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第十話 絶対零度・氷獄檻≪グラスネージュ・エンファージ≫

 リエゾンを襲った魔狼まろうの手がかりを探索する中、遭遇した未知の現象。魔狼まろうを吐き出す漆黒しっこくの大穴——ゲート

 それを排除するため、ルーカス達一班は別動隊として作戦行動に移った。


 まずは町に近い地点、東側から。

 目標地点へアイシャの誘導ゆうどうに従って移動する。


 的確な誘導のお陰で魔狼まろう遭遇そうぐうする機会は少なく、順調に進んで行った。


 とある地点まで来たところで「ストップ。……多分、見つけたわ」と、アイシャが制止を掛けた。


 ルーカスたちは足を止める。

 アイシャは約五十メートルほど先を指差しており、全員がその先を見た。


 遠目であるため少しわかりにくいが、視認できる。ゲートと呼称された漆黒しっこくの大穴が宙に浮かんでいる。


 そしてゲート輪郭りんかくがゆらめくと魔狼まろうが出現した。その瞬間を目撃したアイシャが、眉間にしわを寄せる。



魔狼まろうを吐き出す漆黒の闇……か。ゲートとは上手く言ったものね」



 一方通行か、相互通行可能かは不明だが、出入り口と言う意味を込めてルーカスはそうしょうした。



「しっくり来るネーミングだろう?」


「ええ、これ以上ないくらいに」



 ルーカスは一笑いっしょうを伏し、ゲートの周辺を観察する。

 魔狼が少なくとも十数体、周囲をうろついている。



「さて、どう攻略するか……」



 ルーカスは思考をめぐらせる。



(崩落の危険を考慮する必要があった坑道と違って、魔術の制約はない。アイシャの魔術で牽制けんせいし、攻勢をかけるのが堅実だろうな。愚直ぐちょくに斬り込んで行く必要はない)



 であれば、とルーカスは瞬時に考えをまとめ、行動を提示しようとしたところで——。



「坑道の中でやったみたいに、オレらが道を切り開いて団長が斬り込みます?」



 ハーシェルに尋ねられた。



「いや、今回は——」


馬鹿ばかね。私がいるんだからそんな事する必要ないでしょう」


「あー……。そいや居ましたね、氷水こおりみずの魔女さんが」



 ハーシェルは自身を一蹴いっしゅうしたアイシャの言葉が気にさわったのか、仕返しと言わんばかりに彼女の異名を揶揄やゆしてみせると、アイシャが冷ややかに微笑んだ。



「あら、喧嘩けんかを売っているのかしら?」


「最初にバカ呼ばわりして、ケンカを売って来たのはそっちだろ?」


「言葉のニュアンスくらいさっしなさいよ。に受けるなんて、それこそ馬鹿ばかのする事だわ」


「ほら! やっぱりバカにしてんだろーが!」


「貴方の思考の足りなさをあわれには思っているわね」


「何だって?」



 話がさえぎられてしまった上に、言い合いが過熱して口喧嘩が勃発ぼっぱつ

 するどく細められた淡緑玉エメラルド紫水晶アメジストの瞳が、お互いをにらみつけている。



(……話が進まない)



 今は作戦行動中だ。それをさまたげる行動には、流石にルーカスもきゅうえずにはいられず。



「二人ともそこまでだ! ケンカなら後にしろ」



 怒号を飛ばす。と、アイシャは肩をねさせてしゅんと項垂うなだれた。

 対してハーシェルは宙に視線を向け、自分は悪くないと言わんばかりの表情を浮かべている。



「申し訳ありません、団長」


「すんませんっした」



 深々と頭を下げるアイシャと違って、ハーシェルは渋々しぶしぶと言った様子だ。

 態度からしてあまり反省の色が見られなかった。


 だが、叱責のために無駄な時間を過ごすのは得策ではない。



「ハーシェル、次問題を起こしたら始末書だからな」



 重ねて灸を据えて、ルーカスは話を切り上げた。



「うえっ?! なんで俺だけ!」



 「不公平だ!」とごちるハーシェルに、アーネストが「自業自得。おまえが不真面目だからだろ……」と言い放つ。全くもってその通りである。


 そのようなやりとりを経てようやく。作戦のすり合わせをおこなえる状況が整った。

 ルーカスは気を取り直して指示を出してゆく。



「アイシャ、魔術で魔狼まろう牽制けんせいを頼む。動きがにぶったところで、俺とハーシェルが突っ込んでゲートを破壊する。

 アーネストはアイシャの護衛とサポートを。

 ゲートを破壊した後は、残った魔狼まろうを各個撃破。終わり次第、次の地点へ移動しよう。

 流れとしては以上だ。質問はあるか?」



 三人へ視線を送ると、アイシャが黙考もっこうしており、ほどなくして一つの提案がなされた。



「威力の低い魔術ではゲートに傷一つ付けられなかったというお話でしたが、牽制けんせいついでに、高位魔術での破壊が可能かどうか、試してよろしいですか?」


(……悪くないな)



 ルーカスとしても、以外にゲートの破壊が可能なのか?

