そよそよと何処からか吹き込む
——
(ここは……私は、確か——)
覚醒したばかりで上手く思考が働かない。
でも、少しずつ、ゆっくりと直前の事を思い出してみる。
リシアと名乗った少女との出会い、花が咲いたような笑顔、
(……歌……)
あの時は不思議な感覚だった。
眼前に広がる
まるで昔から知っていたかのように。
それ以前の事は——思い出そうとすると、やはり記憶に
そよぐ風が肌をくすぐり、流れに
起き上がり、ベッドから一歩踏み出してみる。
一歩、また一歩と進んで。窓辺に辿り着くと、開け放たれた窓からテラスへと足を運んだ。
外へ出ると一瞬、
「綺麗……」
力強く咲き
吹き付ける風が銀の髪糸を
(ここはどこだろう? 私は……どうしてここに?)
振り返って、部屋の様子を確認する。
上品で気取らない、品の良い家具で内装が整えられている。
ベッド以外に、くつろぎのスペースもあって、多分一般的な部屋よりも広いと思われた。
そして、テラスからの外観を見る限り、ここが二階で大きな邸宅である事が
邸宅の境界線は、庭園のずっと先。
境界線の先には他の邸宅の屋根らしきもの、はるか先には大きな建物——城の様な
部屋にも、外の景色にも、もちろん見覚えはない。
記憶が抜け落ちてしまっているのだから当然とも言える。
無我夢中で歌ったのは覚えている。けれど、ここにいる経緯はまったく思い出せなかった。
「お目覚めになられたのですね」
急に背後から女の人の声が聞こえた。
くるり、と振り返ると、金色の髪を束ねた
黒地のワンピースタイプの服に、白のエプロンを着用している。
(この家の使用人……侍女さん?)
その人はこちらを見て——何故か動きを止めた。
(どうしたんだろう?)
首を
「お医者様をお呼びしますね。お嬢様、どうかこちらへ。お部屋の中にてお待ち下さい」
「えっと……、わかりました」
お嬢様と呼ばれた事に、言い知れぬくすぐったさを覚える。
言われた通り部屋へ戻ると、寝ていたベッドへと腰を下ろした。
まだ置かれた状況を把握出来ないが、目覚めた時の部屋の様子や、侍女と思われる彼女の
思考を
「こちらで少々お待ちくださいね」
と微笑みながら告げた、彼女が
扉が閉まるとパタパタと走る足音が聞こえ、遠ざかっていく。
彼女の
——程なくして、先ほどの侍女が白衣を纏った男性を連れて部屋を訪れた。
彼は「ファルネーゼ
(……グランベル)
どこか懐かしい響きだが、やはり思い出せる事はない。
ファルネーゼ卿と対面する形で、いくつかの簡単な問診と診察が
怪我を負った箇所は痛まないか。貧血はないか。と言った質問や、魔術による身体状況の確認をされた。
その結果。
「怪我も治っているし、これと言って異常はなさそうだね」
異常なしと診断が下る。
診察は終始、
「どうかな? 何か気になる事はあるかな?」
気になる事と問われ——何も思い出せない事を話すべきか、迷う。
親切にしてくれたとは言え、知らない人に話すのは緊張する。少し怖い気持ちもあった。
だが今の自分には、頼れる
少しの間を置いて、「実は」と話を切り出す。
「……思い、出せないんです。名前も、自分が誰なのか……も。私を治癒してくれたあの子、リシアさんと出会う以前の事が、何も」
「記憶が……ふむ」
自分の隣に
ファルネーゼ卿は
沈黙が流れる。もどかしさが
(どう……思われたかな)
この人達は「面倒な事になった」と、困った笑いを浮かべるだろうか。
(何もわからないのに、もし見捨てられたら——。
この先、どうすればいいのかな……)
心に不安が降り積もる。
俯いてぎゅっと拳を握り、
——すると、頭に温かな何かが乗せられた。
「記憶がなくて心細かっただろうね。何、心配はいらんよ」
見れば
彼の大きな手が、安心させるように頭を
「
高めのゆっくりとした口調だ。不安に思っていたのが嘘のように心が晴れて行く。
(優しくて、あったかい)
意図せず瞳から、
「……ありがとう、ございます」
優しさが嬉しかった。
安心したら涙が止まらなくて、次から次へと
(リシアさん、侍女さん、お医者様——記憶を失って、目覚めた時に出会ったのは幸運にも優しい人達だった)