激しい攻防の末ドレスアップを終えたイリアは、シャノンとシェリルに連れられてお茶会のため庭園に設けられた場へと場所を移した。

　天気は快晴。手入れが行き渡り整えられた庭園は、陽光に照らされて見事な美を演出している。

　お茶会の会場にはガーデンテーブルが置かれていた。桃色のテーブルクロスの上に純白のレースのあしらわれたクロスが敷かれており、アンティーク調ながら上品なデザインの白いチェアとセットでとっても可愛らしい。

　各自、侍女の案内で席へ案内され、チェアを引かれて腰を下ろした。

「ふふ。二人ともとても似合っています」

「ドレス選びに苦労した甲斐かいがあったわね」

　双子の姉妹が満足げに微笑んでいる。

　イリアは気恥ずかしさに頬を染めながら、同じく双子の手に掛かりドレスアップされたリシアと声を揃えて「ありがとうございます」と口にした。

　リシアは治癒術師ヒーラーの祭服が連想させる、清楚せいそで優しいイメージから一変してシックで大人な装いに変身していた。

　ドレスはシースルー生地と光沢のある生地で仕立てられた黒いスレンダーラインのデザイン。

　足元の裾すそから覗のぞくヒールは黒、花柄のメッシュが上品だ。

　ドレスに合わせて化粧も華やかに、唇には赤いグロスが艶つやめいていた。

　髪もしっかりとセットされている。ふんわりとしたボブ調の髪型の毛先にはゆるやかなウェーブが作られ、側頭部に金の髪飾り。耳元には青いサファイアのイヤリングが輝いていた。

　イリアはまさか自分を助けてくれた彼女が同じ末路を辿たどっているとは思っておらず、あの恐ろしい体験をしたのかと思うと、同情せずにはいられなかった。

　けれど——。

「リシアさん、とても綺麗です」

「そう……ですか？　ありがとうございます。イリアさんも、すごく素敵です！」

「ありがとうございます。でも、なんだか落ち着かないです。汚してしまったらどうしようって……」

「私もです。あまりこういった装いをする事がないのでむずむずします」

　イリアはリシアと顔を見合わせて、笑い合った。

　褒められて照れくさい気持ちと、緊張感からそわそわと体を動かしてしまう。

「所作しょさや作法さほうは気にしなくて大丈夫ですので、気を楽にしてくださいね」

「そそ。楽しまないとね！」

　そうは言っても条件反射で緊張してしまうのでどうしようもない。

　会話を広げている間に、茶器とお茶菓子が給仕の侍女達により運ばれて来た。

　侍女達はテーブルの上へお茶菓子の乗ったケーキスタンドを並べ、ティーカップへと紅茶を注ぎ淹れ、それぞれの目の前へ置いて行く。

　全員へ行き渡ったところで「さあ、始めるわよ！」と言うシャノンの言葉を合図に、四人のお茶会は幕を上げた。

「どうぞ、お召し上がりくださいね」

　シェリルが微笑んで、お手本を見せるかのようにカップを持ち上げ、紅茶を口にした。育ちの良さが窺える綺麗な所作だ。

　所作や作法は気にしなくて良いと言われたが、こうも完璧な姿を見せらては粗相をする訳にはいかない。

　イリアはシェリルに倣ってティーカップを持ち上げ、唇を寄せる。

　砂糖やミルクは入れず、ストレートの紅茶だ。茶葉の芳香ほうこうが鼻をくすぐり、程よい苦みと甘みが口に広がっていく。

（……美味しい。この紅茶……ここで頂いたお茶の中で、一番好きかも）

　目覚めてからこれまで、何度かお茶を頂く機会があった。どれも丁寧に淹いれられており「美味しい」と感じていたが——。

　不思議な事に、今飲んだお茶は一段と美味しく感じて、イリアは顔を緩ゆるませた。

「お口に会いましたか？」と、手にしたカップをそっとソーサーへと戻しながら、シェリルが問いかけてくる。

「はい。とても美味しいです」

「気に入って頂けて良かったです。実はこのお茶はお兄様おすすめの銘柄めいがらなんですよ」

「……そうなんですね」

　お兄様——。彼女が言うお兄様とは一人。思い浮かぶのはあの人だ。

　手紙を残して長期の任務へ出てしまった彼、ルーカスの事だ。

（彼と……話をしたかったのに）

　再会は叶わず、貰った一通の手紙には綺麗な文字で、謝罪の言葉とこちらを思い遣やる言葉が綴つづられていて。

　彼の本来の優しさが伝わるかのようだった。

（でも、彼は私の事を知っているみたいなのに、記憶については何も……。核心に触れる事は書いてなかった）

　まずはゆっくり休んで欲しい、と。彼の気遣いは嬉しい。けれど、手掛かりが目の前にあるのに届かないのは、もどかしい。

　自分でも過去について思い出そうとしたが——やっぱりダメだった。

　思い出そうと記憶について考えると、決まって頭が痛くなる。

　痛みに耐えられたとしても、霧きりに阻はばまれて、次第に考えが真っ白になって行き——まるで何も考えるなと言われてるみたいに、思考出来なくなった。

（だけど、これだけは覚えている。私には何か〝使命〟があった。

　それがとても大切な事であったのはハッキリ覚えてる）

　「思い出せ！　思い出せ！」と叫ぶ声が、思考の奥底からしきりに聞こえてくるのだ。

（……思い出さないと、いけないのに）

　考えると頭が痛くなって、胸が締め付けられるように苦しくて。

　苦しさの後にはじりじりと胸を焦がす思いが残り——そんな事の繰り返しだった。

（私を知ると言う彼は、唯一の手掛かり。早く、話がしたい）

「いつ戻ってくるのかな……」

　ぽつり、と言葉が零こぼれた。