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第十話 城郭都市オレオール

 朝食を終えると、ルーカス達は馬車に乗り込んだ。


 馬は白馬、白塗りのキャビンには金に縁取ふちどられた窓と扉。装飾は車輪も金で色取られている。


 一目で公爵家の馬車であるとわかるよう、扉のない方の窓側には公爵家の紋章——盾と剣と王冠、そして翼を持った白馬のいななく姿がえがかれていた。


 贅をこらしているのは、公爵家の威厳を知らしめるためだ。


 三人を乗せた馬車は、邸宅から騎士団本部のある行政区へ向かって行く。


 エターク王国首都・城郭都市じょうかくとしオレオールは、中心部の王城を起点として、放射状に作られた都市。


 都市の外壁には十の監視塔があり、外周は水を引き込んだ堀で守られている。

 また首都をかこう堀は、上空から見ると十多角形じゅったかっけいの星状になっているのが特徴だ。


 都市の構造は円状に区画が大きく四つに分かれていて、行政区は王城と同じ中心地にある。

 公爵邸からは距離があるため、馬車での移動が基本だ。



(そういえば、南西のホド連邦共和国では馬車に代わって自走する小型のマナ機関や、空を飛ぶマナ機関の開発に力を入れているんだったか?

 近い将来実現するのでは——と期待されているな。瞬間移動門ワープポータル瞬間移動テレポーテーションの魔術は気軽に使えるものではないし、もし実現すれば技術革新が起きそうだな)



 ルーカスはガタゴトと馬車に揺られ、通り過ぎる景色をながめながら、そんな事を思った。


 学生服を着た幼年部から高等部の少年・少女、白衣に身を包んだ研究者たちの行き交う姿が多く見られる。


 公爵邸が教育機関・研究機関アカデミー特区——簡潔に言うと、教養や専門知識を学ぶための学校等と、魔術やマナ機関の研究所と工場等が立ち並ぶ区画——との境界きょうかいに、限りなく近い立地にあるためだ。



「お兄様、お父様は昨晩さくばんもお戻りにならなかったようですが……お元気にしているでしょうか?」



 シェリルに話題を振られて、窓の外から対面の姉妹達へと視線を移す。



「元気……とは言い難いな。急増する魔獣の対策会議と、もうすぐ聖地巡礼ペレグリヌスの時期だからな。警備の配置に訓練、教団側との調整に追われ、苦労されている様だ」


聖地巡礼ペレグリヌスかぁ。昨年、教皇聖下が代替わりしたから、現教皇にとっては初めての行事なんだよね?」



 シャノンの問いに「そうだ」とルーカスは頷いた。



「それもあって例年以上に緊迫きんぱくしている。しばらくは家に帰れそうもないとなげいていたな……」



 聖地巡礼ペレグリヌスとは、世界各地に点在する女神をまつった合計十の祭壇さいだんめぐって祈りを捧げる旅である。

 五年に一度、教皇聖下きょうこうせいかみずから神殿へとおもむり行う一大イベントだ。


 アルカディア教団は世界の中心にそびえ立つ世界樹、神秘的力のみなもとであるマナを生み出す大木のり人を名乗る一族によって開かれた宗教。



(一説によると開祖かいそは、女神の子孫であったと言われているが……真偽は定かじゃない)



 一族は世界樹のふもとにアルカディア神聖国と言う宗教国家を建国した。


 女神教と呼ばれる事もあるアルカディア教団は、かつてこの世界を創造したという女神を主神に据え、世界樹の守護と世界の秩序を守る事を教義・使命としている。


 その理念と活動もあいまって、世界中に数多くの賛同者——信者を抱え、各国に多大な影響力のある一大国家だ。


 聖地巡礼ペレグリヌスの折、教皇聖下が各国首都を訪問するのは恒例行事となっている。その際、何かあっては国家間の問題に発展しかねない。万全を期す為、今は手が離せないのだ。



「お父様も大変そうですね。私たちにお手伝い出来る事があればいいのですけど……難しいですね」



 シェリルは暗に語っている。「まだ下士官にも満たない自分たちでは力になれない」と。


 対するシャノンは何やら考え込んでおり——しばらくして、良い事を思いついたとでも言いたげに目を輝かせ、人差し指を突き立てた。



「なら、次の休暇に差し入れを持っていくのはどう? お父様の好きな食べ物とスイーツをたくさん用意して、お兄様おススメの茶葉も添えて!」


「名案ですね。きっと喜んでくれると思います。ね?」



 「お兄様もそう思うでしょう?」と、同意を求める視線が送られる。



 父は役職柄、仕事熱心でワーカホリック気味だ。その上、元帥げんすいの名に相応しく厳格で強面な風貌ふうぼうから、恐れられている。


 しかし、それは表向きのイメージ。


 厳しいのは確かだが、父は愛情深く、家族を大切に想っている。自分達兄妹の気持ちをないがしろにはする事はない。それどころか、両手を振って喜ぶに違いない。



「父上の破顔はがんした表情が浮かぶな」


「ふふ、そうと決まったら計画を立てなくてはいけませんね」


「ついでにお兄様にも差し入れしてあげるね! 楽しみに待ってて」


「楽しみにしてるよ」



 とルーカスは微笑んで、わいわいとはしゃぐ双子の笑顔を背景に、馬車は進んだ。






 国の重要施設を有する行政区。

 境界線は塀で囲まれ、巡回の騎士が見守っている。いくつかある通行門では騎士による検問が必ずおこなわれ、厳重な警備体制がかれていた。


 通行門に差し掛かったところで、ルーカス達を乗せた馬車も検問のために止められた。


 この検問は相手が王族・貴族の誰でもあろうと顔パスは出来ない。

 危機管理の観点から、門を通る全ての人・物に実施されている。


 警備に当たっていたのは若い青年の騎士と壮年そうねんの騎士。キャビンの扉が開かれると、ルーカスに気付いた二人の男性騎士がすかさず敬礼をした。



「ルーカス団長お疲れ様です!」


「警備任務ご苦労様」


恐縮きょうしゅくです! 妹さんもご一緒とは珍しいですね」


「たまには一緒に出勤も悪くないと思ってな。お陰でにぎやかな朝の時間だったよ」


「公爵家の皆様は仲が良くてうらやましい限りですね。うちの妹なんて、反抗期で可愛かわいげがなくて——」



 人懐ひとなつっこい騎士の青年が世間話に花を咲かせようとしたところで、もう一人の壮年の騎士が「ごほん」とわざとらしく咳払いをした。


 内見と身元の確認が終わったのだから「これ以上引き留めるな」と言う無言の圧だろう。



「っと、失礼しました! 検問のご協力感謝いたします。どうぞお通り下さい」


「ああ。引き続きよろしく頼む」


「は!」



 二人の騎士が再度敬礼をして、扉は閉められた。公爵家の馬車は彼らに見送られながら、行政区内にある騎士団本部へ向かう。

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