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第六話 領域魔術展開、魔獣を討て!

 七つに重なった円環が領域を形作り堅牢けんろうな防護壁となって攻撃を防ぎ、マナを含んできらめく風が負傷した人々の傷を癒やす、治癒と防壁を兼ねた領域魔術——慈愛の七つの円環アイアス・メディテイション


 展開した防壁が、傷付き疲弊ひへいした騎士達を癒やしていく。


 魔熊まゆうは一瞬、光にひるんだものの、光が収まるやいなや興奮して暴れた。

 だが、堅牢けんろうな防護壁が魔熊まゆうの攻撃の一切をはばむ。


 騎士団員達の生存にルーカスは胸をで下ろした。


 領域魔術は通常、複数名の術者によって詠唱・展開される。


 だが、今それをしているのは、一人の詠唱士コラール——声にマナを乗せ歌とする事で、様々な術を行使する魔術師まじゅつし——の女性だ。


 マナの煌めきが混じる風に銀の髪をなびかせて、彼女は歌っている。

 たった一人でこれほどの術を長時間維持するのは、実力者でも容易よういではない。



(あまり時間は掛けられない。一気に片を付ける——!)



 ルーカスは自身の得物えもの——刀を左にたずさえ、再び駆け出した。


 そうして防壁の手前まで来ると、足の裏に力を込め踏み込んで飛び上がり、魔熊まゆうの頭上目掛けて跳躍ちょうやくした。



第一限定解除だいいちげんていかいじょ! コード『Λラムダ-58762』!」

『コード確認。第一限定、開放リリース



 解除コードを入力すると、腕輪の魔輝石マナストーンが紅く輝いた。

 ゆらめく輝きは、腕輪から手を伝って刀身へと宿る。ルーカスは落下のタイミングに合わせ両手で柄を握り、刃を振り下ろす。


 ヒュンッと風切り音が鳴り、斬撃が魔熊まゆうの剛腕を切り結んだ。同時にルーカスは地に足をつける。


 死角からの攻撃に、魔熊まゆうは驚いたのか身じろいだ。


 が、斬撃はわずかに肉を切り、傷を残しただけ。致命的なものではない、と気付いた魔熊まゆううなり声を上げた。ルーカスを新たな獲物と認識して、襲い掛かって来る。



「危ない!」



 誰かの叫ぶ声が聞こえたが、ルーカスはおくする事なく魔熊まゆう見据みすえた。


 一方、すきだらけの獲物ルーカスに、魔熊まゆうは狩りの成功を確信したのか、口角を上げて鳴いた。


 剛腕が持ち上がって振り下ろされ、魔熊まゆうの爪が眼前に迫る。——が、それがルーカスに届くことはなかった。


 切り裂こうと迫っていた剛腕が、ルーカスが切り結んだ傷を起点に、突如とつじょ消し飛んだからだ。



「グガアアァァ!!」



 魔熊まゆうが苦痛に満ちた咆哮ほうこうを上げる。片腕が消し飛んだ傷口からは、噴水の様に血潮ちしおが噴き出していた。


 一体何が起きたのか、理解出来た者はその場にはいないだろう。


 ルーカスを除いて。



「確かにかたいな。重力を乗せた一振りで擦り傷とは。鋼鉄こうてつのような硬さだ」



 報告にあった通り、物理攻撃一辺倒では骨が折れただろう。

 しかし、ルーカスの持つ力を持ってすれば些末さまつな事である。


 これまでの獲物とは違う気配に、本能で危険を察したのか魔熊まゆうが後ずさる。

 おくした獣が次に取る行動は、安易に予想出来る。逃走だ。



(逃がすつもりはない)



