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第十六話 守る為に何が出来るのか

 ファルネーゼきょうとの話を終えて。ルーカスは騎士団本部へ戻るべく馬車に乗り込んだ。



(イリアとも話をするべきだとわかっているが……)



 あのような姿を見せてしまった手前、気まずくて。すぐに顔を合わせる勇気が持てなかった。


 一先ず、イリアの事は執事長に話を通して屋敷の者達に任せ、ルーカスはやるべき事——イリアの件を陛下と公爵家の主たる父へ報告・相談と、副団長のロベルトが自分の代わりにこなしているだろう職務——を片付け、その後に彼女と改めて話そうと思った。


 行政区へ向かう馬車に揺られながら、ルーカスは考えをめぐらせる。


 イリアを守るため、自分に何が出来るのか——を。



(存在の秘匿ひとくは絶対だ。彼女がここに居る事を、知られてはならない。神聖国だけでなく、帝国にも)



 アルカディア神聖国と、アディシェス帝国にはそれぞれの国に異なる宗教団体が根付いている。


 神聖国には、創造の女神を主神とし〝世界の秩序を守る〟という教義を掲げ、紛争への介入や慈善活動を行う女神教・アルカディア教団が。


 帝国には、魔神まじんを主神とし〝力こそ全て。強さにまさる正義はない〟という教義の下、殺戮さつりく略奪りゃくだつ、暴力による支配を肯定こうていし、各国への侵略を図る魔神教・エクリプス教団がある。


 両者は、はるか昔から敵対関係にあり、幾度となくぶつかってきた。


 イリアは女神教の魔術師兵。帝国との戦いにも数多く参戦し、〝旋律の戦姫レーシュ〟の名を馳せている。



(彼女の現状を、帝国が知ったら——この機に乗じて、消しに来るだろう。仮に、そのような事態に陥ったとしても、指一本触れさせるつもりはないが、危険の種は少ないに越したことはない)



 今のところ、彼女の存在と素性を知っているのは極少数。いずれも信頼のおける人物だ。情報の漏洩ろうえいを防ぐため、これ以上増えるのは好ましくない。



(少なくとも、イリアが記憶を取り戻すまでは)



 ファルネーゼ卿と公爵邸に仕える使用人には、彼女に関すことの一切を口外しないよう緘口令かんこうれいいた。


 あの日の討伐に関わった騎士団員には既に同様の措置を取ってある。



(貴族の間ですでに広まってしまった噂については……別のえさき話をらす事としよう)



 例えば財務に携わる、とある貴族の横領疑惑など。これは特務部隊の諜報員が掴んだ確かな情報だ。きっといい目くらましになる。


 そうして、噂が話題に上がらなくなれば、自然とすたれていくはずだ。



(邸宅の警備……公爵家が抱える騎士の人員と配置の見直し、彼女専属の護衛も選出する必要があるか)



 以前の彼女は何人も寄せ付けない強さを持っていたが、記憶のない状態では護身程度に戦えるのかさえ怪しい。



(可能な限りそばに居るつもりだが……)



 部隊を指揮する立場上、どうしても自由に動けない時がある。常に一緒に居られるとは限らない。



(護衛の件は陛下——伯父上おじうえと父上に相談してみよう)



 陛下は一国を背負う為政者いせいしゃ相応ふさわしく厳格げんかくな人だが、に厚い面も持ち合わせている。



(……六年前の戦争で亡くなったカレンを、動ける状態になかった俺の代わりに王国へ連れ帰り、教皇の名代として葬送そうそうを取り仕切ったのはイリアだと聞いている)



 娘を手厚く送ってくれた人物。甥の恩人である事も加味して、良い様に取り計らってくれるはずだ、という確信がルーカスにはあった。



(そして、忘れてはならないのが、真相の究明だ。彼女の身に何が起こったのか、確かめなくては)



 真実を突き止めるために、情報が必要だ。


 彼女の記憶が戻ればそれが一番の近道だが、一昼夜いっちゅうやに解決する事ではない。


 幸いにもと言えばいいのか、アルカディア教団教皇聖下による聖地巡礼ペレグリヌスおこなわれる時期が迫っており、各国で人の流れが大きくなっている。


 こういう時は、情報が得やすくなる。逆も然り。警戒が必要である。積極的に、かつ慎重に行動しなければ、とルーカスは考えた。



が今どのような状況なのか。内情を知るため、ディーンには早めに次の任務へいてもらわないとな。

 彼女を良く知る、と上手く接触出来るといいんだが……)



 「あてがある」と言ったのは、それだ。

 ただ、直接の連絡手段がなく、事前に示し合わせるのは難しい。



(ディーンの働きに期待だな)



 飄々としているようで人付き合いが良く、人の懐へ入り込むのを得意とするディーンならば、上手くやるだろう。


 今考えるべきことはこれくらいだろうか——と、思考を終えて、ルーカスは窓の外へ視線を向けた。


 人々が行き交って賑わい、喜怒哀楽を浮かべながら平穏な日常を送る人達の姿が見えた。


 エターク王国は世界でも有数の発展を遂げる大国の内の一つ。王都は今日も平和だ。


 だが、この場所から一歩外へ出れば。世界は脅威きょういあふれている事を、ルーカスは知っていた。


 そのさいたる物事は何か。


 増加を続け、人々の生活をおびやかす魔獣か。


 各地に広がる謎のマナ欠乏症けつぼうしょうか。


 武力による侵略を続け、戦火を振りまく帝国か。


 それとも、内情のうかがい知れぬ神聖国か。


 イリアの身に起きた出来事は、もしかしたら大きな事件の前触れなのでは——と、そんな風にルーカスは考えてしまう。



飛躍ひやくしすぎか? だが、用心するに越したことはない)



 世界は混沌としている。情勢がどう移り変わって行くかは、読めない。



(俺に出来るのは、この手に届く人達と……イリアを守るために、持てる力を行使して最善を尽くす事。それが、贖罪しょくざいであり、かつて俺を救った君への恩返しになると信じて……)



 また幼馴染達に「彼女に気があるんだろう?」と、揶揄からかわれそうだとルーカスは思った。



(だとしても構わない。今の俺が在るのは、彼女のお陰なのだから)



 王国の騎士としてこの国に生きる人々を守るために力をふるい、

 何気ない日常を家族と、友人達と笑って過ごし、


 そして、宿した力を恐れず、己の一部であると受け入れる事が出来たのは——。



(全部、イリアが居たからだ)



 大切な人を亡くし、絶望を経験した過去。


 彼女が居なければ自分は、宿した力を無差別に振るって、怨嗟えんさを振りく化物になり果てるか、絶望に呑まれて廃人となっていた。



(イリアは俺を闇の中から救い上げた光)



 だから今度は。困難に直面した彼女にとって自分が、そういう存在でりたい。と、熱い想いを胸に抱いた。


 ——それが、恋情から来る想いである事には、気付かないフリをする。



(…………カレン。彼女を守れなかった俺には、再び誰かを愛する資格などない)



 ルーカスはそっとまぶたを閉じて。イリアへ抱く感情を心の奥底へしまい込んだ。

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