久方ぶりに集まった幼馴染達に、銀髪の歌姫——イリアの素性を
彼女と出会ったきっかけ。
ルーカスが大切な人を亡くした、戦場での出来事を——。
思い出して
ルーカスは重い口を開いて伝える。
「……彼女は——
ルーカスの言葉に、二人が笑みを消した。
イリアは
時に魔獣と言う
歌声を響かせて
「旋律の戦姫……。それに、アディシェス帝国とぶつかった〝ディチェス平原の争乱〟——そういう事か」
「……あれは、地獄だったな」
〝六年前〟、〝戦場〟の単語に、あの戦を前線で経験したゼノンとディーンは当時を思い起こしたのだろう。
戦いとは
帝国軍だけでなく、魔獣が戦場に現れたのも一因だ。
ルーカスは混迷とする中で、大切な人——。
婚約者を亡くした。目の前で。彼女はこの国の第一王女、ゼノンの妹だった。
(……カレン)
彼女の
重苦しい空気に支配され、室内は静まり返っている。
そんな中、ディーンが無言でティーポットからカップへ紅茶を
「……父上と
ゼノンが沈黙を破り、問い掛けた。ルーカスは首を縦に振る。
「ご
「そうか。まさかルーカスの保護した歌姫が、教団に
「その名は誰もがよーく知ってるが、仮面に隠された素顔を知る人間は極わずか。面識のあったルーカスだからこそ、気付けたって訳だな」
紅茶を飲み終えたディーンが、カップを置いてソファの背もたれへと体を沈めた。
名は知られているのに容姿が周知されていないのは、ディーンが言うように仮面で素顔を隠していたから。彼女が近付き
ルーカスはあの戦乱でイリアに
(彼女が仮面を被る理由は、人目を
教団の主神である創造の女神。かの神は銀髪に
(イリアの容姿の特徴は、見事に女神と合致する。美しさに罪はないが——彼女のそれは、人を
そのような理由から必要以上に目立たないよう、
「——で、どうするつもりなんだい?」
ゼノンが
(どうする……か)
ルーカスはカップの中でゆらめく飲みかけの紅茶を見つめた。
(彼女が発見された状況は、不可解な点が多い)
加えて一週間という時間が流れたのに、教団が沈黙を保ったままでいる事も不可思議だった。
(沈黙は対面を保つため、とも考えられるが……何かするにしても、情報が少なすぎる)
ルーカスはカップへ手を伸ばし——紅茶を一気に飲み干す。と、空になったカップをテーブルの上へ戻して、ゼノンへ向き直った。
「あちらの内情がわからない事には下手に動けない。今のところ彼女に関する情報は、
ゼノンが
「それは……本当に必要な事か? 彼女を保護している事を、内密に伝えれば済む話では?」
ゼノンの意見は
だが、ルーカスは教団に身を寄せていた時期に、内情をほんの少しだが
だからこそ確信を持って言える。
あそこは表に見える綺麗な面が全てではない、と。
「彼女の事を抜きにしても、内情は知っておくべきだ。あの国の影響力は、ゼノンもわかっているだろう? 何かが起きているのなら、世界を巻き込む大事に発展する可能性だってあるぞ」
「なるほど、一理ある。けれど、一筋縄には行かないだろうね」
緊張の続く情勢下、王国の間諜はあらゆる国に根を張っている。神聖国も例外ではない。
しかしかの国は、叩いても
「……
「国境から帰ったばっかりだって言うのに? 団長様は人使いが荒いな~」
「悪いな。事情を知っていて、信頼して任せられるのはお前だけなんだ。それに、好きだろ? 海外旅行」
強行軍で申し訳ないと思いつつも、ルーカスはディーンの返答を待った。
ディーンはケーキスタンドからスイーツを一つ選んで口へ放り入れ、「まあ嫌いじゃないよ」と、笑って言葉を続ける。
「仕っ方ないなぁ。恋する親友のためにひと肌脱ぎますか。神聖国に愛の逃避行~! なんてな」
おどけた様子のディーンが、片目をパチリと閉じてウインクをした。
面白い事を見つけると真面目な場であっても、人を
「……まだそのネタを引き
「ここでかよ!? 少しは休ませろよ!?」
ルーカスは瞳を細めて口角を上げると、
ゼノンがこちらのやり取りを素知らぬ顔で見つめながら、ティーカップに
「触らぬ神に祟りなし」とでも思っているのだろう。
そんな不毛な言葉の
鳴ったのはルーカスのリンクベル。ルーカスはピアス型のそれに触れ、すぐさま応答した。
『ルーカス様、お仕事中にご連絡を差し上げ、申し訳ございません』
聞こえて来た声は、年配の男性——グランベル公爵邸の執事長だ。
職務中に連絡とは珍しい。よほど急ぎの用事があるのだろう、とルーカスは考えた。
「大丈夫だ。どうした?」
『それが……先ほど、お客様がお目覚めになりました』
「お客様」とは——恐らく。いや、間違いなくイリアの事だろう。
彼女が目覚めた。
そう認識してルーカスは、勢いよくソファから立ち上がった。「がたん」と大きな音を立ててしまったが、それどころではない。
「医者の手配は済んでいるか?」
『はい。
「わかった。こちらもすぐ戻る。くれぐれも
『かしこまりました。道中お気をつけてお戻り下さい』
通話を終える。ルーカスは急ぎ足で部屋の扉へと向かった。
彼女の無事を確認し、何があったのか聞かなければ、とその一心からだ。
部屋の扉を開け放ったところで、「ルーカス?」「おーい、どしたー?」と呼びかける幼馴染達の声が耳に入り、彼らに視線を向けた。
「ゼノン、悪いが話はまた今度。ディーン、任務の報告は報告書にまとめて提出しておいてくれ。後で確認する。次の任務の詳細は追って連絡する」
ルーカスはそれだけ告げて、二人の返事を待たずに部屋を出た。
乱雑に扱った扉が、閉まる際にバタンと大きな音を響かせるのを聞きながら駆ける。
目覚めた彼女が待つ、