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第七話 銀髪の詠唱士≪コラール≫

 討伐隊の隊長ハワードがルーカスへ駆け寄る。すれ違うようにしてアーネストと十班の団員が、救護を要する負傷者の元へと駆けて行った。



「救援、感謝致します」


「無事で何よりだ。損害状況は?」


「ああ、はい。それが……」



 言いよどんだハワードの様子から、「それほど死傷者が多いのか……」と思っていると「お姉さん!」と叫び声がした。


 自然と声がした方へ視線が動く。


 声の主は亜麻色の髪をした治癒術師ヒーラーの女性だった。銀髪の女性が崩れ落ちそうになるのを血相を変えて受け止め、二人一緒に地面へ座り込む。



「あの! すみません! どなたか手を貸してくれませんか!?」



 遠目にも見える。銀髪の女性が気を失い、ぐったりとしている。



「お? 倒れてるのは……詠唱士コラールの彼女かな? よっしゃ、ここはオレが、」


「団長、私が行ってきます」



 目敏めざとく反応を示すハーシェルを横目に、ロベルトが動く。ルーカスはうなずいて承諾しょうだくの意を示した。



「ちえっ。副団長、あとでどんな子だったか教えて下さいね」


「馬鹿言ってないで自分の役割を全うするんだ」


「へーい」



 ロベルトは軽口を叩くハーシェルをたしなめ、救援を求める治癒術師ヒーラーの少女の元へ駆けて行った。

 ルーカスはその後姿うしろすがたを見送って、ハワードへ問い掛ける。



「……彼女は?」


治癒術師ヒーラーのリシアですね」


「いや、そうではなく。詠唱士コラールの……彼女だ」


「ああ! 彼女は今回の討伐任務で森へ入った際、リシアが見つけたのです。恐らく魔熊まゆうに襲われたのでしょう。腹部を負傷しており、リシアが治癒術を施したのですが……」


(森で負傷して倒れていた……?

 このような林道付近の森に、女性が一人で?)



 疑問がしょうじる。なんとも不自然な状況だ。



「それにしても驚きました。詠唱士コラールとはあの様な力を持つのですね。魔熊の猛攻に怪我人は多く出ましたが、術の治癒効果によって回復し、死人は誰一人としていません」


(……違う。単なる詠唱士コラールにこれほどの力はない)



 素質と感覚が求められる詠唱士コラールは、力の扱いが難しく魔術師の中でも稀有けうな存在である。


 そのため実態をあまり知られていないが——ルーカスは知っていた。

 これは一端の詠唱士コラールせる業ではない、と。


 領域魔術を一人で行使する実力だけでも常人離れしていると言うのに、繊細な技術が要求される治癒の効果までも、こうも完璧に発揮出来る者は早々いない。



 銀髪。

 詠唱士コラール

 たぐい稀なる実力。


 出揃ったキーワードに心臓が脈打つ。



「ハワード曹長、このことは他言無用だ」


「え? あ、はい! 承知しました!」



 ルーカスはまさかという思いを抱きながら、の元へ向かった。

 はやる気持ちをおさえて。


 先に向かったロベルトに追いつくと、彼は困ったように「リシアさん?」と呼びかけていた。


 その視線の先には、考え込む治癒術師ヒーラーの女性リシアと、彼女に抱き支えられる詠唱士コラールの女性の姿がある。



「どうした?」



 ルーカスが声を掛けると、ロベルトが振り返った。



「いえ、彼女を運ぶのに手を貸そうとお話をしていたのですが……」



 「困りましたね」と笑ってロベルトは肩をすくめた。

 治癒術師ヒーラーの女性は顔を曇らせ「うーん」と首をひねっている。



(確か名はリシアと言ったか?)



