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第三話 潜む〝闇〟

 以降、ルーカス達は会話を繰り広げながら、魔狼まろうの手掛かりを探して坑道を進んで行った。

 そうこう話をしているうちに、だいぶ坑道の奥へと来ており——。


 ルーカスは一歩、足を運んだところで止まり。静止の合図に右手を水平に突き出した。

 レールが途絶えているのが見えたのだ。


 目線で仲間たちに待機するよう指示を出し、ルーカスはゆっくり一歩、また一歩、と地を踏みしめた。


 もしもの時にはすぐ抜刀できるよう、刀のつかに手を添える。


 十歩ほど進んだところで暗がりの奥が見え始め——。

 視線の先に手付かずの鉱床、岩壁がそびえ立つのを捉えた。



(どうやらここが最奥のようだ)



 注意深く辺りを観察する。


 壁には照明、足元は砂利と採掘の際に出ただろう鉱石のくず、採掘道具がいくつか転がっている。だが、鉱夫が見たと言う〝闇〟らしきものは見当たらない。



(……外れか)



 ルーカスは再度見渡してそこに何もない事を確認し、きびすを返した。


 待機した仲間の元へと戻ると、一斉に視線が集まる。

 首を横に振って空振りである事を伝えれば、みな肩の力が抜けたようでガクッと脱力した。



「骨折り損っすね」


「そんな事もあるさ。異常がなかった事を喜ぼう」


「そうですね。帰りの事を考えると少々気が入りますが」


「まあ、やっぱりかーって感じすけど、何も収穫なしってのはこたえるっすね、団長」


「言っただろ、何が手掛かりに繋がるかわからない。例え成果がなくとも、地道にやるしかないさ」



 団員達がうなずき、ハーシェルも後ろ髪をがしがし掻きながら「それが俺らの仕事っすもんね」と苦笑いを浮かべていた。


 空振りであれば長居する理由はない。



(早々に引き返し、外の探索班に合流すべきだな)



 だがその前に。ルーカスは仲間達にしばしの休憩きゅうけいを命じた。

 強行軍では体が持たない。心身の休息も必要だ。


 狭い空間で各々、束の間の休憩を過ごす。


 ハーシェルは座り込み、壁に背をもたれ掛けたアーネストと会話を交わし、七班の三人は仲間内で談笑している。


 ルーカスはこの時間を使って、各班の状況をリンクベルで確認し——ため息をついた。



(外の班も大した収穫はなし、か)



 いつの間にか通信するこちらの様子をうかがっていた七班の三人が、落胆する姿が見えた。進展がなかった事をさとったのだろう。



「一体どこに消えてしまったんだろう」


「これだけ探して見つからないって事は、もうこの付近にはいないのかもしれないぞ」


「でも、何の痕跡もないのは可笑おかしい」


「だよね? 足跡が山に入ってすぐのところで途絶えていたのも疑問だよ」



 消えてしまった魔狼まろうの行方について話を広げる三人の会話が、ルーカスの耳に届く。


 ——彼らが言うように魔狼まろうの足跡は、ベースキャンプから山へ入って数分歩いたところで忽然こつぜんと途切れていた。


 魔狼まろう捜索のため、本格的に山へ足を踏み入れたのは今日が初めての事。

 そのため、異変に気付くのが遅れてしまった。


 探知魔術で見つけられず、足跡もない。


 次々と起こる不測の事態イレギュラーに、誰もが動揺を隠せないでいた。

 大群であった事は間違いないのに、これほどまでに痕跡が見つけられないのは異常だ。



(まるで——)


「まるで瞬間移動でもしたみたいだね」



 三人の内の一人が、冗談交じりに肩を竦めた。

 ルーカスも同じことを思ったが、常識的に考えてあり得ない。


 設置型のマナ機関、瞬間移動門ワープポータル瞬間移動テレポーテーションの魔術では燃費の問題や一度に転移出来る質量には限界があり、不可能なのだ。



(だめだな、この線はなしだ。ありもしない事を考えても……答えには辿たどり着かない)



 ルーカスは思考を断ち切るように、頭を横に振った。



(さて、そろそろいいだろう)



 彼らはまだ話に花を咲かせていたが、休憩の時間は十分じゅうぶんに取った。

 ルーカスは仲間たちに出発を告げるべく、言葉をつむごうとした。


 その時だ。



 ゴゴゴゴゴゴッ



 ——と、地面から地鳴りのような重低音が響き、ルーカスが即座に警戒態勢を取った。

 次の瞬間。



 ドンッ!!



