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第十二話 リエゾンからの帰還

 聖歴二十五にじゅうご年 エメラルド月十九じゅうく日。


 ルーカスが公爵邸に帰って来たのは、リエゾンの魔狼まろう事件が発生してから七日後の朝だった。



(リエゾンの魔狼まろう事件は、一先ひとまずの終息を見せた)



 だが、被害を受けた町の復興も残っており、安全確認や諸々の作業に時間をようした。

 完全に魔狼の脅威きょういがなくなったと確認され、特務部隊の撤収が決定したのはつい二日前。



(万が一を考慮して、リエゾンにはアイシャを指揮官とし、警戒のため半数を残す事にした。

 騎士団から派遣された人員はしばらくの間、現地に留まり支援活動を続ける方針だ。

 ……住民が安心に暮らせるよう、一刻も早い復興を願うばかりだ)



 撤収した特務部隊が王都へ帰り着いたのは夜半過ぎの事。



「皆、長期の任務ご苦労だった。今日はゆっくりと疲れを癒してくれ」



 ルーカスは団員達にねぎらいの言葉をかけるとそのまま解散とし、自分は特務部隊の執務室へ足を運んだ。


 さすがにこの時間ともなると、留守の間、団長代理を任せたロベルトの姿はなかった。

 しかし、机の上には分類された書類が綺麗に並べられていて。



(几帳面ならしい仕事ぶりだな)



 と、ルーカスは頼もしい右腕が支えてくれている事に、感謝の微笑みを浮かべた。


 そうして、いつもより静かな空間で自分の決裁が必要な書類に目を通していき。

 夜が明けたところで、出勤したロベルトと遭遇して——。



「仕事はいいですから、まずは帰宅してください!」



 挨拶交わす間もなく執務室から追い出されて、馬車へ詰め込まれた。


 雑な扱いには不満を覚えたが、「休め」ということだろう。

 自分を心配しての強硬手段だとルーカスは理解して、大人しく帰路へ着いた。






 ❖❖❖


 馬車に揺られること数十分。

 揺れに眠気を誘われながら、ルーカスは公爵邸前へ到着した。


 馬車を降ると、朝日が燦々さんさんと降り注いでおり、徹夜明けに浴びるそれはとてもまぶしく感じられた。

 門をくぐって、邸宅へ続く道を歩む。


 玄関に近付くと「お兄様!」と呼ぶ声がした。

 よく聞き慣れた、元気な声。

 目を細めて見れば、出迎えに待っていたのだろう妹シャノンの姿が映った。


 すると、シャノンはこちらの視線に気付くなり、階段の上から跳んで——。

 咄嗟とっさにルーカスは両腕を広げ、勢い良く胸へ飛び込んで来るシャノンを抱き留めた。



「こら、危ないだろ」


「お兄様なら受け止めてくれるでしょ?」



 そうは言うが、肝が冷えた。


 喜びをあらわわにしたシャノンが、ぎゅっと抱き着いて来る。

 ふわふわの桃色の髪が頬に触れてくすぐったい。


 シャノンの行動ははたから見れば「淑女レディがみっともない」とか「礼儀作法れいぎさほうがなってない」と言われ兼ねない。



(もっともこの場にそんな野暮を言うやからはいない。けど、後でシェリルにとがめらそうだな)



 姉と妹。逆転した双子の姉妹の立場を思い浮かべて、くすりと笑ってしまう。


 ルーカスはシャノンの頭へ「ぽん」と手を乗せ、優しくでる。

 シャノンが嬉しそうに「えへへ」と満面の笑みを浮かべた。


 一週間ぶりの再会だ。じんわりと再会の喜びが心へ染み出していく。



「ただいま、シャノン」


「おかえり、お兄様」



 シャノンはもう一度、ぎゅっと抱きついた後、ゆっくり体を離しルーカスの隣へ並び立った。

 ルーカスは妹と共に玄関へ向かって歩く。


 階段の上に、執事長を筆頭にして侍従・侍女達が並び、扉前にシェリル、リシア、そして——イリアの姿があった。



みな……それにイリアも。迎えに出て来てくれたんだな)



 彼女の姿があったことは少し意外だったが、元気な姿が見られてルーカスはほっとする。


 定期的に妹達から来る通信で様子をうかがってはいたものの、実際に顔を合わせなければわからない事もある。



「おかえりなさいませ、お兄様」


「団長さん、おかえりなさい!」


「無事のご帰還、何よりでございます。おかえりなさいませ、ルーカス様」



 階段をのぼり切ると、シェリル、リシア、執事長に出迎えの言葉を掛けられ、胸が温かくなった。



「ただいま。みな出迎えありがとう」



 無事に帰り着いた事と、再会に感謝を込めて告げた後。

 ルーカスはイリアへ視線を向けた。


 すると、彼女もこちらへ視線を送っており、勿忘草わすれなぐさ色の瞳とかち合った。


 彼女は唇を開けて、閉じて。それを繰り返しながら視線を彷徨さまよわせ、そわそわしている。


 何かを伝えたいのに言葉に出来ない。

 そんな様子だ。



(まともに話す事が出来ないまま、任務へ出てしまったからな……)



 しかも、目覚めた彼女との邂逅かいこうは、お世辞にも印象が良いとは言い難い状況だった。

 あの時の謝罪もまだ出来ていない。

 ここは自分から声を掛けるべきだろう。


 ルーカスはイリアの側へ歩み寄る。

 一歩、二歩……と距離を詰めると彼女が見上げて来て。そのんだ青い虹彩こうさいにドキリと鼓動が跳ねた。



(……緊張する)



 会話を交わすのは、あれ以来。

 何から話せばいいか、わからなくなる。


 だが、ここで足踏みしていては、紳士の名折れだ。

 ルーカスは緊張を飲み込んで、言葉をつむいでゆく。



「……久しぶり、だな。体調は、大丈夫か?」


「あ……はい。お久ぶり……です。お陰様で、元気です」


「そうか。……何か困った事は?」


「いえ……皆さん良くして下さるので、特には……」


「…………そうか」



 もっと気の利いた言葉をかけたいのに、上手く言葉が見つからない。

 ぐるぐると思考を巡らすが——考えれば考えるほど、何を言えばいいのかわからなくなって、会話が続かなかった。



(自分の不甲斐なさに呆るな……)



 ルーカスは眉間にしわを寄せた。

 イリアはそわそわと指を動かしたまま、うつむいている。



(きっと聞きたい事が沢山あるよな……)



 だというのに、お互いに思っている事を口に出来ない。

 そんな、もどかしい空気が流れた。

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