 何やら熟考じゅっこうしている。

 ちらり、とその腕に抱かれた銀髪の詠唱士コラールの女性を盗み見る。


 容姿を見て、ルーカスの予想が確信に変わった。



(——間違いない。だ)



 彼女は力なく項垂うなだれている。白い肌が赤く火照ほてり、額からは汗。大分憔悴しょうすいしていた。


 無理もない。本来は数人掛かりで展開する領域魔術を、一人で展開するという無茶をやってのけたのだから。



(一過性のマナ欠乏症けつぼうしょうだろう)



 と、症状にあたりをつける。マナ欠乏症は、単純な治癒術では治せない。だが、一過性のものであれば、適切な処置を施し休息を取る事で回復が早まる。


 「一刻も早く休ませねば」とルーカスは思ったが、リシアは一向にこちらへ気付かない。



(……埒が明かない)



 ルーカスは強硬手段に出た。

 ロベルトを追い越しリシアの側でかがみ、その手から彼女を奪って抱き上げる。


 すると、「団長!?」と、ルーカスの行動に驚いたロベルトが声を上げ、リシアが「ひゃあ!?」と肩を跳ねさせた。


 パチパチと瞼をまたたかせたリシアが、パッチリ開いた黒瑪瑙オニキスの瞳にルーカスを映す。



「ひえ!? 黒髪、紅眼ルージュ——特務部隊の、だ、だ、団長さん!?」



 リシアはこちらを直視したかと思えば顔を赤く染め、奇声を発して飛び退いた。

 動転している。まるで猛獣を前にした小動物のようだ。



「救国の英雄様が、何でここに……!」



 〝救国の英雄〟とは、ルーカスが戦果に応じてたまわった称え名。

 が「自分には過分な称号だな」とルーカスは内心、苦笑いした。



「驚かせてすまない。だが、早く彼女を休ませる必要があるだろう?」



 彼女と触れた部分が、先ほどから燃えるように熱い。



(熱があるな……)



 早く、早く安全に休める場所へ連れて行かなくては、と気が急いてしまう。


 一瞬ほうけたリシアが、「しまった!」という風に顔色を変える。

 ようやく思考が現実に戻って来たらしい。



「そうですよね、ごめんなさい! お姉さんをお願いします!」



 リシアが何度も頭を下げ、謝罪の言葉を繰り返した。

 あまりにも必死に謝るものだから、居た堪れない気持ちになる。



(……それにしても)


「何をそんなに考えこんでいたんだ?」


「ええっと……」



 ルーカスは問いかけた。

 救援を求めておきながら、こちらの存在にも気付かずに熟考する事とは一体何なのか、と。


 リシアは神妙な面持ちで「その……お姉さんの怪我のことで、ちょっと」と呟いたが、結局口籠くちごもってしまった。



「人目のある場所では話しにくい事か? なら、後で使いを送る。詳しい話はその時にしよう」



 まずは彼女を安全な場所へ。適切な場所で治療を、と考えてルーカスはきびすを返した。



「ロベルト、すまないが後を任せて良いか?」


「は、はい。お任せ下さい。彼女を軍の治療院へお連れするのですね」


「……いや、公爵家こうしゃくけで預かる」



 すなわち、公爵家の私的な客として迎え入れると言う事。

 すれ違い様に告げた言葉に、ロベルトは瞠目どうもくしたが、有無など言わせない。


 ルーカスは王家に連なる家紋、グランベル公爵家の出身である。

 その庇護下ひごかに置かれるのだ。何人も、軍でさえ安易に手が出せなくなるだろう。



(彼女の身に何かがあったのは確かだ。だから、今はこれが最善だ)



 ルーカスは腕に抱いた彼女へ視線を落とす。

 先に見たように、肌が赤く、呼吸も浅い。熱のせいだろう。流れた汗で銀糸は肌に張り付いている。


 こんな風に弱った姿を見るのは、初めてだった。



「……イリア」



 ルーカスは力なく眠る銀髪の詠唱士コラールの名を、誰にも聞こえない小さな声で呼んで。思いがけない状況での再会に動揺する心を悟られぬよう、毅然きぜんとその場を後にした。

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