 鈍い音と共に、地面が大きく揺れた。



「なんだ!!」


「地震!?」



 「ゴーッ」と言う重低音と、激しい揺れがルーカス達を襲った。

 壁の照明が「ガタガタガタ」と音を立てて、左右に揺さぶられている。



(揺れが大きい……!)



 ルーカスは激しい揺れに立っている事ができず、たまらず膝を付いた。



「——くっ。『母なる大地よ、我らを護る盾となれ。なんじの加護を今此処ここに! 地母神の護盾テラメール・アムール!』」



 咄嗟とっさに、アーネストが魔術を詠唱した。

 展開した魔術は仲間たちの周囲を包んで、透明な膜の様な障壁を形成して行く。


 地母神の護盾テラメール・アムール——地属性、結界魔術の一つで、物理・魔術どちらにも効果のある防御魔術だ。


 とはいえ、魔術で揺れをどうにか出来る訳ではない。

 ただ——落石・落盤を遮る事は可能だろう。きっとアーネストもそれを期待しての事だとルーカスは思った。


 大地が震え、天井からパラパラと採石が降り注ぐ。


 坑道の崩落、と言う最悪の事態が思い浮かんだが、天災を前にすべはない。ただ揺れが収まる事を祈るしかなかった。






 そうして——。

 体感時間で一分ほど過ぎた頃だろうか。実際はもっと短かったかもしれない。

 段々と揺れが小さくなっていくのをルーカスは感じた。


 立っていられない程の震動はなくなり、ゆっくりとひざを持ち上げる。

 立ち上がった時には、揺れは完全に治まっていた。



「……みな、大丈夫か?」



 ルーカスは周囲を見渡し、一人一人の様子を確認した。



「生きた心地がしなかったぁ……」


「珍しく同感だ。……今回はイレギュラーの連続ですね、団長」



 ハーシェルはから笑いを浮かべて身震いをしており、アーネストはずれた眼鏡を直している。



「ぼ、ぼくは大丈夫です。二人も無事です」


「……肝が冷えましたよ」



 よほど驚いたのか一人は声をうわずらせ、一人は胸をおさえて、もう一人は——体格がいいくせに頭を抱えてうずくまっていた。


 幸い大事はないようで、ルーカスはほっと胸をでおろす。

 アーネストの機転で怪我人も出なかったようだ。


 すると、リリリン——と、ルーカスの耳のリンクベルがリングトーンを響かせた。



『団長! ご無事ですか!?』



 応答すると、聞こえてきたのは焦った様子のアイシャの声だった。



「ああ、大丈夫だ。そちらは大事ないか?」


『……良かった。はい、こちらも問題ありません』


「無事で何よりだ。一先ひとまず他の班とも連絡を——」


「団長!!」



 ハーシェルの叫び声が聞こえた。


 何事か、とルーカスが視線を向ければ、いつになく真剣な面持ちで彼の武器、腰の二対の剣柄けんづかを掴むハーシェルの姿が見えた。


 隣に並んだアーネストも同様に、鞘へ納まる剣のを握っている。


 七班の団員も緊張した面持ちで武器を構えてこちらを見て——。



(違う。見ているのは、俺のだ)



 うしろは行き止まり。ただ岩壁があるだけだ。



(いや、思い出せ。俺たちが何をしにここへ来たのか……!)



 ごくり。息を飲んで、ルーカスは振り返る。



『団長……?』



 アイシャの声が耳元で響く。

 が、振り返った先で目にしたに驚くあまり、返事など忘れていた。



「……なるほど。確かに〝闇〟だな」



 振り返った先、そこにあったのは真っ黒な、どこまでも真っ黒な——漆黒しっこくの大穴。

 ちゅうに浮かぶ、得体の知れない〝闇〟。


 鉱夫がそう表現したのも納得がいった。

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