暗い、暗い、一面が闇に満たされた意識の深淵。
海の中にいるような、感覚。
〝————〟は
何も考えられず、
ゆらゆら、ゆらゆら。
段々と体が重くなっていく。
このままだと沈んでしまうだろう。
けれど、思考が働かず、流れに身を任せ
そんな時。
暗闇の海に一筋の光が差した。
(——ひか、り……?)
柔らかな光。眩しさを感じて、意識を浮上させる。
すると——焼け付く熱さ、激しい痛みが腹部に走った。
(熱い……痛い……っ)
ゆっくりと
視界がクリアになって焦点が合う。目の前には心配そうにこちらを
「あ、お姉さん! 良かった……気がついたんですね!」
見覚えのない女性だった。
赤と金の
そして柔らかな光の正体は、彼女が放つ治癒術の光と、木々の合間から
「あな、たは……、ここ、は……」
「あ、はい! 私はリシア、エターク王国騎士団所属の
(——エターク、王国……? ……わからない。頭が、痛い)
意識が
思い出そうとして思考を巡らすと、頭の奥で鈍痛がした。
腹部にも相変わらず痛みがある。視線を落として見ると、衣服が裂けていた。
青い布地に
何故、自分はここにいるのか。
何故、怪我を負っているのか。
何か、やるべき事があったはずなのに。
何故? どうして?
次々と疑問が浮かぶ。
けれども、考えよう思い出そうとする度に、頭痛と
(なにも、思い出せない)
名前も歳も、それすらも思い出せない。無意識に拳を握り締めた。
「——さん、お姉さん! 傷は塞がったはずだけど、まだ痛みますか? 大丈夫ですか!?」
リシアのあわあわと慌てる声に、ハッとする。思考を中断して顔を上げた。
苦悩が表情に出ていたようだ。傷の痛みはもうない。
「だい、じょうぶ、ありがとう……」
「ああ、良かった……!」
口が乾いて呂律が上手く回らなかったが、何とかそう伝えると、リシアはまるで花が咲いたように
とても愛らしい笑顔。
見ているだけで心が癒されるような、魅力がある。治癒術を扱う彼女は、笑顔にもその効果があるのでは、と思えてしまう。
釣られて、こちらまで微笑んでしまった。
——だが、
近くから「グオオオオオォォ!!」とけたたましい雄叫びが聞こえた。
かと思うと大地が振動し、大きな衝撃音と
何事か確認しようと痛みに
(銀の糸……?)
否、髪である。
それが自分の物であると認識するのには数秒を
認識して、
遠くない距離に、銀の鎧を身に着けた騎士らしき数十名の人の姿が見える。
首元から赤と金の装飾の施された制服が
リシアの衣装の
彼らは、武具を手に陣形を組み、雄叫びを上げて暴れ狂う何かを囲んで
その後方にはリシア同様、純白の祭服に身を包んだ
魔術を使って、前衛の騎士を援護している様子だった。
よく見れば自分の周りには負傷した様子の騎士が数多く倒れ、横たわっている。
(私も、この人達の仲間……? 囲む何かにやられて、負傷して……記憶が曖昧になったの?)
状況からしてその可能性が高いと思った。
しかしすぐ、彼らが身に
自分が着ているのは、黒のインナーの上に
彼らは赤と黒がメインの色合いで、服の型も似ているとは言い
記憶の手掛かりになると思ったのに、そう甘くはなかった。
(状況を、
立ち上がろうと足に力を入れた。
次の瞬間の事だ。
「ドゴオオオン!」と
前衛で囲んでいた数名の騎士が土煙と共に宙に舞い上がって、
数秒経って煙が晴れ、ぽっかりと空いた包囲網から見えたのは、巨大な黒い
目視できる程に
自分の事に関する記憶は一切思い出せないが、それが何であるのかはハッキリとわかる。
あれは世間一般に魔獣——
獲物を
半開きに開かれた口には
「包囲網を崩すな! 陣形立て直せー!」
「魔術師隊は障壁詠唱!
「もうすぐ援軍が来る! それまで持ち
「グガアアァ!!」
指揮官の怒号と、兵士の悲鳴と、地の底から響くような、重低音で不快感のある
「はわわ……! 私、行きますね。お姉さんは安全なところへ逃げて下さい!」
側に居たリシアは酷く慌てた様子で、立ち上がった。
「逃げて」と言われても、右も左もわからない状態で何処へ行けというのか。
「……あ、待っ——」
追い縋ろうと、手を伸ばした。
すると「うわあああ!」という悲鳴と共に、鮮血が舞い飛んできて、すぐ近くに腹を裂かれ血濡れとなった騎士の躯体が落ちた。
「きゃあ!?」
突然の事にリシアが驚き、尻餅をついた。
「な、治さないと……!」
彼女は負傷した騎士へにじり寄り、手を合わせる。
『
「だめです! 障壁詠唱間に合いません!」
「このままでは崩されます!」
だが、リシアが負傷した兵を癒すよりも早く。
血飛沫を撒き散らした騎士の
「……あ、ああ……」
眼前に
恐怖に染まった
「く……そ……っ、応援……は」
「……誰、か……」
前衛を務めていた騎士達は壊滅状態。
血のように赤い瞳が次の獲物——リシアを捉えた。
阻むものはない。巨体が向かって来る。
「……逃げ、ろ……ッ!」
息も絶え絶えな一人の騎士が、叫んだ。
だが、リシアは足がすくんでしまったのか、へたり込んで固まっている。
そうしている間に、距離を詰めた魔熊が
直感で悟る。
このまま何もしなければ、自分を助けてくれたリシアが、ここにいる全員がやられてしまう、と。
自分が何者なのか。
何故ここにいるのか。
何が出来るのかはわからない。
でも、このまま何もせず
何を知る事もなく、消えて行くだろう。
(……そんなの……そんなのは——嫌!)
無力感に
と、
すると、想いに呼応するかのように。銀色の
これは、マナだ。
奇跡を起こす神秘の力だと、不思議と理解できた。
解き放たれたマナの放流が風となり吹き
神秘の輝きが光の洪水となって周囲を照らす。
「何、だ!?」
「お姉さん……?」
マナが
輝きを見ていると、一つ、二つ……と脳裏に旋律が生まれた。
『さあ、歌って、
歌は祝福、
貴女の歌は、運命を切り開くための鍵』
誰かが耳元で
導かれるように、感じるまま旋律に歌を載せ、
『紡ぐは慈愛の恵みと
この歌が奇跡を起こす事を願って。