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第四話 ドレスアップは戦争だ

 ——同時刻。

 ルーカスがリエゾンの坑道を探索していた頃。


 イリアの滞在する公爵邸の客室には、ドレスルームから持ち出されたドレスがずらりと並んでいた。


 そこでかれこれ数時間。イリアはルーカスの妹・双子姉妹シャノンとシェリルにドレスを取っ替え引っ替えされていたのだ。


 今も侍女たちの手によって新たなドレスを着せられたところで、着替えが終わると二人の前へ連れて行かれた。


 あざやかなあかい瞳、ふわふわのウェーブがかった桃色の髪。白と赤を基調とした揃いの軍服。鏡合わせのように瓜二つの可愛らしい顔が、イリアを覗き込む。


 彼女達は頭からつま先までこちらを眺めて——。



「困りましたね。いまの白いドレスも素敵ですけど、さっきの赤のドレスも捨てがたいですよね」


「なら、こっちの藍色と黒のドレスはどう? 少し露出が多いかな」



 シェリルはうーんとうなりながら首をかしげ、シャノンは新たなドレスを手にして見せた。



「あの……私、これで……」



 「これでいいです」とイリアは伝えようとするが。



「イリアさんスタイルが良いから、何を着てもお似合いで、困ってしまいますね……」


「どうしよう。どれがいいかなぁ?」



 二人は多彩なデザイン、色とりどりのドレスを手に頭を悩ませている。気付いてくれない。

 自分の意思など関係なく、目まぐるしくドレスチェンジは行われていく。


 イリアは泣きそうになりながら思った。



(これじゃあまるで、着せ替え人形だよ……!)



 ——と。そしてこうも思う。



(どれでもいいから早く解放して……!)



 うったえかけるように双子へ視線を送るが、ドレス選びに夢中でまるで見ていない。

 何でもいいからこの状況から抜け出す術はないかと、イリアは辺りを見回した。


 すると、双子の後ろ。部屋の入り口付近であわあわとしている女性を見つける。


 赤と金の装飾が施された純白の法衣をまとった彼女。森で治癒術を掛けてくれたリシアだ。


 イリアは一縷の望みをかけて、彼女へ視線を送る。

 すると、祈りが通じたのか。黒瑪瑙オニキスの瞳と目が合った。


 目で必死に訴えながら、心の中で叫ぶ。



(……うう、リシアさん、助けて!)



 リシアの漆黒しっこくの瞳がハッとしたように見開かれた。そして、大きく。こくりと首を縦に振った。どうやら意図を汲み取ってくれたようだ。


 どのように解決してくれるのか。それは彼女に委ねるしかないが、地獄に仏。

 イリアは両手を握り合わせ瞼を閉じて「お願いします!」と心で願った。


 ——しばらくして。



「これ! これはどうですか!? イリアさんにとても良く似合いそうです!」



 あるドレスを片手にかかげ、リシアが声を上げた。その場の視線が一か所に集まる。


 リシアが手に取って見せたのは水色のドレス。

 オフショルダーにフレアそで、Aラインのデザインでスカート部分は生地が幾重にも重なり軽やかさとボリュームを演出している。


 トップスのショールボレロは、花の刺繍ししゅうほどこされた透け感のある淡い水色の生地を使っており、ひだの大きめなフリル生地が段状にかさなり、袖口そでぐちすそ薔薇ばらの花のような立体感がある。


