エターク王国首都・
時刻は
邸宅内の客室をルーカスは訪れた。
扉を開くと、正面にはテラスへと続く大きな窓がある。
ルーカスは入室すると、換気のため窓を僅かに開いた。
そよぐ微風が
ゆったりとした大きさのベッドの上には、魔獣討伐任務の折、保護した彼女。イリアの眠る姿があった。
(……まさか、こんな形で再会するとは)
最初は見間違いかと思った。しかし——。
光に反射して輝く長い銀糸。
可愛らしく、
たった一人で領域魔術を行使する優れた力。
何より、あの歌声。記憶に深く刻まれた歌声は、間違えようがない。
全ての要素が、彼女本人である事を告げていた。
(何故、君があんな場所に……)
理由はわからないが、本来であればあのような場所にいるはずがないのだ。
(それに……リシアの話によると、腹部に負傷しており、それは刃物の刺し傷に似ていたと聞く。怪我を負って倒れていたという話ですら、にわかには信じ難い言うのに……)
だが、彼女は
夢や幻ではなく、手を伸ばせば届く距離に。現実を認めざるを得なかった。
触れる寸前で、ルーカスは手を止めた。
家族でも恋人でもない異性。ましてや意識のない相手に気安く触れるなど、
不自然に静止した拳を握りしめ、力なく下ろす。
今日も彼女が目覚める気配はない。
「イリア……」
あれから一週間。イリアは
❖❖❖
「おはようございます。お兄様」
客室を出たところで目覚めの挨拶が聞こえて、ルーカスは自分を「お兄様」と呼んだ人物を探した。
長い廊下へ視線を向けると、桃色の髪の少女が居た。
腰まで伸びたふわふわのウェーブがかった髪に、ルーカスと同じ
「おはよう、シェリル。早いな」
ルーカスは口角を上げて、フッと微笑んだ。
シェリル・フォン・グランベル。少女は今年、
「お兄様こそ、お早いですね。……お客様の様子はどうですか?」
「目覚める様子はないな。医者の話では怪我は完治、術の反動によるマナ
「そうですか……。早く目を覚まして下さる事を祈るばかりですね」
「……ああ」
ルーカスは無意識のうちに口を引き結び、視線を落としていた。
「お兄様、きっと大丈夫ですよ」
眉根を下げ、
心配をかけてしまったようだ。
こんな気弱な姿を見せるなんて「兄失格だな」と思いつつ、はたと気付く。
「シェリル、シャノンは?」
「シャノンお姉様ですか? お姉様ならぐっすり夢の中でしたよ?」
「それは……困ったな」
シャノンはシェリルの双子の姉。二人は一卵性の双子の姉妹だ。
数分早く生まれたシャノンをシェリルは「お姉様」と呼んでいる。
「そう言えば昨晩『明日はお兄様と一緒に出勤するんだー♪』と言っていましたね。なら、今頃慌てて起きた頃かも。お姉様ってば、朝は弱いのに無茶な約束をしますね」
シェリルがくすりと愛らしい微笑みを浮かべた。シャノンの慌てっぷりを想像したのだろう。
ルーカスも半泣きで身支度を整える妹の姿を想像して。釣られて笑みを
一緒に出勤——と言うのも、シャノンとシェリルも騎士団に籍を置く軍人だからだ。
グランベル公爵家は古くから多くの騎士や魔術師を輩出してきた、軍人の家系。
才能を認められ、軍の要職を任せられる事も珍しくなかった。
ルーカスはまだ
父親が
(親の力で生き残れるほど、戦場は甘くないんだがな)
安全な場所で
とはいえ、
団長として恥じる事がないよう精進しなければ、とルーカスは己を
そして、母もかつては軍の第一線で活躍しており、『迅雷』の二つ名を持つ優秀な魔術師だった。
今はグランベル公爵領・ラツィエルを治めるため、領主としてかの地に
年の離れた双子の姉妹も今年の春にアカデミーを卒業し、晴れて騎士団に入団。
そんなわけで、同じ騎士団本部に出勤するのだから「お兄様、たまには一緒に行こう?」とシャノンに誘われたのだ。
可愛らしく提案されては断れない。ルーカスは二つ返事で
妹の押しに甘いと言う自覚はあるが、共に出勤する事に不都合などない。
「シャノンの慌てる様子を見に行くか。それから、みんなで一緒に朝食を
「ふふ。そうしましょう、お兄様」
ルーカスとシェリルは悪戯な笑みを浮かべた。
そうして、歩幅を合わせて仲良くシャノンの部屋へと向かい——寝ぼけたシャノンがちょっとした事件を起こす。