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第九話 うーちゃん事件

 〝ちょっとした事件〟を経て、ルーカス達は食堂へ足を運んでいた。



「シェリルもお兄様も、酷い。あんなに笑わなくてもいいじゃない!」



 赤くなった頬をぷくーっと風船のようにふくらませ、ねた様子で顔をらしたのはもう一人の妹シャノンだ。



「だってお姉様、寝ぼけていたからってまさかあんなことをするとは思わないじゃないですか。ね、お兄様?」


「ああ。大きくなってもシャノンはそそっかしいな」



 ルーカスはくつくつと笑って、ダイニングテーブルを挟んで向かい側、隣り合って座る妹達を見つめた。


 姉妹の容姿は瓜二つ、服装も同じ——赤と白を基調とした布地に、金のラインが入った軍服——二人が並ぶと、ぱっと見では見分けがつかない。


 髪の長さという外見の相違点そういてんがなければ。


 シャノンの髪は肩上で切り揃えられ、後ろ髪が三つ編みのハーフアップで綺麗にまとめてある。

 髪質はシェリルと同じ。撫でると柔らかなふわふわの天然ウェーブ。シャノンは「絡まりやすいから伸ばしたくない」らしい。


 見た目はそっくりな双子だが、その性格は各々おのおの個性があり、真逆と言ってもいい。


 とりわけしっかり者のシェリルに対し、シャノンはどこか抜けたところがあって——ルーカスは先ほどあった出来事を思い出して、また笑いがこみ上げた。






 それは、少し時をさかのぼって、食堂に来る前の事だ。


 シャノンの様子を見に部屋へ向かったルーカスとシェリル。

 だが、部屋の扉をノックして出てきたのは困り果てた侍女。公爵家で規定されたワンピースタイプの制服を身につけ、髪をきっちりとまとめたシャノンとシェリル付きの侍女だった。



「ルーカス様、シェリルお嬢様。申し訳ありません、シャノンお嬢様はまだお休み中です。

 本日は大事な約束があるから早めに起こして欲しい、とお願いされましたので、何度かお声がけしたのですが……」



 侍女は困り顔だ。全く起きる気配のない主人に、手を焼いている様だ。



「ありがとう、カトレア。あとはわたくしとお兄様で何とかしてみるわ。お姉様が起きた時のために、身支度の準備をお願いできるかしら?」


「かしこまりました。それでは一度失礼致します」



 カトレアは会釈えしゃくすると、準備のために退出していった。


 シェリルが部屋へ入室し、ルーカスはその後に続く。

 部屋の広さは客室より広め。間取りは似た様な設計だ。部屋の内装は女の子らしく赤やピンク等、暖色系のパステルカラーでいろどられていた。


 シャノンは——ピンクの布地と白いレースカーテン付きの、装飾にフリルとレースがふんだんにあしらわれた天蓋てんがい付きのベッドでぐっすりと眠っている。



「お姉様、朝ですよ。起きてください」



 シェリルがベッドの側へ歩み寄り、シャノンの肩を掴んで揺らす。



「んー……」


「もう! お兄様と一緒に出勤するのでしょう?」


「……うー……あと、ちょっと……」



 シャノンは顔をしかめもぞもぞと動くだけで、起きる気配が感じられなかった。


 ルーカスもシャノンを起こすためにベッドへ近付く。

 すると足元に、白いうさぎのぬいぐるみが転がっているのが目に入った。かがんでひょいと拾い上げる。


 大きさは片腕で抱えられるくらい。

 左耳に赤とオレンジ色のリボン、ピンクのレース生地のワンピースを着せられている。くるっと黒い目があいくるしいぬいぐるみ。


 ルーカスが幼い妹達の誕生日にプレゼントした品である。


 シェリルにも同様のぬいぐるみを贈ったが、そちらは右耳に赤とピンクのリボンが巻かれている。


 懐かしさを感じながら、ぬいぐるみを腕に抱えた。手入れが行き届き綺麗な状態だ。「いまも大切にしてくれているのか」とルーカスは嬉しくなった。



「はぁ……。お姉様の寝覚めの悪さには困りましたね」



 目覚める気配のない姉の様子に、シェリルがため息をこぼしている。

 ルーカスはベッドの端に腰を下ろすと、シャノンをのぞき込んだ。


 シャノンはだらしなく涎を垂らし、にやけ顔で寝ている。時折、むにゃむにゃと口元を動かして、とても幸せそうな寝顔だ。



(一体どんな夢を見ているのやら)



