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番外編 お兄様の大切な人 ≪後編≫

 退出した扉の前。

 シャノンは、こめかみを押さえて深いため息を付くシェリルの隣で、目に焼き付いた彼女の姿を思い返した。



「……ねえ、シェリル。……見た?」


「何をですか?」


「イリアさんよ! 綺麗な人なのは寝ててもわかったけど、何あれ? お人形? 可愛すぎる……!」



 シャノンは可愛い物、綺麗な物が大好きだ。

 見ているだけで、満たされた気持ちになるし、でる楽しみがあるから。



「透き通るように白い肌、柔らかな淡い青色の大きな瞳、光に反射してきらめく銀の髪、形の良い小鼻につやのある唇、その上スタイルも良くて……」



 容姿はシャノンの好みにもど真ん中。

 あんな綺麗な人が義姉となるのならば、大歓迎だ。


 しかし、「お兄様が好きになるのもわかる」とほだされる寸前のところで、シャノンの理性が「待った」のブレーキを掛けた。



「はっ!? 容姿にだまされるところだったわ。

 見た目がどうあれ、問題は中身。中身よ!」



 危うく篭絡されてしまうところだった。


 シャノンが「危ない危ない……」と取りつくろうと、シェリルは呆れた表情でジトッと見つめて来た。

 視線が痛い。



(し、仕方ないじゃない、可愛いものには弱いのよ!)



 心の中で叫び、視線に耐えていると、身支度が済んだことを知らされて、再び入室。

 きちんと身なりを整えられ、ハーフアップに髪をまとめた彼女が座る対面のソファへと案内された。



(やっぱり可憐かれん女性ひと……。でもだめ、ちゃんと中身を知るまではわからなんだから!)



 ついつい食い入るように見つめてしまうが、シャノンは惑わされてなるものか、と頭を振った。



「先ほどは、お姉様が大変失礼致しました。

 わたくしはシェリル・フォン・グランベルと申します。

 そして……」



 隣に座ったシェリルが腕をつついてくる。

 挨拶をしろという事だろう。


 しかし、シャノンは見目麗しい彼女を直視出来ず。

 プイッと顔をそらした。



「挨拶ならさっきしたわ」


「そういう事ではなくて……」



 シェリルが何度目かわからないため息をついた。

 その後に、



「こちらがシャノン・フォン・グランベル。わたくしの双子の姉です」



 と、こちらを身振りで紹介した。



「シャノンさんにシェリルさん、初めまして。

 ご丁寧にありがとうございます。私は——私の名前は……えっと……」



 彼女は至極礼儀正しく、お辞儀を返す。

 所作も綺麗だ。

 記憶がないと聞かされていたけど、それを感じさせない振る舞いだと思った。


 名前を言いよどんだ彼女の様子には疑問をいだいたが——ふと、兄から渡された手紙の存在を思い出す。



(確かポケットにしまって……あった!)



 軍服の内側のポケットをまさぐってそれを取りだすと、テーブルの上へ置いた。



「これ、お兄様から預かった貴女への手紙よ」


「……ありがとうございます」



 彼女は手紙を受け取ると、その場で中身を取り出して目を通している。


 何が書かれているのかは知らない。

 シェリルも同様だろう。


 しばらくすると、読み終えた彼女がわずかに微笑んだ。



(……悔しいけど、可愛い)



 あの笑顔で兄を篭絡ろうらくしたのかな、と下世話な事を考えてしまう。



(ああ見えてお兄様も、可愛いものに弱いものね)


「私の名前……やっぱり、そうだったんだ」


「ん? お兄様と会ったんでしょう? その時に聞かなかったの?」


「あ、えっと、色々あって。ちゃんとお話し出来なかったんです」



 彼女は気まずそうな表情を浮かべている。



(目覚めて会いに行ったって聞いてたけど、どういうこと?

 記憶喪失きおくそうしつだって聞いて動揺した?

 ——それにしても、肝心の名前を伝え忘れるなんて)



 普段の冷静沈着で、何事も完璧にこなす兄からは考えられない行動に、まぶたまばたかせた。



「お兄様らしくない失態しったいですね……」



 シェリルの耳打ちにシャノンはうなずいた。


 ただでさえ記憶がなくて困っていただろうに「どうして教えてくれなかったの?」と非難されても仕方のない状況だ。


 彼女はまぶたを閉じて「ふぅ」と息を吐いている。

 それがどんな心境から来るものか、わからない。



(怒るの? 泣くの?

 それとも——?)



 身構えていると、勿忘草わすれなぐさ色の瞳が開かれ、つやのある唇が動く。

 シャノンは恐る恐る、つむがれる言葉を待った。



「お手紙ありがとうございます。改めまして、私の名前はイリア……イリアです。

 シャノンさん、シェリルさん、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」



 咲いた花のように微笑んで彼女は言った。


 笑顔から目が離せない。

 怒るわけでも、悲しむわけでもなく。

 純粋な好意が見える。



(何よ……中身まで綺麗だなんて、これじゃあ非の付け所がないじゃない)



 悔しさはあったが、兄が見初みそめた人なだけはある、と認めざるを得ない。



(それに、着飾り甲斐もありそうだし。

 考えて見れば最高じゃない?)



 可憐で美麗。

 見た目に違わぬ性格の美しさ。

 こんなハイスペックな優良物件は滅多にない。


 この邂逅ですっかりイリアを気に入ってしまったシャノンは、イリアをで、時に姉の様にしたうようになる。


 そして結局、兄の恋人というのは誤解であったと後に知るのだが——。

 それも遠くない未来で真実になると、シャノンは信じて疑わなかった。

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