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第五話 魔獣の脅威、響く歌声

 魔獣の出現、そして討伐のため派遣された騎士団からの応援要請を受け、ルーカス率いる特務部隊は馬を駆り現場へと急行した。


 王国軍では任務の際、リンクベルで連絡を取り合うのが常である。今回も例外ではない。


 リンクベルとは、マナで動くマナ機関と呼ばれる、魔術器の一種だ。


 魔耀石マナストーンは、マナが自然と結晶化した鉱物。

 それに遠話をするための仕組みを施したものがリンクベルだった。


 遠く離れた場所とタイムラグなく連絡を取れるため軍で重宝されている。

 ルーカス達は王都を出てすぐ、状況確認のために連絡を入れた。


 だが依然、状況はかんばしくない。


 いわく、獣皮が硬く厚いため剣が通り辛い。

 俊敏しゅんびん性が高く、速度の乗った剛腕から繰り出される攻撃は凄まじい破壊力をほこる。


 攻撃魔術は一定の効果が認められるが、攻撃力と機動力の高さからリソースを防御障壁に回すしかなく、仮に攻撃魔術を撃てたとしても現状の騎士団の損耗状況から勝算は低いとの事だった。


 騎士団も万全の状態で挑んだはず。

 だと言うのに、魔熊まゆうの強さは想定を上回っていた。



(やはり、ここのところの魔獣の多さと強さは異常だ)



 ルーカスは左腕にまった腕輪を見つめた。


 腕をおおう土台は金色で幅は太め、留め具で固定された頑丈な造りとなっており、魔術回路の刻まれた紅色あかいろ魔輝石マナストーンがはめ込まれている。


 腕輪はルーカスが持つ〝ある力〟を制御するためのくさびである。



(何があるかわからない。出来る備えはしておくべきだろう。だが——)



 この力は無差別にふるえばみずからを、そして全てを破滅へと導きかねない諸刃のつるぎ


 それはルーカスの過去——思い出すのもおぞましい悲劇の記憶が、証明している。


 無作為に使っていい力ではない。故に使用には厳しい制限が掛けられている。ルーカス自身も力を使う事に躊躇ためらいがあった。



(いや、迷うな。打てる手は打っておくべきだ)



 危険な力であることに変わりはないが、使い方一つで戦況を覆す大きな武器になるのも事実。


 この力で救えるものがあるならば、使わない理由はない。と、ルーカスは及び腰になる気持ちを奮い立たせる。



「ロベルト、上層部に第一限定解除の申請を」


「は! 念には念をですね」



 ルーカスは並走するロベルト、ルーカスと酷似した髪型——襟足えりあしで束ねた琥珀色こはくいろの髪をなびかせて馬を操る、特務部隊の副団長に指示を飛ばした。


 力の行使には上層部の許可と、しかるるべき手順が必要だ。


 指示を受けたロベルトはすぐさま、彼の青翠玉エメラルドグリーンの瞳と同色の、ピアス型のリンクベルで通信を試みた。


 程なくして。



「団長、申請通りました。行使コードは——」



 通信を終えたロベルトから許可が降りた事を告げられた。

 ルーカスはコードを確認して頷くと、馬に加速の指示を出して先を急ぐ。


 自然と手綱たづなを握る手にも力がもった。






❖❖❖



「もうすぐ報告にあった地点ポイントだ! 全員下馬、警戒厳けいかいげんに! 戦闘準備怠るな!」



 ルーカスの掛け声で、団員達は馬の速度を徐々に落として停止、下馬した。


 団員達は素早く陣形を整えると、ルーカスを筆頭に森の中へ。

 魔術師であるアイシャと、魔術師隊の団員数名が索敵のため探知魔術を発動して、周囲を探りながら奥へと進んでいく。


 少し進むと開けた場所に、戦闘の痕跡こんせきがあった。

 木々が不自然に傷つき薙ぎ倒され、地面はえぐれて血の飛び散ったあとがある。



(——近い)



 確信した一行は各々、得物えものに手を伸ばした。



「反応、見つけました! 南東約五百ごひゃくメートルの方向です!」



 アイシャから発見の報告。

 ルーカス達は抜剣——そして示された方向へと迷いなく駆けた。


 「ドゴオオオン!」と、遠くから轟音ごうおんが響き渡る。

 わずかに怒号と悲鳴が聞こえる。


 続け様に二度と三度と、地を割るような音が鳴り響き、土煙が上がった。



(くそ、まだ距離がある——!)



 まぬ音に焦る気持ちがつのっていく。

 早くあの場所へいかねば、と。


 すると、



疾風しっぷうよ来たり宿やどれ! 風纏加速レジェ・レゼール!』



 ルーカスの耳に、ハーシェルの詠唱する声が届いた。


 〝風纏加速レジェ・レゼール〟——身体速度を大幅に向上させる強化術だ。

 術が発動してルーカスの身体が淡い若草色の風に包まれる。



「団長! 先に行ってくださいっす!」

「助かる!」



 強化術を受けた身体は軽く、まるで羽根の様だった。


 踏み込む足に力を込め、思い切り蹴る。

 ——と、蹴り込んだ力が何倍にもなり、前進する力となって加速した。


 黒髪をなびかせせんになる。



(早く、速く、もっとはやく!

 駆けろ! あの場所へ!)



 目的地を見据えて、一目散に駆けた。


 そうして辿り着いた道の先で、ルーカスは吹き飛ばされ、負傷した騎士達と魔熊まゆうの姿を見つける。


 陣形が瓦解している。前衛を務めていたであろう騎士は地に伏し、魔熊が祭服を纏った女性へ腕を振り下ろそうとしている。


 近いようで一歩が遠い。



(……っ! 間に合え!)



 ルーカスが歯を食いしばり地を蹴った瞬間だった。


 突如とつじょとして、まばゆい光の洪水が辺り一帯を埋め尽くした。



「なんだ——!?」



 あまりのまぶしさに立ち止まり、腕で光をさえぎる。

 だが、増していく光の強さに勝てず、ルーカスはまぶたをきつく閉じて足を止めた。


 光の中から透き通るような、優しい歌声が聞こえる。



 『慈愛の天使は舞い降りた


 英雄はかかげる


 七つの加護もつ堅牢けんろうなる盾


 傷付きし者に慈愛を


 迫る侵略者に盾を


 大いなる癒やしと不可侵の守護の軌跡はここに


 たたえよ 天使 慈愛の恵み


 たたえよ 英雄 堅牢けんろうなる盾』



(この、歌声は——)



 とても聞き覚えのある声だった。


 瞼を僅かに開く。歌に合わせて舞い踊るマナが煌めいている。


 吹き荒ぶ暖かな風に舞い上がる光。光は盾の形へ。変化して幾重にもかさなり、人々を護るための白き防壁を為してゆく。


 逼迫ひっぱくした状況であると言うのに、幻想的な光景に目を奪われた。


 やがて放たれた光が弱まり、マナの輝きが完全に収束するとそこには——領域魔術〝慈愛の七つの円環アイアス・メディテイション〟が展開していた。


 唱歌により、魔術の奇跡が具象化したのだ。


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