 安眠を邪魔するのは気が引けたが、約束は約束だ。

 起こさねば逆に「何で起こしてくれなかったの!?」と泣き喚くに違いない。


 ルーカスもシェリルと同様に、シャノンの肩を揺らした。



「シャノン、シャノン」


「んん……あと、ごふん……」


「ほら、朝だぞ。一緒に行くって約束しただろ?」


「……うー……」



 目頭をさすったシャノンが、気怠けだるそうにまぶたをゆるゆると開く。

 すると、ルーカスのかかえたうさぎのぬいぐるみが視界の端に映ったのだろう。



「……うーちゃん?」



 シャノンはぬいぐるみの名前をつぶやいて開ききらないまぶたのまま、うつらうつらとした状態で起き上がった。

 そして——突如とつじょ。ルーカスに抱きついた。



「お、お姉様!」


「うーちゃん……」



 ぬいぐるとルーカスを間違えて、頬擦ほおずりしてきた。

 完全に寝惚ねぼけている。


 甘えん坊なシャノンが可愛い、と思ったが、ルーカスは胸の内に秘めた。



「……まったく、俺はぬいぐるみじゃないぞ」



 ルーカスはぬいぐるみをベッドへ置くと、抱きついてきたシャノンの背と足に手を回し勢いよく抱き上げた。


 シャノンは体が宙に浮き、体勢が変わった事に驚いたのだろう。

 パチッと目を開けた。



「きゃ! な、なに!? うーちゃん!?」


「うーちゃんはシャノンをかかえられないと思うぞ?」



 口角を上げ、悪戯いたずらに微笑む。

 シャノンは二度、三度、まばたきした後、目を見開いてまじまじとうーちゃん——否、ルーカスの顔を凝視ぎょうしした。



「え! うそっ、お、お兄様!?」


「おはよう、寝惚ねぼけ姫」


「———!!!?」



 シャノンが一気に顔を赤くして、声にならない悲鳴を上げた。


 真っ赤になった顔を「うう……!」と呻きながら、必死に両手で隠している。

 ぷしゅーと言う効果音が聞こえてきそうだ。

 そんな様子が可愛かわいいらしくも可笑おかしくて。



「くっくく……ははは!」



 ルーカスはえ切れず、吹き出してしまった。

 横でやりとりを見ていたシェリルも、肩を震わせ笑いをこらえている。

 が、そう長くは持たず、笑い声を響かせた。






 ——と、そんなやり取りを経て。目を覚ましたシャノンは何とか身支度を終え、現在に至る。



「お兄様にあんな醜態を晒すなんて……。一生の不覚だわ……」


「これにりたなら、ちゃんと起きて下さいね、お姉様。起こす方も大変なんですから」


「ベッドが心地良すぎるのがいけないのよ」


「なるほど、ベッドのせいと。ならいっそ寝心地の悪い粗野な物に替えるか、地べたで寝るのはどうかしら?」


「うー! シェリルの意地悪!」


「起きないお姉様が悪いんです!」



 姉妹が繰り広げる口喧嘩くちげんかを、ルーカスは微笑ましく見つめた。


 そうこうしているうちに、出来上がった朝食が運ばれて来る。


 バゲットにバターロールとクロワッサン等の焼きたてのパン。

 新鮮な野菜をふんだんに使った色取りの良いサラダ。


 オレンジの色味がある黄色の、形の良いオムライス。

 赤い野菜とベーコンを煮込んだミネストローネ。


 焼いたベーコンやハム、バターでじっくりいためた鶏肉。

 その他、バターやジャムに蜂蜜、付け合わせの副菜やおかずが所狭しと食卓に並んだ。



「二人とも喧嘩はそこまで。冷めないうちに頂こう」


「はい」


「はーい」



 三人は握った拳を胸に当て、目を閉じる。



「日々の恵みに感謝を」



 ルーカスに続いてシャノンとシェリルも「感謝を」と言葉を続け、しばし祈りを捧げた。


 挨拶を終えると各々料理の皿を手に取って、会話を交えながら朝食を頂き。出勤前の朝、賑やかな時間を過ごした。

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