランベルだ。

 ここではそうかしこまらず楽に接して欲しい。

 さあ、立ち話もなんだ。せっかく皆が準備してくれたんだ、席に着こう」



 父は穏やかな口調で告げた。


 その視線の先にはシャノンとシェリルが差し入れ——銀の材質で出来た、料理をおおい隠す立体のフードカバーが掛けられた皿の並んだ長いテーブルの前で、椅子を引くため待機している姿がある。


 二人から「自分達がもてなしをする」という意気込みが伝わってくる。



「では、お言葉に甘えて」



 ゼノンが颯爽さっそうとテーブルへ向かった。

 遠慮など素知らぬ顔で、シェリルに案内されて席に着いている。


 父もゼノンに続きシャノンへ案内されて着席した。



「ルーカスさん、行きましょう?」



 イリアの白い手が、ルーカスの手を引いた。

 迷いなく触れて来る手に身じろいでしまう。


 彼女は手を握る事に抵抗がないのだろうか。

 戸惑うこちらの心情を彼女が知る故もなく、流されるように席へ連れて行かれる。


 イリアが椅子を引きルーカスが着席するという、昨日の朝食の席とは逆の構図だった。


 席順は上座にゼノン、隣にルーカス、イリア、リシアと座り、対面の中央にレナート、両隣にシャノン、シェリルの並び。


 身内だけの席なので、厳密に形式にのっとった席順ではない。

 みなが着席したのを確認すると、まずは拳を握って胸に当て目を閉じた。


 父が「日々の恵みに感謝を」と告げる。

 みなその後に続いて、食前の言葉を口にして——四人が準備した〝おもてなしの昼食会〟は始まった。

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