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第十九話 対策会議

 聖歴二十五にじゅうご年 エメラルド月二十日はつか

 エターク王国王城・軍議の間。


 翌日、ルーカスは軍の定例会議へ参加していた。


 参加者は——。

 騎士団の師団長しだんちょう十名。

 魔術師団の師団長三名。

 特務部隊団長ルーカス。

 各師団の団長、計十四じゅうよん名。


 王国騎士団元帥げんすいレナート・フォン・グランベル公爵。

 宰相さいしょうのダリル・アシュリー侯爵。

 国王レックス・ティル・グランルージュ・エターク陛下。


 以上、総勢十七じゅうなな名が一堂に会した。


 軍議の間は四方が窓に囲まれているため陽の光が差し込んで明るい。

 参加者は机を円形に並べてもうけられた、円卓の決まった席へ着席している。



(大きな議題は二点。

 リエゾンの魔狼まろう襲撃事件で遭遇し〝ゲート〟と仮呼称こしょうした現象についての報告と対策が一点。

 もう一点は、いよいよ十日後に迫った聖地巡礼ペレグリヌスにおける歓迎式典、祝賀行進パレードの警備体制についてだ)



 レックス陛下——ルーカスの伯父おじであり、アシンメトリーの短い黒髪、ひげを生やした威厳ある風格の熟年の男性が、切れ長の紅の瞳でルーカスに目配せる。


 会議を進めるようにとの催促だ。

 ルーカスは報告をまとめた資料を手に立ち上がる。



「では、リエゾン魔狼まろう事件と〝ゲート〟について報告をさせて頂きます。

 詳細は事前の報告書と、お手元の資料にもまとめてありますが——」



 坑道の奥で遭遇したちゅうに浮かぶ闇、漆黒しっこくの大穴——魔狼まろうが湧き出るゲート

 ルーカスは現場で見た事、体験した事、そして住民から聴取した話もあわせて、有りのままを報告していった。



「——以上になります。

 またこれは憶測おくそくですが、ゲート出現前の地震は、これらの現象と何かしら関係している可能性があります」



 住民の話でも地震が頻発していたと言う情報があった。

 留意すべき点だろう。


 発言を終えると、室内がざわついた。



「興味深い話だな。魔獣が湧き出るゲートか」


「魔獣の発生については謎が多くありましたが、今回の一件で見方が変わりそうですな」


「仮に魔獣がゲートを介して発生しているのだとしたら、一体どんな原理で魔獣を生み出しているのか気になりますね」



 師団長たちが、誰ともなく、意見を交わしている。


 ゲートの正体、魔獣まろう発生の謎。

 様々な意見が飛び交い、議論が繰り広げられてゆく。


 しかし、現時点では情報の絶対量が足りないため、すべて憶測おくそくの域を出ない。


 元帥げんすいレナート——ルーカスの父であり、現グランベル公爵。くせ毛でセミロングの黒髪に切れ長で吊り上がった紅の瞳。ひげが生えた強面の男性——は、あごに手を添え、眉間にしわを寄せている。


 議論を交わす師団長らを眺めるかたわら、思考にふけっているようだ。


 ——しばらくして。

 レナートから深く渋みのある低い声がはっせられる。



ゲートの正体を現時点で突き止める事は不可能だろう。それよりも万が一、ゲートが発生した場合の対処をどうするかが肝心だ。

 現時点でゲートを破壊出来る有効打は、ルーカス団長の〝破壊の力〟のみ。

 だが、彼が常に対応出来るとも限らない。これについてはどう考える?」



 問い掛けに室内が静まり、魔術師団長の一人が手を上げた。



「アイシャ・シェラード少尉の見解をまとめた資料を拝見しましたが、氷魔術——正確には空間に関与する魔術が有効な手段と成り得そうです。

 時間経過で消えたとの報告もありますし、時を稼ぐことが出来れば被害も防げるでしょう。

 早急に術式の開発と研究に尽力すべきと具申ぐしんします」



 レナート、レックス陛下の両名はその意見にうなずいた。


 かくして、術式の開発は魔術師団が主導となり、研究機関や可能であれば他国にも協力を仰ぎながら、急ぎ進められることになった。


 その後も議論は続き——。


 お昼時、正午を告げるかねが鳴る頃にようやく、ゲートの件について一通り話がまとまった。


 お昼の休憩を挟んで、午後は聖地巡礼ペレグリヌスにおける祝賀行進パレードの警備体制について話し合われる予定だ。


 陛下が退出するのを見送ったのち、師団長達が退席して行く。


 そんな中、跳ね毛のある赤い短髪の壮年の男性と話を続ける父の姿があった。


 ルーカスは二人へと歩み寄る。

 すると、男性がルーカスに気付き。



「久しぶりだね、ルーカス君。長期の任務、ご苦労様。急な事で大変だったろう?」



 気取らず親しみやすい口調で話しかけてきた。


 こちらを見つめる男性の黄褐色おうかっしょくの瞳は疲労がうかがえ、目の下にはしわきざまれている。


 男性は宰相さいしょうのダリル・アシュリー侯爵こうしゃく。ディーンの父親だ。



「ご無沙汰しております、アシュリー侯爵。

 そうですね……今回は想定外の事も多く、骨が折れました」


「ゆっくり休んで、と言いたいところだが……悪いね」


「慣れています。気遣いは不要です」



 他愛のない話を交わしながら、ちらりと父へ視線を送る。


 するとアシュリー侯爵は、父に用がある事を察したのだろう。

 「おっと、邪魔したね。午後もよろしく頼むよ」と言い残して席を外した。


 扉の開閉音が聞こえ——父と二人になる。


 久しぶりの対面だ。


 連日の激務のせいか、どことなく父は哀愁あいしゅうただよわせている。

 頬がこけたように見えるのも、きっと気のせいではない。

 家にだってまともに帰っていないのだから。



「お疲れですね、父上」


「ん……そう見えるか。歳には勝てんな」



 父は目頭を揉んで見せた。

 自覚はあるのだろう。



「たまには家に帰って下さい。一体どれだけ帰ってないんですか。シャノンとシェリルも心配してますよ」


「はは、耳が痛いな。近いうちに時間を見つけて帰るさ」



 口ではこう言うが、事が落ち着くまで帰らないつもりだろう。

 ルーカスは「この仕事中毒め」と、内心で毒づきながら、自分もその傾向が強いので気を付けようと心に留める。


 そして、声をかけたのは、感動の再会や咎めるためではなく、単純に用があった。



「父上、行きましょう」


「む? 何処どこへだ?」


「昼食です。今日はシャノンとシェリルが差し入れを持って来てくれるそうです」



 以前に言っていた〝差し入れ作戦〟だ。

 朝、出がけに作戦実行を伝えられ、父を連れ出すよう妹達に念押しされた。


 当然ながら、イリアとリシアも一緒に来る事になっている。



(イリアにとっては初めての外出だ。

 安全面を考えれば、屋敷で過ごすのが安全だが——ずっと閉じこもっているのも、気が滅入るだろう)



 王城であれば警備な警備が敷かれているため、比較的安心できる。

 一切の不安を感じないと言えば嘘だが、ルーカスは反対しなかった。



「そうか、二人が……。これは待たせるわけにはいかんな」



 シャノンとシェリルが来ると聞いて、父の表情が柔らかくなる。


 その様子に思わず、うきうき気分でスキップをする父の姿を想像してしまい、ルーカスは込み上げた笑いをこらえるのが大変だった。

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