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第一話 リエゾンの魔狼襲撃事件

 聖歴せいれき二十五にじゅうご年 エメラルド月十四日じゅうよっか


 王都オレオールより東。資源獲得に置いて重要な拠点の一つである、鉱山の町リエゾン。

 魔獣討伐任務を受けたルーカスは、団員をひきいてこの地に派兵された。


 事の起こりは、登城したルーカスが陛下と父に相談を持ち掛けていた時に舞い込んで来た一報だ。



(狼型の魔獣——魔狼まろうの大群による襲撃……か。

 町長からの緊急通話で届いた情報によると、突如とつじょとして北の山の方から魔狼まろうが押し寄せて来たらしい。まるで大波のように)



 あまりの数に現地の戦力では対処しきれず、家屋や農作物、そして大きな人的被害が出たという。



(……実際、到着した町の有様は……酷いものだった。思い出しても胸が痛む)



 そこかしこに残る、生々しい戦闘の跡。


 無数の獣の足跡に飛び散る血痕けっこん

 泣き叫ぶ人に物言わぬ人影。

 崩れた建物——。


 畑の農作物は荒らされ、鉱山で使う採掘道具も散乱していた。



(だが、魔狼まろうの多くは討伐する事が叶わず、健在。軍はすぐさま部隊の派遣を決定した。

 救援には騎士団から騎士百七十五ひゃくななじゅうご名。

 魔術師五十ごじゅう名。

 治癒術師ヒーラー二十五にじゅうご名。

 魔狼の討伐部隊として特務部隊から五十六ごじゅうろく名。

 計三百六さんびゃくろく名が派遣される事となった)



 ルーカスは団長として、討伐部隊をひきいるため出兵を余儀よぎなくされた。



(急を要す任務だ。出発は準備が出来次第。

 もう一度、邸宅へ寄る時間はなかった。だから、イリアには手紙を残すしかなくて……)



 ルーカスは手紙をたくした相手——桃色の髪の双子の姉妹と、イリアを保護した現場にいた治癒術師ヒーラーリシアを思い浮かべる。



(三人はイリアの護衛だ。上手く打ち解けてくれるといいんだけどな。

 イリアの事も、考えるべき事は多いが——。

 今は任務に集中しよう)



 ルーカスは視線を前へ。陽の光が遮断しゃだんされ、仄暗い坑道へと向けた。



「ここが鉱夫の言っていた『坑道の奥で闇を見た』という坑道だな」



 中をうかがうルーカスの背後で「はい」と落ち着いた声、部下であるアーネストの返事が聞こえる。

 振り返ると、彼は黒縁眼鏡を押し上げて、地図を覗き込んでいた。



「カンテラで出来た〝影〟とは違うどす黒い何か——鉱夫が〝闇〟と称する何かと遭遇した坑道です。採掘を始めたばかりの鉱床で、奥までは一本道と言っていました」


「オレらはここの探索かー。こんなとこに魔狼が潜んでいるとは思えないすけど、一本道ってのはラッキーっすね! 迷路のような坑道を彷徨さまよわずに済むっすから」



 アーネストの隣でいつもの軽口を叩いているのはハーシェルだ。親指を立て、緊張感の欠片もなく笑っている。


 「緊張感を持て」とアーネストが、鬼の形相ぎょうそうでハーシェルをにらみつけた。それに対し「常に肩肘張ってちゃ、疲れるだけだろー」とハーシェルが自堕落に返す。


 いつものことだ。ここから口喧嘩に発展するのも、いつものこと。

 そろそろ諫めて次の行動へ移そう、とルーカスが思った時。



「……それにしても、団長。本当に行くんですか? ぼくらも、外で魔狼の探索に当たった方がいいんじゃ……」



 と、坑道の探索へ選抜した団員の一人から声が上がった。

 ルーカスは「無論だ」と力強く頷いて肯定を示す。



「疑問はもっともだが、という話は、聞いただろう?」


「はい。周辺の探索、目視でその姿は確認できず、探知魔術でも反応を見つけられないと……」


「襲撃時その場にいた騎士の話によれば、ひゃくを下らない数がいたのではないかという情報もある。それほどの数の魔狼が一体どこへ行ったのか。忽然こつぜんと姿を消すと思うか?」



 彼はまぶたを閉じて首を横に振った。



「常識的に考えて、あり得ない事ですね」


「ああ。こういった物事は、何がどのような形で繋がるか予想がつかない。怪しいと思えば疑い、探って行くしかないんだ。例え空振りでも、一つずつ潰して行けば答えに辿り着くと信じて、な」



 ルーカスは彼の肩を「ぽん」と軽く叩き。



「中では何があるかわからない。頼りにしてるぞ」



 と、付け加えた。期待を込めて。彼は目を輝かせて「はい!」と返して来た。威勢の良い返事に、思わず口角が上がる。


 そこから今度は全員へ向けて「準備はいいな? 出発するぞ!」と行動開始をルーカスは告げた。


 団員達が「了解!」と元気の良い返事を響かせる。ルーカスは彼らの声を聞きながら先陣をゆき、坑道の中へ進んで行った。



(さて、坑夫が言う闇とは一体何なのか)



 魔狼の他にも何かが潜んでいるというのだろうか。

 「鬼が出るか蛇が出るか、だな」とルーカスは一人呟いた。


 さらに気になる事はもう一つある。



(……道端みちばたで偶然聞いた話。最近は地震が頻発していたという)



 ほんのわずかに揺れる程度だったらしいが、小地震は大地震——天変地異の前触れであるとも言われている。


 魔狼まろうに繋がる直接的な手掛かりではなさそうに思えるが、時期が重なっている事が妙に気に掛かった。



(それに、魔狼が探知魔術で見つけられないというのも、言い知れぬ既視感きしかんを感じる。何か、見落としているような……)



 だが、それが何であったのか、喉元につかえて思い出せない。


 多数の不測の事態イレギュラー

 そして思い出せぬ既視感デジャヴに胸をざわつかせながら、ルーカスは歩みを進めた。

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