 首元には黒のリボン、結び目に金剛石ダイヤモンドがあしらわれていた。


 どれでもいいとは思ったが、シンプルだけれど上品で可愛らしいデザインのドレスにイリアは目をかれた。



「それ、それがいいです!」



 イリアは迷わず叫び、全力で肯定の意を示した。


 シャノンとシェリルは——と、二人の反応を見ると、納得の表情を浮かべ微笑んでいる。どうやら双子のお眼鏡にも叶ったようだ。



「確かに、イリアさんに似合いそう。センスがいいわね、リシア」


「このドレスであれば髪は結いまとめて、髪飾りには花をかたどったものを。イヤリングもそれに合わせて……」


「靴はこれね」


「ええ、良いと思うわ」



 姉妹はドレスが決まるや否や、髪型、アクセサリー、合わせる小物をとんとん拍子で決めて行った。


 一通り決まると「それじゃあ後はお願い(するわ)ね」と、イリアの着替えを手伝う侍女達にバトンが渡され、「お任せ下さい!」と意気揚々な返事が部屋に響く。


 イリアはそんな侍女達に両脇を抱えられ、再びドレスルームへと引き込まれていった。



「さあ、お嬢様あともう少しです」


「ここからは私達の腕の見せ所ですね」


「とびきり綺麗に仕上げてみせますよ!」



 にっこり笑顔で意気込む侍女に四方を囲まれたイリアは、彼女達のすがままに、ドレスの着付け、化粧、髪のセット——と、休む間もなく進められて行く作業へ、身をゆだねた。



(着飾るのがこんなに大変だなんて、思ってもいなかった……)



 けれど幾度となく繰り返したドレスアップも、ようやく終わりのきざしが見えたのだ。


 あと少し、ほんの少し、辛抱すればいい。

 そう思えば、耐えられないほどの苦痛ではなかった。






 そもそもの発端は「お茶会をしよう!」というシャノンの提案だ。何故そんな事になったかと言えば——。


 イリアが双子の姉妹と出会ったのは、ルーカスと顔を合わせた後。


 彼女達は急遽きゅうきょ長期の任務へ就く事になってしまったルーカスに代わり、手紙を持って公爵邸へとやって来た。



(シャノンさん、シェリルさんは私の護衛。リシアさんは私専属の治癒術師ヒーラー。ルーカスさんの手紙にはそう書いてあった。シャノンさんから「これから一緒に過ごすんだし、まずはお互いを知る為にもおしゃべりしない? ずばりお茶会よ!」というお茶会の提案があって……)



 記憶がない身の上だ。色々と聞きたい事もあったので、イリアは二つ返事で了承した。


 それが受難の始まりであるとも知らずに。


 返事をするなり「せっかくだから着飾って、豪華ごうかにしないとね」——と、シャノンとシェリルは満面の笑みを浮かべた。……怖いくらいの笑顔で。


 一瞬、魔獣を見た時のような恐怖を感じた。

 嫌な予感はしたが、気のせいだとイリアは思いたかった。



(だってまさか、着せ替え人形のごともてあそばれる事になるだなんて。微塵みじんも思わなかったんだもの……)



 思考している間にも、侍女達の手によって準備は着々と進められて行く。


 そうして短くない時間が過ぎた頃。


 「お嬢様、お支度が終わりましたよ」と侍女の一人がイリアに告げた。

 装いを確認するための等身大の鏡が運ばれてくる。


 鏡を覆う布が、侍女達の手により外されて——自分の姿形すがたかたちがそこへと映り込んだ。



「いかがですか? お嬢様の持つ美しさ、可愛いらしさを引き立て、優雅ゆうがな仕上がりとなるよう頑張りました」



 侍女の言葉に、イリアは鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめた。

 鏡に映った姿は——目覚めた後に見た自分とは、また違う雰囲気をまとわせていた。


 装飾品もドレスも、キラキラと輝いている。

 足元はリボン調の飾りが可愛らしいキトゥーンヒールの白い靴。


 それに合わせるような髪型と化粧。


 ゆったりと垂らすように流しまとめられた髪の、頭頂部より少し後ろには、頭のラインに沿って金の土台に白と青の花をかたどった髪飾りが添えられている。


 化粧は派手過ぎないよう自然に。肌に艶を増すファンデーション。アイブロウで眉を整え、明るめのアイシャドウ。アイラインで目の輪郭を際立たせ、ビューラーで睫毛をカール。チークで頬へ赤みを足して、仕上げに唇へ薄紅色のグロス。


 とてもしっくりと来る仕上がりだ。



「これが、私……」


「侍女一同、心をめてお嬢様のお支度をさせて頂きました」



 自分の容姿はまだ見慣れないところもあるのだが、それでもわかる。

 彼女達が張り切って整えてくれたよそおいは、その言葉にたがわず素敵であるという事に。



「さあ、お嬢様参りましょう。シャノンお嬢様、シェリルお嬢様もきっとお気に召して下さると思います」


「はい。ありがとうございます」



 イリアは鏡へ映った自分にくすぐったい気持ちを抱きながら、双子とリシアの待つ部屋の扉へ歩みを進めた。

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