退出した扉の前。
シャノンは、こめかみを押さえて深いため息を付くシェリルの隣で、目に焼き付いた彼女の姿を思い返した。
「……ねえ、シェリル。……見た?」
「何をですか?」
「イリアさんよ! 綺麗な人なのは寝ててもわかったけど、何あれ? お人形? 可愛すぎる……!」
シャノンは可愛い物、綺麗な物が大好きだ。
見ているだけで、満たされた気持ちになるし、
「透き通るように白い肌、柔らかな淡い青色の大きな瞳、光に反射してきらめく銀の髪、形の良い小鼻に
容姿はシャノンの好みにもど真ん中。
あんな綺麗な人が義姉となるのならば、大歓迎だ。
しかし、「お兄様が好きになるのもわかる」と
「はっ!? 容姿に
見た目がどうあれ、問題は中身。中身よ!」
危うく篭絡されてしまうところだった。
シャノンが「危ない危ない……」と取り
視線が痛い。
(し、仕方ないじゃない、可愛いものには弱いのよ!)
心の中で叫び、視線に耐えていると、身支度が済んだことを知らされて、再び入室。
きちんと身なりを整えられ、ハーフアップに髪を
(やっぱり
ついつい食い入るように見つめてしまうが、シャノンは惑わされてなるものか、と頭を振った。
「先ほどは、お姉様が大変失礼致しました。
そして……」
隣に座ったシェリルが腕をつついてくる。
挨拶をしろという事だろう。
しかし、シャノンは見目麗しい彼女を直視出来ず。
プイッと顔をそらした。
「挨拶ならさっきしたわ」
「そういう事ではなくて……」
シェリルが何度目かわからないため息をついた。
その後に、
「こちらがシャノン・フォン・グランベル。
と、こちらを身振りで紹介した。
「シャノンさんにシェリルさん、初めまして。
ご丁寧にありがとうございます。私は——私の名前は……えっと……」
彼女は至極礼儀正しく、お辞儀を返す。
所作も綺麗だ。
記憶がないと聞かされていたけど、それを感じさせない振る舞いだと思った。
名前を言い
(確かポケットにしまって……あった!)
軍服の内側のポケットをまさぐってそれを取りだすと、テーブルの上へ置いた。
「これ、お兄様から預かった貴女への手紙よ」
「……ありがとうございます」
彼女は手紙を受け取ると、その場で中身を取り出して目を通している。
何が書かれているのかは知らない。
シェリルも同様だろう。
しばらくすると、読み終えた彼女が
(……悔しいけど、可愛い)
あの笑顔で兄を
(ああ見えてお兄様も、可愛いものに弱いものね)
「私の名前……やっぱり、そうだったんだ」
「ん? お兄様と会ったんでしょう? その時に聞かなかったの?」
「あ、えっと、色々あって。ちゃんとお話し出来なかったんです」
彼女は気まずそうな表情を浮かべている。
(目覚めて会いに行ったって聞いてたけど、どういうこと?
——それにしても、肝心の名前を伝え忘れるなんて)
普段の冷静沈着で、何事も完璧にこなす兄からは考えられない行動に、
「お兄様らしくない
シェリルの耳打ちにシャノンは
ただでさえ記憶がなくて困っていただろうに「どうして教えてくれなかったの?」と非難されても仕方のない状況だ。
彼女は
それがどんな心境から来るものか、わからない。
(怒るの? 泣くの?
それとも——?)
身構えていると、
シャノンは恐る恐る、
「お手紙ありがとうございます。改めまして、私の名前はイリア……イリアです。
シャノンさん、シェリルさん、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
咲いた花のように微笑んで彼女は言った。
笑顔から目が離せない。
怒るわけでも、悲しむわけでもなく。
純粋な好意が見える。
(何よ……中身まで綺麗だなんて、これじゃあ非の付け所がないじゃない)
悔しさはあったが、兄が
(それに、着飾り甲斐もありそうだし。
考えて見れば最高じゃない?)
可憐で美麗。
見た目に違わぬ性格の美しさ。
こんなハイスペックな優良物件は滅多にない。
この邂逅ですっかりイリアを気に入ってしまったシャノンは、イリアを
そして結局、兄の恋人というのは誤解であったと後に知るのだが——。
それも遠くない未来で真実になると、シャノンは信じて疑わなかった。