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第二話 坑道の奥へ

 今回の調査にあたり、ルーカスは特務部隊の布陣を大きく四つに分けた。


 ルーカス率いる一班は坑道の調査。他の三つの班は坑道を起点に三班は西、五班は東、七班は北の方面へと探索に出た。



(坑道探索のため選抜したのは、一班からハーシェル、アーネスト、俺の三名と、七班から三名。計六名の団員。少数精鋭だ)



 坑道は狭く、大人数では何かあった時に機動性が落ちる。

 また使える魔術も限られる。下手に派手な魔術を使おうものなら道が崩れて行き埋め——なんて事になり兼ねない。


 その点を考慮しての人選だった。



(……思ったよりは広さはあるが、戦闘になった場合、やはり狭さがネックだな)



 坑内こうないの道幅は成人男性四~五人分くらい。天井は高さはルーカスの約二倍程だ。


 中を照らすための魔術器が壁に整備されているが、日中の外の様に一面明るくとはいかず。視覚強化に夜目シャノワールの魔術を使用した。


 ルーカス達は、運搬のために敷かれたトロッコのレールに沿って坑道内を進んだ。一列となって慎重に。


 「ザッ、ザッ、ジャリ」と、静かな空間に砕石交じりの地面を踏みしめる音が反響する。

 一本道と言っていたので迷う要素はない。前方の安全を目視で確認しながら、確実に奥へと進んでいった。


 ——どれくらい進んだ時だったろうか。


 足音だけが響き、緊張感の漂う空間に「はあ……」と、大きなため息をつく音が聞こえた。

 誰の物かわからない。「どうした?」と、ルーカスは声を掛けた。



「……過酷かこくすぎる」



 答えたのはハーシェルだ。



(確かに暗く、魔術を使っていても見通しが悪いため、平坦な道のりではないが……)



 もっと過酷かこくな環境での任務も今までこなしてきたと言うのに、突然どうしたと言うのか。ルーカスは首をひねった。



「この程度、過酷かこくと言う程でもないだろう?」


「ああ……違うんすよ、道がって意味じゃなくて」



 ならなんだと言うのか。ルーカスは疑問符を浮かべて足を止め、ハーシェルの言葉に耳をかたむけた。

 うしろに続いた団員達も同様に、ハーシェルの言葉を待っている。



「……華がない……むさ苦しい……おまけに会話もない。これを過酷かこくと言わずにはいられないっしょ!?」



 ハーシェルが大げさに両手を広げ力説した。突拍子もない発言に、その場の全員が思った事だろう。



「何言ってるんだ、こいつ」——と。



 ハーシェルの言う通り、この場にいるのは全員男だ。だが、適材適所。任務において男女の是非などない。


 会話がなかったのも、任務に集中している証拠。周囲に神経を尖らせているのだから、会話に割く余力などない。



(普段から不真面目な面に手を焼いてはいたが——)



「ここまで馬鹿だったとは」


「ええ、阿呆あほうです」



 心の中で呟いたつもりが、ルーカスの口からうっかり本音が出ていた。アーネストも追従している。



「んなッ!? アーネストはともかくだんちょーまで! お前らならわかってくれるよな? な?」



 ハーシェルが七班から選抜された団員に同意を求め、歩幅を詰めた。

 三人は一様に困ったような笑みを浮かべている。


 真面目に付き合うこともないのだが、彼らは何か言わなければと思ったのだろう。

 懸命に考えて、話題を捻り出して来た。



「ええっと……華と言えば、一班の紅一点こういってん、アイシャさんとても美人ですよね。〝氷水ひょうすいの魔女〟の異名は僕らの間でも有名で、憧れる団員は多いですよ」



 他の二人も「うんうん」とうなずいている。


 ——が、アイシャの名を聞いてハーシェルは眉をひそめた。



「……アイシャねぇ。確かに美人だ、うん。顔だけなら。けど、あんな冷たくて凶暴な女に幻想を抱くのはやめとけ! 思い出しただけで恐ろしい……」



 ハーシェルは肩を震わせ両腕を抱いた。

 「冷たくて凶暴な女」と言う主張に、ルーカスは首をかしげずにはいられない。


 アイシャは曲がった事が嫌いだ。

 規律を重んじ自他共に厳しい性格をしているが、冷たくて凶暴と言うのは語弊ごへいがある。



(もし怒らせたのだとしたら……原因は十中八九、ハーシェルにあるな)



 と、ルーカスは考えた。それはアーネストも同様だったようで。



「おまえ……アイシャさんに何したんだ?」



 眼鏡越しに、鋭い眼光がハーシェルを射抜く。

 かくして、ハーシェルから飛び出た答えは。



「アイシャって固いと言うか、距離があるだろ? だから仲良くなろうと思って、ちょこっと肩を抱いて——デートに誘おうとしだけなのに氷けにされたんだよ!」



 驚くべきものだった。突っ込みどころしかない。同意なき接触は一歩間違えばセクハラである。


 ルーカスはアーネストと共に頭を抱えた。

 他の団員も、目を丸くしている。



「そりゃ怒るわ。おまえ自分がモテるからって勘違いしすぎだ」


「対話なくして前進はない。仲を深めようと思うなら、まずは言葉によるコミュニケーションが基本だろう」


「ええー。触れ合う事で深まる仲もあるじゃないっすか」


「だめだ、こいつやっぱり馬鹿です」


「ああ、阿呆あほうだな」


「ひどっ!!」



 何事かと思えば、心配損である。

 ルーカスはため息を吐くと「馬鹿な事言ってないで先を急ぐぞ」と、止めた足を進めた。


 最後尾では納得がいかない様子のハーシェルが、一人あーでもないこーでもないと、とんでも理論を演説しているが、アーネストの突っ込みに一蹴いっしゅうされている。


 コントめいたやり取りを繰り広げる二人の様子に、団員達から時折、小さな笑い声がもれ聞こえた。


 そこでルーカスはふと思い至る。

 もしかしたらハーシェルは、緊迫する雰囲気をなごませようとしたのかも、と。


 適度の緊張感は大切だが、緊張しすぎてはいざという時に動けない事がある。



(仮にそうだとして、他にやりようはあっただろうに。まったく……困ったやつだな)



 ルーカスはハーシェルの間抜けな気遣きづかいに、笑うしかなかった。

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