 という点が気になるところであった。


 もし今後同じ様な状況が起きた場合、ルーカスの力以外に解決の方法がなかったとしたら——厄介やっかいな事この上ない。



(少しでも有効な手段を模索もさくしておくべきだろう)


「許可しよう。ただし一回限りだ。この後いくつゲートがあるかわからないからな、損耗そんもうは避けたい」


「はい、了解です」



 アイシャがうなずいた。他の二人も特に異論はない様だ。


 四人は顔を見合わせて、準備万端の返事の代わりにうなずき合った。



「よし! アイシャ、頼んだぞ」


「ご期待に沿えるよう、尽力します」



 アイシャはロッドを手に取ると魔術詠唱のため、まぶたを閉じ精神統一に入る。

 足許あしもとに魔法陣が展開し、視覚化したマナが燦々さんさんきらめいた。



「さ、お手並み拝見といきますか」



 ハーシェルが双剣を構え、ゲートから吐き出される魔狼まろうとの交戦に備えた。


 アーネストもアイシャの近くにひかえ、配置についている。

 ルーカスも右手で刀を抜くと持ち手を変えて、力の解放のためにコードをつむぐ。



「第一限定解除。コード『Λラムダ-150930』」


『コード確認。第一限定、開放リリース



 左の腕輪の魔輝石マナストーンが赤く輝きを放ち、腕を伝ってくれないのオーラが刀身へと宿った。



『——極寒ごっかんの息吹、吹き荒ぶ風。大気に満ちるしずくよ、氷結せよ。氷牢ひょうろうと成りて、世界を白銀へといざなわん』



 アイシャの詠唱が始まった。マナの輝きが増していく。

 発動しようとする魔術に感化され、凍り付く冷風が周囲に吹き荒れた。



ちよ、氷塊! 行く手をはばおろかなるやからを、絶対零度ぜったいれいどおりへといましめん!』



 マナの高まりに大気が震えている。

 氷の結晶である白い雪をまとった風が、アイシャを中心にうずを巻く。



絶対零度・氷獄檻グラスネージュ・エンファージ!』



 術の名が告げられ、魔術による神秘が形と成る。


 大気を支配した凍える空気が吹雪を呼び起こし、ゲートとその周囲一帯にするどい氷の塊がいくつも生まれでた。


 おり——さながら墓標の様に地面から突きでた無数の氷塊は、魔狼まろうを的確につらぬき、あるいは氷塊へ閉じ込め、絶命へといたらしめる。


 そして極寒の冷気の余波が吹雪と共に駆け抜け、一面を白銀に染め上げた。


 ルーカスとハーシェルは魔術の完成を見届けるとゲートへ向かって駆けた。


 〝絶対零度・氷獄檻グラスネージュ・エンファージ〟——氷属性の上級魔術。

 その威力は絶大だった。


 白銀が積もる氷塊の地に、生存している魔狼まろうは見当たらない。



魔狼まろうの取りこぼしはなさそうだな」


「これでゲートも破壊出来てれば万々歳ばんばんざいなんすけどね」



 しかし——。

 氷塊の中で漆黒しっこくの闇がゆらゆらと揺蕩たゆたっている。


 上級魔術の威力をもってしても、ゲートの破壊は叶わなかった様だ。



「……まあ、そう都合よくはいかないか」


「あー、ダメかぁ」



 ゲートの健在を確認してルーカスが眉根を下げると、隣でハーシェルもがっくりと肩を落とした。



「団長の力がなかったマジで詰みっすね、これ」



 ハーシェルがゲートとらえた氷塊をコンコンッと手でノックして見せる。


 破壊は叶わなかった。

 だが、さすがに氷に封じられては、機能しないのか、魔狼まろうが出現する様子は見られない。



「……いや、無駄骨という訳でもなさそうだ。意外な収穫があったな」


「へ?」


「下がっていろ。今はこれを排除するのが先だ」


「了解っす」



 ルーカスはハーシェルが後ろへと下がったのを確認して、刀のつかを握る手に力をめる。


 視界に真っ直ぐ目標をとらええて、刀を左から右へ水平に薙ぎ払うと——「ヒュンッ」と風を斬る音がした。


 破壊の力をまとった刀の太刀筋から力が作用し、ほどなくしてゲートは氷塊もろとも崩れて消え去った。


 振り抜いた刀を鞘に納めると、ルーカスはきびすを返し、ハーシェルと共にアイシャとアーネストが待機する地点へと歩く。


 見れば二人もこちらへ向かっており、互いに歩み寄る形で合流する。



「力及ばず申し訳ありません」



 開口一番、アイシャは紫の階調グラデーションに色を変える青髪を揺らして頭を下げた。

 表情からありありと申し訳なさが伝わって来る。


 真面目だな、とルーカスは苦笑いしてしまう。


 ゲートの破壊——そのこころみが失敗した事は残念だが、作戦事態は何の問題もない。むしろ魔狼まろうを一網打尽にして、期待以上の成果もあった。



「謝るどころか、むしろ有益な情報が得られたぞ」


「え? 情報ですか?」


「ああ、移動しながら話そう。次の地点への案内を頼む」


「了解です、団長」



 背後で「おまえ何か気付いたか?」「全然」と言うハーシェルとアーネストのやりとりが交わされていた。

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