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第十二話 彼女は——。

 久方ぶりに集まった幼馴染達に、銀髪の歌姫——イリアの素性を揶揄からかい半分に問われたルーカスは、過去に思いをせた。


 彼女と出会ったきっかけ。

 ルーカスが大切な人を亡くした、戦場での出来事を——。


 思い出してなまりが落ちたように気分が沈み、胸が苦しくなった。それでも、答えなければ話は進まない。


 ルーカスは重い口を開いて伝える。



「……彼女は——旋律せんりつ戦姫せんき。六年前、あの戦場で俺を救った……恩人だ」



 ルーカスの言葉に、二人が笑みを消した。


 イリアは詠唱士コラールとして、世界の秩序ちつじょを守る事を教義・使命とするアルカディア教団が有する軍に所属する魔術師。


 時に魔獣と言う脅威きょういを打ち滅ぼし、時に戦争の調停のため、数多の戦場を駆けてきた。


 歌声を響かせて凛々りりしく戦う姿から、畏敬いけいを込めてそう呼ばれており、その二つ名は誰もが良く知っている。



「旋律の戦姫……。それに、アディシェス帝国とぶつかった〝ディチェス平原の争乱〟——そういう事か」


「……あれは、地獄だったな」



 〝六年前〟、〝戦場〟の単語に、あの戦を前線で経験したゼノンとディーンは当時を思い起こしたのだろう。

 神妙しんみょう面持おももちで口をつぐんだ。


 戦いとは無慈悲むじひなものであるが、ディーンが「地獄」と表現したように、あの戦場はるいを見ない凄惨せいさんな有様だった。


 帝国軍だけでなく、魔獣が戦場に現れたのも一因だ。


 ルーカスは混迷とする中で、大切な人——。

 婚約者を亡くした。目の前で。彼女はこの国の第一王女、ゼノンの妹だった。



(……カレン)



 彼女の最期さいごの姿が脳裏に浮かび、ルーカスは考えるのを止めた。それ以上思い出せば、あふれる悲しみの感情に、飲まれてしまうからだ。


 重苦しい空気に支配され、室内は静まり返っている。


 そんな中、ディーンが無言でティーポットからカップへ紅茶をそそぎ入れ、あおる様に飲み下す姿が見えた。



「……父上と叔父上おじうえは、彼女のことを?」



 ゼノンが沈黙を破り、問い掛けた。ルーカスは首を縦に振る。



「ご存知ぞんじだ。陛下と父上には、彼女を連れて帰ったその日に伝えてある」


「そうか。まさかルーカスの保護した歌姫が、教団にぞくする者……旋律の戦姫だとはね。思ったよりも厄介やっかいな事案だ」


「その名は誰もがよーく知ってるが、仮面に隠された素顔を知る人間は極わずか。面識のあったルーカスだからこそ、気付けたって訳だな」



 紅茶を飲み終えたディーンが、カップを置いてソファの背もたれへと体を沈めた。


 名は知られているのに容姿が周知されていないのは、ディーンが言うように仮面で素顔を隠していたから。彼女が近付きがたい存在であったのも大きい。


 ルーカスはあの戦乱でイリアに窮地きゅうちを救われ、しばらく教団に身を寄せていた時期がある。その時に交流を持ち、素顔を見る機会があった。



(彼女が仮面を被る理由は、人目をく容姿を見れば納得がいった)



 教団の主神である創造の女神。かの神は銀髪に青眼シアン、見目麗しい女性の姿をしていた、と伝承でんしょうには記されている。



(イリアの容姿の特徴は、見事に女神と合致する。美しさに罪はないが——彼女のそれは、人をまどわす)



 そのような理由から必要以上に目立たないよう、認識阻害にんしきそがいの魔術を施した仮面をつけている、と彼女も言っていた。



「——で、どうするつもりなんだい?」



 ゼノンが口許くちもとに手を添えて、こちらを見ている。



(どうする……か)



 ルーカスはカップの中でゆらめく飲みかけの紅茶を見つめた。



(彼女が発見された状況は、不可解な点が多い)



 加えて一週間という時間が流れたのに、教団が沈黙を保ったままでいる事も不可思議だった。



(沈黙は対面を保つため、とも考えられるが……何かするにしても、情報が少なすぎる)



 ルーカスはカップへ手を伸ばし——紅茶を一気に飲み干す。と、空になったカップをテーブルの上へ戻して、ゼノンへ向き直った。



「あちらの内情がわからない事には下手に動けない。今のところ彼女に関する情報は、おおやけに上がってきていないしな。だから、ディーンに探りを入れてもらうつもりでいた」