 ルーカスはやいばしたたる血を振り払い刀を鞘に納めると、魔熊まゆうを視線でとらえ斬り込むための構えを取った。


 腕輪が再び赤い輝きを放つ。



「大人しく眠れ」



 瞬時に魔熊まゆうの懐に距離を詰めて、素早く鞘から刀を抜くと、一閃。

 獣の体を追い越しざまに切り抜いた。



 抜刀術、居合・一閃いっせん



 カキン、と金属音を鳴らし刀を鞘におさめる。

 と、タイミングを合わせた様に、切り結んだ魔熊まゆう体躯たいく血飛沫ちしぶきき散らして、消し飛んだ。まるで内部から爆発したかのように。


 斬撃によるものではなく、魔熊まゆうの腕と肉体を吹き飛ばした力。

 これはエターク王国のに発現してきた特異な能力。


 ルーカスが生まれながらに授かった——あらゆる物を〝破壊〟する力だ。


 こうしてルーカスの手により、魔熊まゆうは断末魔を上げる間もなく倒され、脅威きょういは去った。






「さっすが団長! 俺たちの活躍の場もなく片付いちゃいましたね」



 魔熊まゆうを倒した直後、ハーシェルのおどけた声がすぐ後ろから聞こえた。

 先行したルーカスに遅れて、特務部隊の団員達が到着したようだ。


 ルーカスが振り向くと、



「アイシャは七班を率いて索敵、周囲の安全を確保! アーネストは十班と救護に当たれ!」



 ロベルトが団員達に指示を飛ばしていた。

 団員達は「承知しました!」と指示に従い、割り振られた任務を遂行するため行動を開始した。



「ふくだんちょー、オレは?」


「ハーシェルは緊急時に備え待機だ。暇だからと、気を抜くなよ」


「了解っす!」



 返事はいいが、真面目に職務に当たるかは怪しいものだ。懐疑的に思いながら、ルーカスはロベルトの下へ向かう。

 と、アーネスト率いる十班が、展開する領域魔術にはばまれ、足を止めていた。



『堅牢なる盾 いとし子を守り給え

 慈愛の天使よ 恵み芽吹かせよ……』



 澄んだ美しい歌声が、耳朶に心地よく響く。

 外部の侵入をこばむ強固な守りは魔熊を討伐されて尚、健在であった。



「救護するにも、まずこれを解除してもらわないと通れませんね……」


「綺麗な歌声だよな。使い手はかなりの美人と見た。しっかし詠唱士コラールとは珍しい。しかも一人?」


「お前ときたら……任務中もその軽口は変わらないな」



 ルーカスは結界越しにこの歌声の主、奇跡を為した詠唱士コラールの女性へ視線を向ける。

 容姿は遠目でよく見えない。しかし、銀糸をまとわせ歌い続ける姿は、を想起させた。



「『慈愛の七つの円環アイアス・メディテイション』——これほどの術を一人で発動出来る人物は、私の知る限り騎士団にはいなかったはずですが……団長、何かご存知ですか?」



 ロベルトに問われ、ルーカスは惑った。

 思い当たる人物は、いる。



(だが……彼女は……。彼女が、ここにいるはずは……)



 ルーカスは一瞬頭をよぎった答えを「あり得ない」と否定して、首を横に振った。

 もしそうだとしても、憶測で語るのは危険だ。



「……いまは場を収めるとしよう」



 まずは、為すべき事を為す。答え合わせはそれからでいい。


 ルーカスは大きく息を吸い込んで、



「私は特務部隊団長ルーカス・フォン・グランベル、救援が遅くなりすまない! 魔熊まゆうは討伐した! 安全は確保されている、術を解きそちらの状況を教えてくれ!」



 腹の底から音を絞り出した。

 間を置かず、ルーカスの呼びかけに、応える声があがる。



「——は! 危ない所を助けて頂きありがとうございました! 私は今回の討伐隊を率いる隊長のハワード曹長そうちょうです! しばし、お待ちください!」



 ルーカスに負けじと声を張り、名乗りを上げた隊長の返事から待つこと数十秒。

 領域魔術は解除された。後には、キラキラとマナの残滓ざんしが舞っていた。

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