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『幕間 不穏の影① 仮面を被れ』

 創世の時代は、はるか昔。

 しかし世界は今も、女神ののこした恩寵おんちょうに守られていた。


 世界の中心には変わらずに世界樹がそびえ立ち、生み出されたマナが世界には溢れている。


 近代ではマナを〝マナ機関〟と呼ばれる機械にもちいる技術が確立され、これにより人々は街を国をより一層発展させた。


 多くの人が、恵まれた環境で何不自由なく暮らす理想郷。女神の愛したアルカディア——。



(……人は、おろかだ)



 もたらされた恩恵を安穏あんのん享受きょうじゅするだけで、どのような代償を伴っているのかなど、知ろうとしない。


 物事の裏に大きな脅威きょういひそんでいる事にも、気付いていない。



(ここは理想郷なんかじゃない。虚構の楽園だ。世界は……この平穏は、誰かの犠牲なくして成立しない。

 ……だから、僕は決めたんだ。唯一無二ゆいいつむにの宝石を守るため、この楽園を————)






❖❖❖





 薄暗い地下の空間。

 部屋の中心部には球体をまつった祭壇と、地面に魔法陣が敷かれている。


 僕が球体に触れると、一斉に周囲の宙へ、青白く微光する画面とパネルが浮かび上がった。


 画面を視界に捉え、宙に浮かんだパネルを指で弾いて操作する。

 と、文字の羅列が次々と表示されていった。じっと文字を追う。



(……今回のシミュレーションでも数値に異常はない。術式も大きな不具合はなく、安定している。懸念けねんはいくつかあるが……まあ、些事だな)



 だが、一つだけ。捨て置けない懸念事項がある。

 彼女——〝宝石〟の事だ。



(あの月夜にみすみす逃したのは、誤算だ)



 段取りは整えていたのに、思い通りに事が運ばず唇を噛む。

 それに、必要に迫られたとはいえ、自分の手で彼女を傷つけた事実がとげとなって胸を痛ませた。



(……生きているのは確実だ。探索は彼女と【星】に任せるしかない。今、考えるべき事は他にある)



 パネルを叩く手を止めて、振り返る。

 視線の先には——白銀のよろいを身に着けた男が仁王立ちしている。長身でがたいが良く、父親くらい歳の離れた男だ。



「こちらの調整は最終段階をクリア、問題ない。アレの準備はどうなっている?」


すでに四つ完成しております。品質も最高の仕上がりだと、報告を受けております」



 問い掛けに、落ち着いた低い声色こわいろが響いた。



「そ。ならいいよ」



 僕は再び視線を前へ。画面に表示された文字へと目を落とす。


 そこには、



『女神の愛が、この惑星ほしに輝く生命いのちを守る。故にこの術式の名は——』



 と、古代語で書かれていた。



(……ふん。愛、ね)



 バカバカしくて、鼻で笑ってしまった。


 確認したい事は一通り終えた。

 画面を閉じるためしかるべき手順でパネルへ触れていく。



「そういえば、いつもお連れのあの娘はどこに?」



 と、背後から問われる。



「彼女ならお使いだよ」


「お使い……ですか」


「うん。【星】の導きに従って、宝石を取りにね。あの夜の計画は、元はと言えば彼女の発案だ。宝石を取りこぼした責は彼女にある。失態は自らの手で挽回ばんかいしてもらわないと」



 手早く作業を進めて、全ての画面を閉じる。最後に取り残しがない事を確認すると、祭壇にまつられた球体へ触れた。


 そうすれば手元に残っていたパネルが消失し、光源の一助いちじょが失われた空間はさらに闇を増した。



「手厳しいですね」


「これでも甘い方だと思うよ? 彼女じゃなければ今頃、首を飛ばしているよ」



 僕は体を反転させると、手で首を斬る動作をして見せた。男は困ったように肩をすくめている。



(宝石は、僕にとって唯一無二の存在)



 最後まであの夜の計画をしぶった僕に対し「大丈夫」と流暢りゅうちょうに語って実行の後押しをしたのは彼女だ。



(命があるだけ有難ありがいと思ってもらわないと)



 挽回ばんかいの機会まで与えたのだから、これ以上ないくらい寛大かんだいな処置だろう。



(——本音を言えば、僕が迎えに行きたかった)



 だけどそれは叶わない願いだ。

 くさびに繋がれ、従順じゅうじゅんなふりを続けなければならない今の僕では、動けない。


 それに、来たる日にそなえ、やるべき事がある。



(汚物は一掃しないとね。地位に胡坐あぐらをかき、散々もてあそんできたやつらへ思い知らせてやる為に)



 ここに来て奴らに気取られる訳にはいかない。粛々しゅくしゅくと準備を進めなければ、と心持ちを新たにする。



「そろそろ時間です。戻らねば怪しまれます」


「そうだね。……戻ろうか、あの地獄に」



 男に頷く。地獄としょうしたあの場所と、表向きは善良そうなやつらの顔が思い浮かんで——反吐へどが出た。



まったって、忌々いまいましい)



 我欲がよくに忠実で、人を踏みにじって生きるあれは、豚にもおとる悪辣あくらつな存在だ。



「お顔に出ていますよ。そんな顔をしていてはイメージが台無しです」



 男が苦言をていした。

 奴らの事を考えていた自分が、どんな表情を浮かべているのかは想像にかたくない。



「はっ。お前はいつも冷静だな」


「貴方様より人生経験は長いもので。仮面を被る事には慣れております」


「よく言うよ。まあ僕も見習わないと」



 男も僕と同類だ。

 いや、同志と言うべきか。


 奴らに辛酸しんさんめさせられた過去を持ち、僕と同じ痛みを知り、志を共にする者。


 男の胸の内には、消えぬ復讐ふくしゅうの炎がともっている。


 だが、耐え忍ぶしかなかった日々はもう間もなく終わりを告げる。思いが果たされる日は近い。



(それまではせいぜい演じてやるさ。やつらが望む姿をな)



 その時のおとずれまであと少しの辛抱だ。今はあまんじて屈辱くつじょくを受け入れよう。


 そうして僕は男を従えて、地上へと続く階段をのぼる。



(さあ仮面を被れ。公明正大で清廉潔白せいれんけっぱくな僕を演じるんだ)



 万人を愛し、愛される象徴しょうちょうとして、僕はる。






 第一部 第一章

 「救国きゅうこく英雄えいゆう記憶喪失きおくそうしつ詠唱士コラール


 終幕。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 次章

 第一部 第二章

 「忍び寄る闇と誓い」


 ルーカスは新たな謎と、記憶喪失のイリアが抱える問題に直面する。

 その時、彼は何を想い、何を誓うのか——。

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