 ゼノンがいぶかし気な表情を浮かべる。



「それは……本当に必要な事か? 彼女を保護している事を、内密に伝えれば済む話では?」



 ゼノンの意見はもっともだ。

 だが、ルーカスは教団に身を寄せていた時期に、内情をほんの少しだが垣間かいま見た。


 だからこそ確信を持って言える。

 あそこは表に見える綺麗な面が全てではない、と。



「彼女の事を抜きにしても、内情は知っておくべきだ。あの国の影響力は、ゼノンもわかっているだろう? 何かが起きているのなら、世界を巻き込む大事に発展する可能性だってあるぞ」


「なるほど、一理ある。けれど、一筋縄には行かないだろうね」



 緊張の続く情勢下、王国の間諜はあらゆる国に根を張っている。神聖国も例外ではない。


 しかしかの国は、叩いてもほこりの出ない清廉潔白せいれんけっぱくな国。つまるところ、完璧な情報統制がされている。



「……はある。ディーン、行ってくれるな?」


「国境から帰ったばっかりだって言うのに? 団長様は人使いが荒いな~」


「悪いな。事情を知っていて、信頼して任せられるのはお前だけなんだ。それに、好きだろ? 海外旅行」



 強行軍で申し訳ないと思いつつも、ルーカスはディーンの返答を待った。


 ディーンはケーキスタンドからスイーツを一つ選んで口へ放り入れ、「まあ嫌いじゃないよ」と、笑って言葉を続ける。



「仕っ方ないなぁ。恋する親友のためにひと肌脱ぎますか。神聖国に愛の逃避行~! なんてな」



 おどけた様子のディーンが、片目をパチリと閉じてウインクをした。


 面白い事を見つけると真面目な場であっても、人を揶揄からかおうとするのはディーンの昔からの悪い癖だ。



「……まだそのネタを引きるのかお前は。無駄口を叩く余裕があるなら、休息は不要だな。出立前にまず国境偵察任務の報告を聞こうか? 手短に、わかりやすく頼むぞ」


「ここでかよ!? 少しは休ませろよ!?」



 ルーカスは瞳を細めて口角を上げると、声色こわいろに怒気をはらませて、任務の報告と出立を急かした。揶揄からかわれた事への意趣返いしゅがえしだ。


 ゼノンがこちらのやり取りを素知らぬ顔で見つめながら、ティーカップにそそがれた紅茶を静かに楽しんでいる。


 「触らぬ神に祟りなし」とでも思っているのだろう。


 気心きごころの知れた幼馴染たちは、どちらもいい性格をしているな——と、毒づきながら、ルーカスはしばしディーンと言い合いを続けるのだった。






 そんな不毛な言葉の応酬おうしゅうに終止符を打ったのは、「リリリン」と鳴ったリンクベルのリングトーンだった。


 鳴ったのはルーカスのリンクベル。ルーカスはピアス型のそれに触れ、すぐさま応答した。



『ルーカス様、お仕事中にご連絡を差し上げ、申し訳ございません』



 聞こえて来た声は、年配の男性——グランベル公爵邸の執事長だ。

 職務中に連絡とは珍しい。よほど急ぎの用事があるのだろう、とルーカスは考えた。



「大丈夫だ。どうした?」


『それが……先ほど、お客様がお目覚めになりました』



 「お客様」とは——恐らく。いや、間違いなくイリアの事だろう。


 彼女が目覚めた。


 そう認識してルーカスは、勢いよくソファから立ち上がった。「がたん」と大きな音を立ててしまったが、それどころではない。



「医者の手配は済んでいるか?」


『はい。すでに邸宅へ向かってございます』


「わかった。こちらもすぐ戻る。くれぐれも丁重ていちょうにもてなすように」


『かしこまりました。道中お気をつけてお戻り下さい』



 通話を終える。ルーカスは急ぎ足で部屋の扉へと向かった。

 彼女の無事を確認し、何があったのか聞かなければ、とその一心からだ。


 部屋の扉を開け放ったところで、「ルーカス?」「おーい、どしたー?」と呼びかける幼馴染達の声が耳に入り、彼らに視線を向けた。



「ゼノン、悪いが話はまた今度。ディーン、任務の報告は報告書にまとめて提出しておいてくれ。後で確認する。次の任務の詳細は追って連絡する」



 ルーカスはそれだけ告げて、二人の返事を待たずに部屋を出た。


 乱雑に扱った扉が、閉まる際にバタンと大きな音を響かせるのを聞きながら駆ける。


 目覚めた彼女が待つ、邸宅ていたくへと——。

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